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首都圏の雪列車2008 [プラットホーム2008]

首都圏で雪が降ることはめったにないので、子供の頃は北国にあこがれたものである。しかし、雪雲がごきげんナナメだと交通機関に大きな影響を及ぼす。また、大人になると首都圏は交通機関が乱れるケースが多く、ありがたくない現実を知った。

2008年2月3日(日曜日)、目覚めたとき、外はすでに銀世界だった。こういう日こそ、思いっきり、外に出たいもの。さいわい、日曜日とあって、雪と奮闘する鉄道の姿を撮ってみたくなってきた。

一眼レフカメラではないが、さっそく、行ってみよう!!


◆東武鉄道、東京地下鉄北千住

東武鉄道管理駅の北千住の1階は伊勢崎線(通称、「東武線」)、3階は東京地下鉄日比谷線(H-21)のホームに振り分けている。3階ホームを新設して振り分けた当初、旧日比谷線ホームの2・3番線はラッシュ時しか使われなかったが、2006年3月18日(土曜日)のダイヤ改正で、使用機会が大幅に増えてきた。ちなみに北千住はJR東日本常磐線、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線、東京地下鉄千代田線もそれぞれの社で管理しており、駅長は4人いることになる。



13時20分過ぎ、2番線に10000系の各駅停車が到着。ここが終点となり、留置線へ入る。

北千住の留置線は浅草寄り、越谷寄り、どちらも存在するが、かつては3階ホーム新設にともない、後者の地平留置線は撤去されていたものの、2006年3月18日(土曜日)のダイヤ改正で、12年ぶりに復活。但し、当時は2線あったものが1線だけに復元されたが、10両編成が留置できるようにしている(2・3番線が日比谷線の時代は8両編成対応だった)。

3階ホームへ。日比谷線はこの日、始発は定刻で発車するものの、東武線からの直通電車は3分ほど遅れていた。全体的には大きな混乱に至っていない。



留置線には03系の回送が2本も留置されていたが、そのうちの1本は13時29分発の中目黒行きとなり、もう1本は南千住検車区へ戻る。

6番線に13時29分発の中目黒行きが入線したが、8号車に乗務している2人の車掌のうち、乗務員室から身を乗り出していないベテラン車掌はジェスチャーをして撮影を阻止?! 苦笑いを浮かべるので、最初はなにを伝えたいのかわからなかったが、5秒たって、ようやくわかった。

それは雪でブレーキの効きが悪かったのか、オーバーランをしていたのである。前日も東京急行電鉄田園都市線で、急行中央林間行き(東武鉄道30000系で運行)が青葉台に到着しても、なかなかドアが開かなかったので、おかしいなと思っていたが、どうもオーバーランをしていたらしい。



中目黒行きはバックして、ようやくドアが開き、定刻通りの発車。そのあと、6番線に回送が入線。以前は前照灯、テールランプのダブル点灯で入線していたが、この日は先ほどの中目黒行き共々、後者だけをつけていた。



15秒ほど止まって発車すると、7番線に本来は13時34分に発車する東武線からの直通、中目黒行きが到着。3分遅れているため、早々と発車したものの、隅田川を渡ろうという時にスピードが落ち、やがて止まってしまう。南千住(H-20)から南千住検車区へ向かう回送が入庫に手間取っていたのだ。これも雪の影響なのだろう。



◆JR東日本東京

14時過ぎ、JR東日本東京へ。ここでは1・2番線の中央線(東北本線東京-神田間、山手線代々木-新宿間、中央本線神田-代々木間及び、新宿-高尾間の路線愛称)にこだわってみたい。

中央線は201系がカウントダウンに入っている状況。レールファンもホーム先端に集まるものの、黄色い線から一歩も出ていないという姿勢にちょっと驚く。しかし、やって来る電車はE233系である。

