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2006年の汽車旅8-後編- [汽車旅2006]



2006年8月27日(日曜日)、JR東海名古屋9番線から中央本線の臨時快速〈ナイスホリデー木曽路〉塩尻行き(4号車自由席クモハ311-2)に乗る(なお、通常は快速中津川行きとなっている)。

311系は平成元年(1989年)に入団。東海道本線の新快速として、近郊形電車初の120㎞/h運転を開始した車両だが、4両編成がタマにキズ。そして、平成11年(1999年)には313系シリーズの入団により、普通電車の運用が主体となっている。現在の311系は臨時快速〈ナイスホリデー木曽路〉が“花形”の運用になっているようだ。全盛期には号車札がついていたが、313系シリーズ入団で抜かれており、普段は“号車なし”で運行している。

8時18分に名古屋を発車すると、進行方向左側から東海道線、名古屋鉄道名古屋本線、中央本線の順だが、金山に着く頃には東海道本線と中央本線の位置が入れ替わっている。ところが、金山は名古屋鉄道とは連絡改札を通らないと、カンタンに乗り換えられない構造となっており、摩訶不思議である。関西本線の桑名みたいに近畿日本鉄道とダイレクトで乗り換えられるようにすればいいような気もするが…

普段は快速中津川行きのため、レジャーのお客よりも、普段着が多い。そして、すれ違う快速名古屋行きは増結でお客を運んでいるが、勝川(Kachigawa)ですれ違った時は213系5000番台、313系3000番台、313系1500番台という“3人そろって文殊の知恵”のような感じだった。213系5000番台は関西本線用に投入したのに、今や主役の座を奪われた313系3000番台と混結するのだから、面白い。

太多線(Taita Line)“太多ニック号”乗り換えの多治見から山間部をゆき、中津川でもハイキングの熟年が乗ってきた。ちなみに中津川10時16分発の普通電車松本行きはJR東日本115系3両編成で運行するので、“乗りドク”であろう(中津川-塩尻間の普通電車は313系3000番台が主流で、青春18きっぷシーズンだと大変な混雑をする)。

車内は1号車のみ指定席となっているが、JR北海道の快速〈エアポート〉のようなuシートではなく、転換クロスシート。座席を確実に確保するなら指定席がいいに決まっているが、自由席となんの遜色もないのでは抵抗を感じる。また、車内のLEDによる情報案内装置はまったく作動していない。

南木曽でエル特急〈(ワイドビュー)しなの5号〉長野行きの通過待ちをするが、ここから先はカーブが多くて、持ち味の俊足を発揮することができない。振子の近郊形車両を開発してもらいたいところだが、特急と違い、確実に着席することを前提としていないため、難しいようである(JR東日本の“中央線”の次世代電車はカーブが多いので、“振子通勤車”になると想像していたが、その願いは通じなかった)。

十二兼-倉本間は単線で、スピードがホントに出ないほどのカーブに悩まされるが、複線に戻ると、息を吹き返す。

原野からまた単線に戻り、宮ノ越で再度の複線へ。それも長く続かず、奈良井でまたも単線に逆戻りして、木曽平沢に到着。313系3000番台の普通電車中津川行きワンマンカーとエル特急〈(ワイドビュー)しなの8号〉名古屋行きと行き違う。そのため、しばらく停車となるが、利用客にとってはありがたい“ゆとり”であった。

まず、トイレは1号車しかなく、4人ほど並んでいたが、木曽平沢には男女兼用のトイレがあるものの、全員男性が利用していたようだ。そして、森林浴。なかには煙草をふかすお客もいたが、新緑には似合わない。

エル特急〈(ワイドビュー)しなの8号〉名古屋行きが遅れていたため、この電車も4分遅れで発車。車内をひとまわりすると、指定席の入りが意外とよく、カバーをかけたチャリンコを乗せたところもある。

贄川(Niekawa)で再びの複線となり、走りが格段によくなる。カーブも少なく、120㎞/hとはいかないまでも、快走。車掌は車内を巡回し、半透明のゴミ袋でゴミを回収するものの、量は少ない。みんな木曽平沢のゴミ入れに捨てたか、車内に自販機がないのがわかっているので、あらかじめペットボトルを用意したのであろう。

塩尻到着目前で、JR東日本の中央本線にワープする分岐線を目撃。営業列車で、ここを通ることはないものの、東京発着の夜行列車の迂回ルートに使えそうな気がする。しかし、編成の順序が変わってしまうので、気軽に使えそうもない。そういえば、JR西日本加古川線の電化の背景には福知山線でアクシデントが生じた時の迂回ルート的な役割があるというウワサ話を耳にしたことがあるものの、2005年4月25日(月曜日)から55日間、尼崎-宝塚間が不通になったにもかかわらず、エル特急〈北近畿〉は加古川線ルートを迂回しなかった。

