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2009年の汽車旅4-最終回 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1~13
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-05-06

◆あえて刈谷で乗り換え

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名古屋に到着し、ホーム豊橋寄りにある名代きしめんへ。少し考えた末、「冷し豚しゃぶ入りきしめん(630円)」を注文。久しぶりに名代きしめんできしめんを食べるが、言うまでもなくうまい。やはり、きしめんや讃岐うどんは本場で食べるのが1番うまい。

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“おやつ”の「冷し豚しゃぶ入りきしめん」を食べ終えたあと、2番線に戻り、15時58分発の快速豊橋行き(サハ313-5008)へ。うとうとしそうになるものの、予定通り、刈谷で普通電車浜松行き(クハ310-11)に乗り換える。さいわい、快速豊橋行きで乗車したサハ313-5008は、普通電車浜松行きの最後部車両の停止位置に停まった。


快速豊橋行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
刈谷なしクモハ313-5008なし
 なしサ ハ313-5308なし
 なしモ ハ313-5008なし
 なしサ ハ313-5008なし
 なしモ ハ313-5308なし
 なしク ハ312-5008なし
 なしクモハ313-306なし
名古屋なしク ハ312-306なし

快速豊橋行きは、終点豊橋で普通電車浜松行きに接続をとるが、私はあえて刈谷で普通電車浜松行きに乗り換えた。これには理由があり、豊橋始発の普通電車浜松行きは、ロングシート車で運行する可能性が高いからだ。JR東海静岡地区は、ロングシート車が主力で、211系5000番代の単独運行だとトイレがない。

対照的なのは東海道本線名古屋地区で、米原―豊橋間はオールロングシート車の運行が存在しない。同区間でロングシートが存在するのは、国鉄末期に投入された211系、普通電車用に投入された313系セミクロスシート車(転換クロスシート&ロングシート)のみである。




普通電車浜松行きは16時18分に発車。久々に311系を利用するが、最後部クハ310-11は乗ったときから不快な音が聞こえる。乗車している311系第11編成は、平成2年(1990年)川崎重工製で、まだ19年(当時)しかたっていないが、もうガタが来ているのだろうか?

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東海道新幹線乗換駅なのに、なぜか普通電車しか停まらない三河安城は多くの人が降りた。家路へ急ぐのか、それとも〈こだま〉に乗り換えるのか?



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311系の車内妻壁にある情報案内装置では、「各駅停車」と表示しているが、車掌や駅の放送、車両の種別幕は「普通」である。個人的には「各駅停車」のほうがわかりやすくていいのだが、「普通」と「各駅停車」が混ざっていると、わかりにくいように思う(実際、JR東日本や南海電気鉄道は、「普通」と「各駅停車」が存在する)。ちなみに、313系の普通電車運用時でも、ドア上の情報案内装置には「各駅停車」を表示する。


普通電車浜松行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
浜松なしクモハ311-11なし
 なしモ ハ310-11なし
 なしサ ハ311-11なし
刈谷なしク ハ310-11なし

余談だが、東武鉄道、阪急電鉄、阪神電気鉄道、京阪電気鉄道は、車両の種別は「普通」表示でも、車内の放送等では「各駅停車」と案内している。4社は“普通イコール各停”と解釈しているようだが、そろそろ「普通」と「各駅停車」を線引きしてもいいのではないだろうか。個人的には「普通電車」や「普通列車」という案内はやめたほうがいいと思う。「普通」という言葉は、語弊を招く恐れがあるからだ(差別用語にもなりかねない)。

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16時36分、岡崎1番線に到着。ここで新快速豊橋行きの待ち合わせをするため、8分停車。隣の愛知環状鉄道愛知環状鉄道線は、2000系の高蔵寺行きが発車を待っている。ところが、新快速豊橋行きの到着を待たずに、高蔵寺行きが発車してしまった。

帰宅後、『JR時刻表2009年8月号』(交通新聞社刊)で岡崎発車時刻を調べたところ、新快速豊橋行き2342F(土休は5340F)は16時42分、愛知環状鉄道線高蔵寺行き1193Hは16時41分発だった。なぜ、接続をとらないのだろうか?