中央線と言うより、首都圏のJR線はダイヤが乱れており、湘南新宿ライン(大宮-田端付近は東北本線、田端付近-大崎間は山手線、大崎で短絡線に入り、そこから大船までは東海道本線の路線愛称)は終日運休。また、中央線は青梅線への直通運転を終日休止するなど、“雪にもろい首都圏”を象徴する光景だが、JR東日本は車両をかなりのハイペースで国鉄産車両を置き換えたものの、雪に強い車両を作らなかったことに疑問を感じる。

さて、2番線にE233系の快速(吉祥寺から各駅停車)高尾行きが入線したものの、行先が違っている。



「相模湖になってるよ」

と快速(吉祥寺から各駅停車)高尾行きに乗務する運転士が車掌に注意をする。なんと方向LEDを誤って、「快速相模湖」にしてしまったのである。



車掌はレールファンにサービスタイムを与えたのか、それとも表示の切り替えに手間取ったのか、「快速高尾」になるまで、少々時間がかかった。また、E233系は半自動ボタンがついているにもかかわらず、この寒い日にすべてのドアを開けていた。車内保温保持のためにあるのだから、フレキシブルな対応をしてもよかったのではないだろうか(お客が使い慣れていないと、戸惑う場合もあるので、ここは“一長一短”か)。

ようやく、2番線に201系の快速(吉祥寺から各駅停車)高尾行きが入線。お目当ての車両にレールファンは目を焼きつけるのであった。

◆JR東日本立川

立川は中央本線、青梅線、南武線の駅で、16時頃に乗り込んだ。



2番線には青梅線201系の各駅停車河辺行きが発車を待っているものの、一部の車両はボディーが傷んでおり、痛々しい。また、屋根は雪が中央線用より付着していた。



青梅線内の各駅停車もE233系の運用が出現し、これから先は急速に減っていきそうな感じだが、201系の出番が多く、ロングシートのドア寄りにはプラスチック製と思われる風よけの仕切りを増設していた。



4番線にEH200牽引の貨物列車が止まっていた。EH200を見るのは初めてで、『Blue Thunder ECO-POWER』と名づけられた。この名を聞くと、プロ野球のオリックスバファローズはオリックスブルーウェーブ時代、「ブルーサンダー打線」と呼ばれていたことを思い出す。



5番線に16時26分発、201系の各駅停車高尾行きが到着するものの、すでに発車時刻を過ぎており、遅れ。ここで特急〈あずさ25号〉松本行きの待ち合わせをするが、こちらも7分遅れ。利用客も多く、30秒ほど停車して発車。続いて各駅停車高尾行きが発車すると、すぐさま6番線にクハとサロは183系1000番台、モハは189系の混結特急車が到着。回送だが、一旦止まると、すぐに発車した。



青梅線1・2番線に戻り、201系そろい踏み!! 1番線に16時40分発の各駅停車拝島行き、2番線に16時45分発の各駅停車青梅行きが発車を待っている。この日の青梅線は中央線からの直通電車運行を休止したせいか、大きな混乱はなく、定刻通りに立川を発車していた。



コンコースはエキナカショピングで、丸善、食事どころ(カニチャーハンに興味がある)、“デパ地下”を彷彿させるお惣菜店など、大きく変貌していた。エキナカショッピングが際立って目立つせいか、7・8番線の南武線のりばがわかりづらくなっているように思える。

首都圏に雪は歓迎しないとはいえ、JR東日本の201系にとってはもしかしたら、最後の雪見になるかもしれず、撮影する側にとっては少し、感傷的になった日なのかもしれない。

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③四季・上野原&鉄道写真撮影記「中央本線雪景色」はこちらにクリック!!

