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急行〈はまなす〉フォーエヴァー総集編 [汽車旅2005番外編]

■2003年12月27・28日(土・日曜日)



2003年12月27日(土曜日)、JR東日本青森へ。急行〈はまなす〉札幌行き(8号車スハフ14 508:自由席)の自由席のりばは、かつての“臨時大垣夜行”を彷彿させるほど長蛇の列である。ところが、“「増結1号車2段式B寝台」という名のフェイント”で、自由席のりばは1両後ろへズレるハメとなり、大混乱!! さいわい、全員着席できたようである。 

今回、私が使用しているきっぷは『北海道&東日本パス』で、第3セクター鉄道3社や急行〈はまなす〉の自由席に乗車できる。おまけに自動改札対応なので、使いやすい。青春18きっぷとは異なり、5日間連続使用(現在は7日間連続使用)という決まりがある。

急行〈はまなす〉札幌行きが始発の青森を発車すると、津軽線を通り、中小国からJR北海道海峡線へ。23時45分、青函トンネルに突入すると、私は夢の中。スラブ軌道の轟音で起こされることもなく、北海道へ上陸した。すでに日付は 12月28日(日曜日)に変わっている。



「電源切れよ!!」

と誰かがケータイのマナーモードに設定していないお客に注意した頃に起き、まもなく、苫小牧。さいわい、時刻表とニラメッコしている隣席(通路側)の男性もここで降りてくれて助かった。 

■2003年12月29・30日(月・火曜日)

2003年12月29日(月曜日)夜、札幌へ。『STELLAR PLACE CENTER』6階のラーメン屋でトンポウロウチャーシューという北海道ラーメンをいっただきまーす。



食後、20時をまわると札幌時計台の鐘が鳴った。初めて聴く音色は驚きと感動にあふれ、夜でも札幌時計台は絵になる光景だ。

札幌駅に戻り、私は急行〈はまなす〉青森行き(8号車スハフ14 509:自由席)へ。函館本線、千歳線、室蘭本線をひた走る。


翌12月30日(火曜日)、再び函館本線を走行し、函館に到着。ふと目覚めると、快速〈海峡〉の姿は暗くて確認できなかった。“たぶん、すでにないのだろう”と思いながら、列車を降りる。

ここで牽引する機関車をED79 4にチェンジ。青森寄りは急行〈はまなす〉、函館寄りは寝台特急〈日本海〉を掲出しており、手間を省く。

五稜郭から江差線へ入り、とある信号所(3か所)で寝台特急〈カシオペア〉〈トワイライトエクスプレス〉〈北斗星1・81号〉札幌行きと行き違い。雪は激しく、窓をたたきつける。

木古内で海峡線、中小国からJR東日本津軽線へ入り、終点青森に到着。特急〈つがる2号〉八戸行きに乗り換えた。

■2005年8月14・15日(日・月曜日)

2005年8月14日(日曜日)、東北本線の普通電車が終点青森に到着すると、あいにくの雨だ。この日、東京は33℃に対し、青森は24℃だったので、過ごしやすい。

青森駅にゆらゆら流れる潮風が心地よく、連絡船があった歴史を感じさせる。旅する人々は3両しかない急行〈はまなす〉札幌行きの自由席GET'Sに向けて、怒濤と躍起が重なっている様子。

「静まれーッ!! 静まれーッ!!」



というかの如く、臨時寝台特急〈トワイライトエクスプレス〉大阪行きが“いっときの清涼剤”として、運転停車。電気機関車をEF81専用機に交代し、なにわを目指す。



ホームで並んでいた全員が急行〈はまなす〉札幌行きの自由席に坐れた。私は9号車オハ14 511をGET!! なおかつ、隣は誰も坐っていない。



青森を発車し、蟹田で運転停車後、車内検札が行なわれ、意外にも正規の乗車券を持っているお客が多かった。

23時34分、“「青いカクテルライト」という名のサイン”で青函トンネルへ。翌8月15日(月曜日)0時17分、青函トンネルを抜け、蝦夷地へ。

木古内で寝台特急〈北斗星4号〉上野行きと行き違い、苫小牧付近までぐっすり。

この日は線路切り替え工事のため、12分遅れで苫小牧に到着。その後、遅れは南千歳で8分、終点札幌で4分に縮めた。余裕時分を持ったダイヤに加え、急行〈はまなす〉では珍しいDD51重連のおかげだろう。



■2005年8月16・17日(火・水曜日)

2005年8月16日(火曜日)に発生した東北地方の強い地震により、寝台特急〈北斗星〉は運休となった。ところが、運休したはずの臨時寝台特急〈北斗星82号〉上野行きとすれ違った。いったい、どこへ向かうのか?(後日、回送列車と判明)

 

札幌で下車し、晩メシは北海道ラーメン。食後はおみやげを買って、急行〈はまなす〉青森行き(9号車オハ14 531:自由席)に乗り込む。明日は“天下分け目の青森”で、私はどういう決断を下すかが当日帰京のカギを握る。

翌 8月17日(水曜日)、急行〈はまなす〉青森行きは函館に到着し、車掌に地震関連の最新交通情報をきくも、前日と変わらない状況だという。5番ホームでは789系を留置して、帰宅困難者などを救済する“列車ホテル”となっていた。また、前日は特急〈つがる〉〈白鳥〉〈スーパー白鳥〉の大半が運休していたそうで、この日は運転するかどうかもわからないという。

もしもの場合は臨時快速〈きらきらうえつ〉新潟行きで遠回りし、上越新幹線で帰京することも考え、函館から先はよく眠れなかった。

青函トンネルに入ったのは4時06分で、出たのは4時47分。すでに夜は明けていた。

終点青森に到着すると、特急〈つがる2号〉八戸行き(E751系)が何気なくスタンバっている。

一部のお客は東北本線及び東北新幹線の運行状況を問い合わせており、情報は錯綜したものの、最終的には一部区間で徐行ながら、どちらも平常運行となり、ホッとしたぁー。


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