11時23分、定刻より3分遅れで終点塩尻4番線に到着。お客を降ろすと、中津川方へ引き上げていったが、きっとあのワープルートで、しばらく休むのであろう。

JR東日本篠ノ井線に乗り換えるが、特急〈あずさ7号〉松本行きが遅れたため、普通電車長野行き(クモハ115-1565)は7分遅れの11時34分に発車。臨時快速〈ナイスホリデー木曽路〉からの乗り換え客も多く、3両編成とあいまって、坐れない。

広岡を発車すると、EPSONの工場が目を引き、村井-南松本間では新駅設置工事が行なわれていた。その近辺には大きな建物の郵便局があるので、平日なら旅行貯金ができる。

松本に到着。松本電気鉄道上高地線に乗り換えるが、連絡改札はなく、ダイレクトで進むことができる。それもそのはずで、上高地線は7番線、向かいの6番線は大糸線のりばなのである。



7番線に各駅停車新島々行き(3003:ワンマン)が入線。整理券が発行されていないことに不安を覚えるが、青春18きっぷを見せれば“正等乗車”であることが証明されるだろうと信じて、乗り込む。

松本では車両基地からホームへ行こうとしているのか、E257系第3編成がウロチョロ。配線がかなり複雑なようである。

松本電気鉄道は元京王電鉄3000系を使用。新天地でも3000系となっているが、ステンレス車体は白をベースに5色の帯を身にまとった、さわやかなカラーとなった。

12時10分に発車。右にカーブすると、JR東日本の車両基地が見え、お別れすると、西松本。渚は近くに松本渚郵便局がある。

車内では先頭車中間とうしろのドアが乗車口、降車口は前のドアとなっている。乗りやすいように配慮したのはいい。そして、携帯電話の使用は御遠慮願っており、混雑時は電源OFFと数年前までは当たり前のように流れていた案内となっている。

いつも言っていることだが、車内の携帯電話は電源OFFにして、なおかつ、電波を受信しない車両を開発したら、マナーの向上につながるはずだ。航空機で電源OFFができて、鉄道ではできないのはおかしく、交通機関における“ケータイルール”を電源OFFかつ電波遮断車両をつくることに統一すべきだろう。

北新松本大学前(Kitanii-Matsumoto Univ)は、ものぐさ太郎伝承の地だという。そして、新村(Niimura)は車両基地があり、先代車両、元東京急行電鉄5000系(これも東京急行電鉄の先代車両)がボロボロの状態で留置されていた。これでは予備車にもならない。静態保存のつもりなのかもしれないが、それならば公園に上屋をつけて大切にして欲しい。

のどかな道をゆっくり走り、山が近くなってゆく。曇り空となるが、人の心は晴れやかだ。

ギター侍のいない波田は全ドア開閉。有人駅ということなのだが、発車すると、雨が降ってきた。しかし、山がだんだん近づき、ガイドブックを持つ観光客の心は躍る。

渕東(Endoh)を発車し、ラストスパートして、終点新島々に到着。かつて、線路は島々まで延びていたが、昭和58年(1983年)に発生した台風による大規模災害により昭和59年(1984年)に復旧を断念したという。今でも復旧することを信じているのか、車止めはなく、線路は果てしなく続いていた。きっとどこかで途切れているのだろうが。

JR線からの乗り継ぎ客が多く、きっぷを見せて運賃精算。大半は上高地行きのバスに乗り換えるが、電車と同じカラーとなっていて、一体感を強調していた(自社のバスだから)。

13時28分発の各駅停車松本行き(3708:ワンマン)に乗るが、駅の女性係員は電車から降りない男性客に気づき、若手の男性駅員に指示。尋ねてみると、往復乗車の模様だが、車内精算で運賃を払った(往復分)。レールファンなのかどうかは知らないが、困った行為である。キセルと判断されれば、通常運賃の3倍を支払わなければならない。

車内の運転台の隣りに自転車置き場があり、何人かはカバーをかけたチャリンコを置いていた。2005年6月20日(月曜日)夏から“サイクルトレイン”を試験的に行なっているが、好評のようだ(くわしくはこちらへアクセスして下さい)。

終点松本で下車し、昼食を確保したあと、JR東日本篠ノ井線の普通電車高尾行き(6号車クハ115-1224)へ。

塩尻から中央本線に入るが、1分遅れの発車。JR東日本の中央本線は支線と岡谷から上諏訪-茅野間の途中まで単線である。

茅野で特急〈あずさ24号〉新宿行きと待ち合わせたが、遅れていたため、普通電車高尾行きは3分遅れで発車し、小淵沢2番線に到着。意外にも待ち時間30分ほど、同じ2番線から発車する臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし〉新宿行きに乗り換えるお客が多かった。

特急〈あずさ26号〉新宿行きは指定席満席で発車し、ほどなくして到着した185系200番台の臨時特急〈はまかいじ号〉横浜行きは空席も見られたが、この先から乗ってくるお客も多いだろう。なんせ、特急〈あずさ26号〉新宿行きの指定席は満席で、八王子までは臨時特急〈はまかいじ号〉横浜行きでカバーすることができるのだから。