それから2年後の2011年1月、ある男性が東北地方の旅をしていたときのこと。JR東日本奥羽本線のダイヤ乱れにより、青森で青い森鉄道青い森鉄道線の各駅停車は接続待ちに付き合い、十数分遅れて発車。同線も遅れが回復することなく、八戸に到着したが、JR東日本八戸線の普通列車久慈行きは定刻どおりに発車。その男性はJR東日本の駅員に猛抗議をしたという話を思い出した。地方の鉄道は、接続時間はもちろんのこと、遅れても待つ姿勢が大切ではないだろうか。

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三河三谷―三河大塚間で遠くからの三河湾オーシャンショー。風車が勢いよくまわっている。

豊橋で新快速などからの乗り換え客が多く、その後も乗客が増え、新居町を過ぎてからは寝てしまい、17時48分、終点浜松3番線に到着。向かいの4番線には、211系5000番代の普通電車掛川行きが発車を待っているものの、先に出るのは隣の2番線で、“大移動”と化す。路線が違うのならば、階段乗り換えは仕方ないけど、同一方面の乗り換えは同一ホームで乗り換えられるよう、改善してほしい。

◆気になる側扉窓

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普通電車沼津行き(クモハ211-6008:ロングシート)は、5両全車211系5000番代で、トイレなし。車掌が「御了承」という以前に、時刻表などで案内がほしいところ。市販の時刻表にトイレマークがあれば、なおよいが、トイレ設置改造を行なわないJR東海の意固地ぶりは理解できない。

17時52分に発車。先頭車は思ったほど混んでいなかったが、前から2両目以降は、帰宅ラッシュさながらの光景である。そして、乗車しているクモハ221-6008であることに気づいた。

DSC_0591(P1390630)a.JPG

それは紫外線をカットするためなのか、側扉窓に透明のシールを貼っていたのである。日よけのカーテンを設置できないこともあるだろうが、透明のため、車窓の眺望に大きな変化はない。


普通電車沼津行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
静岡なしクモハ211-6008ロングシート
 なしク ハ210-5056ロングシート
 なしクモハ211-5609ロングシート
 なしモ ハ210-5057ロングシート
浜松なしク ハ210-5028ロングシート

掛川で乗務員室は3枚中、2枚の窓にカーテンを下ろす。そして、島田を過ぎてからは日が沈んだようで、あとは暗くなることを待つだけの状態。長いトンネルを抜け、用宗に到着。空は一段と暗くなり、東名高速のオレンジランプが照りつけるかの如く、まぶしく輝く。

19時01分、静岡1番線に到着。晩メシ購入のため下車するが、有人改札では、なんと青春18きっぷに途中下車印を求める利用客がいた。

◆車内オフィスで帰京

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晩メシ購入後、再び静岡1・2番線へ。隣の3番線は、373系の〈ホームライナー浜松1号〉浜松行きが発車を待っている。熱海寄りでは遠目に4つの“目玉”が鬼のように輝かせている車両を発見。〈ホームライナー浜松1号〉浜松行きが発車すると、2番線に普通電車東京行き(7号車クハ372-5:自由席)が入線。前回乗車時は静岡県内の大雨のため、富士で無念のリタイア。タクシーで新富士駅へ向かい、東海道新幹線300系の〈こだま682号〉東京行きで危機一髪だっただけに、今回は終点まで無事に帰京したいところ。

普通電車東京行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
東京9クモハ373-5自由席
 8サ ハ373-5自由席
 7ク ハ372-5自由席
 6クモハ373-6自由席
 5サ ハ373-6自由席
 4ク ハ372-6自由席
 3クモハ373-9自由席
 2サ ハ373-9自由席
静岡1ク ハ372-9自由席

車掌の“組体操笛”がホームに鳴り響き、19時30分に発車。ひじかけにテーブルを引き出して、晩メシを食べる。

19時53分、由比1番線に到着。ここで特急〈(ワイドビュー)ふじかわ13号〉甲府行きの通過待ちをするため、5分停車する。私は373系同士の追い抜きを撮影したい。前回乗車時はシャッターが切れず、失敗しているだけに、“今回は!!”という意気込みを持つ。

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さぁー、お目当ての特急〈(ワイドビュー)ふじかわ13号〉甲府行きが過。“うまくいった”という自信はなく、“ただ撮れた”だけの腕前である。次はISO3200にして、ホームの情景を写してみたいが、うまくいくかなぁー?