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kikuzou

夕方、新幹線で関西方面に移動しましたが、5,6分の遅れでした。
のぞみでしたが、途中小田原で雪を落とす作業をするため停車してましたよ。一瞬驚きました。
by kikuzou (2008-02-04 06:26) 

鉄道美術館館長♪

昨日は寒かったです。
本当の怖さは、今日の路面凍結です。
今日は出かけなくてはならないので、気を付けなければ!
by 鉄道美術館館長♪ (2008-02-04 07:45) 

岸田法眼

kikuzouさん、どうもありがとうございます。

お忙しいのですね。御苦労様です。

〈のぞみ〉の小田原臨時停車はおそらく、ここから先はトンネルが多くなるため、事故を防止する意味で停まったのでしょう。雪に強い新幹線電車を開発しない姿勢にも疑問を感じます。
by 岸田法眼 (2008-02-04 19:33) 

岸田法眼

鉄道美術館館長♪、どうもありがとうございます。

今日の朝は路面が凍結しており、慎重に足を踏みしめましたが、自宅最寄り駅前では中学生が転倒しておりました。

現在も雪が残っているところがあります。もし、平日の降雪だと大きな混乱が起こったかもしれませんね。休日ダイヤと外出を控える人が多かったのが大きな混乱が起こらなかったように思います(少なくとも、私が行ったところですが)。
by 岸田法眼 (2008-02-04 19:37) 

しおつ

都内では最近はほとんど雪化粧しないので、貴重な記録になりましたね。
by しおつ (2008-02-04 21:11) 

雪の中を走る中央線201系。ひょっとしたら最後だったかもしれませんね。
私は…雪かき以外、引きこもりました(^-^;)
by (2008-02-04 21:46) 

袋田の住職

さすがですね。すぐ気がつくあたり・・・
最近、アナウンスの間違いが多いような気がします。
集中してないのかな?
by 袋田の住職 (2008-02-04 21:52) 

岸田法眼

しおつさん、どうもありがとうございます。

東京は2年ぶりの雪だそうですが、そこまで降っていたという記憶がないので、貴重な記録となりました。
by 岸田法眼 (2008-02-04 22:39) 

岸田法眼

うたにさん、どうもありがとうございます。

この日、201系が大月まで足を伸ばしたのかどうかはわからないのですが、もし、走っていたら、いい絵になっていたと思います。

青梅線のほうが積もっていたようでして、専任で使われる201系の屋根はけっこう積もっておりました。
by 岸田法眼 (2008-02-04 22:40) 

岸田法眼

袋田の住職さん、どうもありがとうございます。

近年は車掌の次の駅名を間違えるケースがありますね。駅員でも種別を間違えるケースがあるのですが、自動化が進んだ影響なのかもしれません。

「快速相模湖」は通常の営業運転ではないだけに貴重なワンショットとなりました。ツキと運があったからかもしれません(私生活では運がないほうですが…)。
by 岸田法眼 (2008-02-04 22:43) 

サットン

首都圏の雪害で思い出すのはかれこれニ十数年前のこと。長野から特急「あさま」で上野に向かっていたら鴻ノ巣駅で雪のため1時間強運転抑止、上野まではなんとか辿り着いたものの東京駅までのアクセスが途絶。辛うじて動いていた一部の地下鉄路線を繋いで大手町へ。すると今度は新幹線がストップ。すぐに運転再開し「ラッキー」と思ったのも束の間、品川付近で再びストップ。結局新大阪に着いたのは未明の3時過ぎでした。3月末の天のいたずらでした。
by サットン (2008-02-04 23:32) 

岸田法眼

サットンさん、どうもありがとうございます。

雪には苦い経験をお持ちなのですね。

20数年前、雪道を走るバスが川に転落したというニュースが記憶に残っておりますが、今から10年前、首都圏では今回よりも多い雪により、交通機関が大幅にマヒ。これを機に201系の10両貫通編成はシングルアームパンタグラフに取り替え、高尾以西の運用を可能にして、フレキシブルな運用ができるようになりましたが、まさか10年後の今、フォーエヴァーになるとは想像もしておりませんでした。

そういえば、東海道新幹線は2000年、大雨により、巨人の一部の選手が巻き沿いとなり、東京-新大阪間が24時間前後もかかったことを思い出しますね。
by 岸田法眼 (2008-02-04 23:48) 

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