臨時特急〈はまかいじ号〉は久々に見たが、かつては189系を使用して1日2往復体制だったことがある。方向幕は「特急 LIMITED EXPRESS はまかいじ」と簡素なのが残念。これでは185系シリーズ使用の〈湘南ライナー〉とまったく変わらない。

ようやく2番線に臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし〉新宿行き(3号車自由席サハ215-201:2階席に乗車)が入線。さっそく2階席に乗り込むが、もうチャイムが鳴って発車。以前なら、ホームで車番をとる“ゆとり”があったのだが…

発車すると、2階建てで、電動車がないせいか、静か。カーブは多いが、滑るような感じで進んでゆく。

韮崎(Nirasaki)を発車すると、183系100番台と思われる(189系混結かもしれない)団体を抜く。特急〈スーパーあずさ23号〉松本行きとすれ違ったので、まずらしい顔合わせだ。

小淵沢から坂を下ってきたが、竜王で一段落。天気は曇ってきた。にわか雨の予感がしていたが、甲府到着時にポツリ。

通過の酒折(Sakaori)は箱根駅伝で有名になった山梨学院大学がある。ちなみに箱根駅伝の正式名称は「東京箱根間往復駅伝競走」で、関東地方の大学しか出場できない決まりになっているが、山梨県は中部地方である。三重県は関西地方だが、中部地方と誤解する人もいるようで、山梨県もそうなっている雰囲気がある。山梨学院大学には申し訳ないが、定義のあいまいさが気になってしょうがない。連盟もここはハッキリすべきだろう。

車窓は、ぶどう畑が一面に広がったが、登り勾配となり、長いトンネルを抜けたら、霧。軽快に走っていた215系だが、苦戦をしいられている。そして、笹子を通過すると、下り坂のゆるやかなカーブを走り、雨の大月に到着する。

大月では特急〈スーパーあずさ28号〉新宿行きの通過待ちをする。ちょっとひと休みといったところだが、私が乗っている3号車はトイレと洗面所がついており、近郊形電車でグリーン車以外で、こういう設備がついているのはグレードは高い。ただ、座席は定員を重視したボックスシートなのが残念で、転換クロスシートにして欲しかった。ちなみに指定席も入りはいいものの、ボックスシートでは4人利用時以外、使う気にはなれない。

雨は強いが、甲府寄りの一角だけ、なぜか上屋があり、レールファンはラクに撮影。ホーム全体に上屋がないのが気に食わないが、普段は長い編成でやって来ることは特急以外、少ないということであろう。

車内に戻り、発車すると、四方津(Shiotsu)で松本-小淵沢間で利用した普通電車高尾行きを抜く。これは意外だった。以前のダイヤなら、終点高尾まで先に到着していたのである。

臨時快速〈ホリデー快速ビューやまなし〉は2002年8月以来の利用。以前は運転停車をしては当時のエル特急〈スーパーあずさ〉〈あずさ〉〈かいじ〉の通過待ちをして、イライラ感を持っていたが、4年ぶりの利用はダイヤを見直していた。運転停車をなくし、所要時間を短縮したのである。更に先行の普通電車高尾行きを抜くことにより、臨時快速の面目を保っていたのである。

雨もやみ、高尾に到着。いよいよ、フィナーレが近づいてきた。

この先、八王子、立川、三鷹に停まるが、特別快速(中央特快と青梅特快のこと)は立川までの各駅と国分寺、三鷹、中野、新宿、四ツ谷、御茶ノ水、神田に停まるので、種別の定義がわからなくなる。

こちらでまとめると、“中央線(高尾-東京間)”の種別は上位順に並べると、①特急②臨時快速③通勤特別快速(「通勤特快」と案内している)④特別快速⑤快速⑥各駅停車となる。

日野を通過し、多摩川を渡るが、遠目に照明が煌々(Kohkoh)と輝く多摩都市モノレール多摩都市モノレール線が“流れ星”と化していた。前回の那覇では19時頃が日の入りだったが、東京は18時10分頃には、もう日が落ちていたことにビックリする。

東小金井でスピードが落ちる。進行方向右側には中央線高架工事が見えるが、何度も言うようだが、複々線にしなかったのが大いに理解できない。踏切はなくなっても、朝ラッシュのノロノロぶりは変わらないだろう。

三鷹で快速東京行きと待ち合わせ。この日は休日ダイヤのため、快速は西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺を通過するが、これを終日通過にして、速達性を高めて欲しいところである。

18時53分、終点新宿5番線に到着。中央本線はこの先、ブツ切れとなっていて、新宿-代々木間は山手線、神田-東京間は東北本線となっている。JR東日本は平成10年(1998年)7月2日(木曜日)に二重路線区間を一本化したが、利用客にはなんの影響はないものの、そこまでする必要があったのだろうか?

なお、JR東日本は2006年秋にE233系が入団し、“中央線”に投入。わずか1年あまりで201系を置き換える。ってことはあの高架区間に201系が走ることはないのである。投入はあと5年待って欲しかったと思うのであった。

※中央線は2007年6月に下り線のみ三鷹-国分寺間が高架化され、201系はかろうじて間に合ったことになる。


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