普通電車東京行きは富士に到着。かつては到着前に寝台特急〈富士・はやぶさ〉大分・熊本行きとすれ違っていたが、2009年3月14日(土曜日)のダイヤ改正で消滅。その代わり、371系の〈ホームライナー浜松5号〉浜松行きがホームに滑り込んだ。371系の塗装は100系に倣っているが、たった1編成しかなく、1度も増備されることはなかった。

DSC_0612a.JPG

20時53分、熱海5番線に到着。ここからはJR東日本に入るが、ホームの行先案内は特殊?!  

JR東日本“東海道線”の快速や普通電車は、グリーン車連結が当たり前で、「グリーン車がない」のは珍しいのだ。373系や185系の普通電車は、“普通車は普通列車用グリーン車なみ”で、利用客のウケもいい。しかし、普通列車用グリーン車に乗ると、人の行き来が少ないため、快適に過ごせる(ラッシュ時だとグリーン料金を払っているのに坐れないケースがある)。

根府川―早川間で一瞬、非常灯以外、消灯するアクシデントが発生。ところが、停電は乗車している7号車だけなのか、車掌はお詫びのひとこともなかった。トイレで用を足している人がいたら、確実に混乱しているかもしれないが、乗客は一瞬の停電を気にしていない様子だ。

函南―小田原間はトンネルが多く、小田原から小型のノートパソコンを開く。するとメールが入っており、『週刊鉄道データファイル』編集部から原稿執筆の依頼だった。旅立つ1週間前、編集部に“夏休み”を伝えており、帰京する日に発注することになっていた。これで翌日から仕事にとりかかることになる。もちろん、この場で執筆してもよかったが、年齢のせいか、緊張の糸がブッツリ切れたかのような状態で、一気に疲労があふれ出し、この日は返信だけで精一杯だった。

22時43分、終点東京9番線に到着した。


★備考

①eyevio「2009年の汽車旅4 THE MOVIE」



②岸田法眼のRailway Blog.「各駅停車と普通列車」 

★お知らせ

東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の激甚災害により、東北地方がメインの「2009年の汽車旅5」、「2010年の汽車旅1・2」の各シリーズについては、当面見合わせることをRailway Blogで公表しました。

しかし、被災した鉄道路線のうち、太平洋沿岸部以外の大半は復旧していること、“「自粛」をするよりも、あえて載せることで復興につながるのではないか?”と考えるようになりました。

このため、次回の汽車旅シリーズは、「2009年の汽車旅5」シリーズをお送りいたします(開始時期は現在未定です)。

被災地の1日も早い復興を祈念いたします。

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2009年の汽車旅4-14(特急〈はまかぜ〉キハ181系フォーエヴァー) [汽車旅2009]

◆下記の記事をまだ御覧になっていない方は、下記のURLへクリックしてください。

・2009年の汽車旅4-1~11
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-24

・2009年の汽車旅4-12
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-26

・2009年の汽車旅4-13
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-29

◆特急〈はまかぜ〉キハ181系フォーエヴァー

2009年8月17日(月曜日)、相生の空は蒸し暑いほどの快晴。まさに真夏らしい空模様である。



※相生郵便局

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9時10分過ぎに宿をチェックアウトして、徒歩10分の相生郵便局で旅行貯金。そのあとは相生駅へ。山陽本線2番のりばには赤穂線播州赤穂からの普通電車姫路行き(クハ115-1112:体質改善車)、3番のりばに始発の普通電車上郡行きが、ほぼ同じ時刻にホームに進入した。

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普通電車姫路行きは、9時54分に発車。座席に坐れなかったが、先頭車の乗務員室に編成の車番がマジックで記しており、容易にチェックできる。あっラッキー、ラッキー、ラッキィーッ!!

普通電車姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
網干なしクハ115-1112体質改善車
 なしモハ115-1042体質改善車
 なしモハ114-1103体質改善車
相生なしクハ115-1244弱冷車、体質改善車



※網干駅前郵便局

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10時04分、網干に到着し、初下車。北出口から徒歩30秒もかからない網干駅前郵便局で旅行貯金。ホームに戻り、3番のりばで発車を待つ始発の普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面米原行き(6号車クモハ221-6:ローレル賞プレート。網干―姫路間、姫路―大阪間は女性車掌乗務)へ。駅員や車掌は、新快速利用は姫路で乗り換えるよう、案内している。ちなみに普通電車姫路行きが網干に到着した際、3番のりばに始発の新快速米原方面近江塩津行きが発車を待っていた。

DSC_0489(P1390620)a.JPG

乗車する221系は鉄道友の会ローレル賞のプレートを掲示。しかし、1号車ははがれていた。受賞して20年近くたつと、劣化ではがれてしまうのだろうか。

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10時30分に発車。乗務員室の後ろには、乗務員なのか駅員なのかはわからないが、JR西日本の制服社員3人が陣取っている。ものものしい雰囲気を感じるが、多くの鉄道事業者は、制服勤務中で旅客列車の車内に乗って移動する際、座席に坐らないのが鉄則のようだ(当然のことながら、乗務中の運転士、車掌などを除く)。

DSC_0491(姫路)a.JPG

高架を登り、1段高い山陽新幹線の高架をくぐると、10時41分、姫路5番のりばに到着。向かいの6番のりばには、始発の新快速京都方面野洲行きが10時42分の発車を待っており、この電車に乗り換えるお客が多かった。また、隣の7番のりばには、特急〈はまかぜ1号〉浜坂行きが発車を待っている。特に7番のりばの先頭7号車寄りでは、記念撮影をするレールファンや旅行客がいて、ゆとりある停車時間は“思い出を焼きつける場”として、有効利用している(特急〈はまかぜ〉は姫路で方向転換)。ちなみに、特急〈はまかぜ〉は通常4両で運行しているが、この日は3両増結し、多客期輸送に備えていた。

特急〈はまかぜ〉は長らくキハ181系で運行していたが、老朽化によりキハ189系の投入が決まった。当初は2011年春のデビューを予定していたが、試運転が順調に進んだことから、2010年11月7日(日曜日)に前倒しデビューし、一斉に置き換えた。ただし、冬季の風物詩的な列車、臨時特急〈かにカニはまかぜ〉はキハ181系を続投させていたが、同年12月23日(木曜日・天皇誕生日)で運行を終え、2011年からキハ189系にバトンタッチした。

キハ181系最後の旅客列車は、2011年2月26・27日(土・日曜日)に山陰本線京都―米子間で運行された団体臨時列車〈ありがとうキハ181系〉で、翌月に廃車された。さいわい、キハ181-12は国鉄色に戻し、旧津山扇形機関車庫に展示されている。




10時44分、特急〈はまかぜ1号〉浜坂行きが発車。ディーゼルエンジンの黒い煙は、まるで“蒸気機関車の何分の1”と思わせるほどで、“強い香り”が鼻腔に刺激を与えた。

◆山陽本線複々線完全制覇達成!!

特急〈はまかぜ1号〉浜坂行きが発車後、6番のりばに223系2000番代の普通電車姫路止まりが到着。大半は後続の新快速米原方面長浜行きに乗り換えるため、列を作る。新快速米原方面長浜行きの平日は網干始発だが、姫路でも坐れるという確信を持っているのだろう。

普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面米原行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
米原6クモハ221-6ローレル賞のプレート
 5モ ハ221-6なし
 4サ ハ221-6なし
 3モ ハ220-20なし
 2サ ハ220-20弱冷車
網干1ク ハ221-6弱冷車

普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面米原行きに戻り、1号車のトイレで待っていたら、中年の茶髪ロングヘアーの女が出てきた。私がトイレ待ちしていることに気づくと、後ろめたい表情をしていたが、中に入ると、煙草のニオイがプンプン。トイレで喫煙をしていたのである。221系は当初から全車禁煙だが、アーバンネットワークの駅も全面禁煙になったため、嫌煙家の私としては快適に過ごせるようになった。

10時50分に発車。御着―ひめじ別所間で、山陽新幹線〈ひかり548号〉レールスター新大阪行きに抜かれるが、それでも221系は110㎞/hを出している。そのあと、運転席の左側にある乗務員室用側扉窓が何度も開いてしまい、運転士はその度に閉めた。勤続20年の疲労なのだろうか?

宝殿で大量乗車があり、立客が発生。発車すると、マンションの建築工事が進んでおり、兵庫県加古川市はベッドタウンになりつつあるようだ。

DSC_0500(加古川)a.JPG




高架を登り、定刻より1分遅れの11時06分、加古川4番のりばに到着。乗客の大半は3番のりばから先に発車する、新快速米原方面長浜行きに乗り換えてゆく。

加古川のホームが地平だった頃は、山陽本線上りのみ緩急接続ができず、普通電車は1つ先の東加古川で、新快速の通過待ちをしていた。高架化によるホームの見直しで、利便性が向上したが、新快速米原方面長浜行きから普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面米原行きに乗り換える人は少なかった。高架化が呼び水となったのか、駅前にはマンションが建設されており、“加古川府民”がさらに増えていきそうだ。

11時10分に加古川を発車し、電車は東加古川3番のりばに到着。先述した補足になるが、かつては山陽本線上り2番のりばに普通電車が停まり、3番のりばで新快速が通過していた。2番のりばを使う機会は激減したが、レールと架線は残されている。

東加古川から先は、徐々に乗車率が上がり、JR東日本中央本線にも同名の駅がある大久保を過ぎると、電車は大きく右に針路を変え、西明石に到着。ここから東海道本線草津までは複々線となる。

この日は山陽本線西明石―神戸間の複々線のうち、西明石―新長田間の緩行線は未乗車のため、以前から乗りたいと考えていた。“乗るのであれば、221系にしたい”というこだわりを持っており、ようやく実現した。

西明石では1分停車。神戸から先は、後続の新快速京都方面湖西線経由敦賀行きが早く着くものの、次の明石とも隣のホームへ移動しなければならないせいか、思ったほど乗り換え客は少なかった。新快速に乗り換えても、坐れない可能性があるため、“坐り続けたい”願望が強いのだろう。



次は明石

明石からは快速運転がスタート。朝霧―舞子間は、列車線(特急、新快速、一部の快速、貨物列車など)は上段、電車線(大半の快速、各駅停車)は下段を走る。西明石―草津間の複々線は列車線を「外側線」、電車線を「内側線」ともいわれるが、西明石―新長田間はJR東日本首都圏の複々線と同じ「快速線」、「緩行線」というレイアウトである。

快速は一部を除き、電車線を走行するが、終日列車線で運行できない理由は2つある。1つ目は新快速に2回追い抜かれること、2つ目は舞子、垂水、須磨の列車線にホームがないためである。ちなみに朝ラッシュ時の一部の快速は、列車線を走り、舞子、垂水、須磨を通過する(種別を「通勤快速」に改めて、わかりやすくするべきだろう)。

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舞子は明石海峡大橋の最寄り駅で、淡路島や徳島駅方面の高速バスに乗り換えることができる。舞子はもともと通過駅だったが、明石海峡大橋の開業に伴い、平成10年(1998年)3月14日(土曜日)のダイヤ改正で停車駅に加えている。

停車中、左側の列車線で新快速姫路方面播州赤穂行きが通過すると、横揺れの衝撃があった。まるで〈こだま〉が〈ひかり〉〈のぞみ〉の通過待ちを受けているかのようだ。

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次は須磨

垂水を発車すると、複々線はまた上下段に分かれ、進行方向右側には大阪湾が見えた。列車線と違い、電車線は間近で大阪湾を眺めることができる。

11時42分、須磨3番のりばに到着。隣の2番のりばには、321系の上り各駅停車が発車を待っている。同一ホームで緩急接続できない珍しい展開だが、各駅停車は須磨始発で、そのまま折り返しているのだ。

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新長田を通過すると、山陽本線複々線完全制覇達成!! ほどなくして、複々線は複線並列から“片側2車線”方式に変わり、新快速京都方面湖西線経由敦賀行きにあっさり抜かれ、兵庫に到着。1段低い高架の山陽本線支線(通称、「和田岬線」)ホームには、103系がパンタグラフを上げた状態で止まっている。和田岬線用の103系は教習車兼用となっているせいか、方向幕は「兵庫⇔和田岬」のまま。

さて、2011年2月15日(火曜日)の神戸新聞によると、JR西日本は和田岬線を切り捨てる可能性があると報道している。

和田岬線は「神戸市交通局海岸線と競合している」といってもよく、一部の利用客が同線に流れたほか、三菱重工業や三菱電機の従業員自体も減っており、乗車率が減少の傾向にあるという。

和田岬線は朝夕ラッシュ時のみの運行で、2011年3月13日(土曜日)のダイヤ改正時の運行本数は、平日17往復、土曜日12往復、休日2往復。一方、海岸線は日中10分間隔で運行しており、利便性は歴然としている。しかし、海岸線も低調で、約830億円の累積赤字を抱えているという。これは全区間東海道・山陽本線及び、同局山手線と競合しているからである。

和田岬線を切り捨てたところで、海岸線の乗車率が劇的に上がる保証はないが、どこまで巻き返せるか? また、和田岬はどういうところなのか? ゆっくり歩いてみたくなる。


◆セカンドライフの男性とボーイズトーク

11時50分、神戸に到着。新快速京都方面湖西線経由敦賀行きに乗り損ねたのか、意外と多く乗ってくる。ここから東海道本線に入り、元町で大量下車。一気にガラガラとなるものの、三ノ宮で再びにぎわう。神戸―高槻間は新快速より早く到着するためだからだろう。

六甲道は平成7年(1995年)1月17日(火曜日)5時46分に兵庫県南部地震(阪神大震災)が発生した際、高架が損傷。ニュース映像で、復旧工事完了後、複々線で同一方向に試運転をする電気機関車の記憶が蘇った。

六甲道は2011年3月19日(土曜日)に利用したが、駅前では地元の大学生が東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日14時45分発生)の募金活動に精を出していた。私は都内で震度5強を経験し、一生忘れられない大きな揺れを味わったが、大津波で激甚な被害を受けた東北地方太平洋沿岸を中心に、みずから救いの手になる姿に感銘を受けた。

快速(高槻から普通電車)京都方面米原行きは、芦屋2番のりばに到着。向かいの1番のりばには、207系の各駅停車JR東西線経由松井山手行きが停まっており、接続をとる。

芦屋は新快速も停まり、各駅停車と接続をとっているが、私はあることに気づいた。

それは緩急接続を行なう際、新快速は下り1番のりば、上り4番のりば、各駅停車は下り2番のりば、上り3番のりばに停車。快速は下り2番のりば、上り3番のりば、各駅停車は下り1番のりば、上り4番のりばに停車することだ。さすがはフレキシブルに優れた“JR西日本、巧みの技”といえる(大げさな表現かもしれないが)。

ガラガラの特急〈はまかぜ3号〉香住行きとすれ違い、尼崎5番のりばに到着。向かいの6番のりばには、福知山線宝塚からの快速JR東西線経由同志社前行きが停まっており、接続。ちなみに2011年3月12日(土曜日)のダイヤ改正で、日中時間帯にJR東西線を経由する快速は、福知山線塚口発着に変更されている。このダイヤ改正前までの福知山線尼崎―宝塚間は“快速街道”で、日中時間帯はJR東西線からの快速と丹波路快速が頻発していた(注、丹波路快速は誕生時から30分間隔で運行)。

現在、福知山線塚口―宝塚間の日中は、大阪発着の快速(丹波路快速も含む。なお、塚口は通過)、各駅停車はそれぞれ15分間隔に統一し、ダイヤにゆとりを持たせている。

快速(高槻から普通電車)京都方面米原行きが先に尼崎を発車し、12時23分、気温33.8度の大阪8番のりばに到着。ここで2分停車し、乗客は大幅に入れ替わる。向かいの7番のりばには、321系の各駅停車京都行きが停まっており、接続をとる。

8番のりばは長蛇の列だが、半数は後続の新快速米原方面近江塩津行きを待つ。大阪―京都間は、新快速が絶対的な存在であることを物語っているが、それゆえ、乗客が集中してしまう課題もある。京都は湖西線直通の普通電車が発着するため、緩急接続が難しい状況にある。京都で緩急接続をさせるには、特急用の0番のりばに新快速を終日停車させる案もあるだろう。しかし、同一ホームで乗り換えることができない難点がある。JR西日本としては、利用客に負担をかけない乗換えが理想ではないだろうか。

また、高槻発着の各駅停車を京都発着に変更させ、快速区間を終日西明石―京都間に統一させれば、京都での緩急接続が可能だと思う。先述したように、同一ホームで乗り換えさせることができるかが課題だろう。

新大阪で多く降り、私の隣に「リタイア(定年退職)して10年」という70代と思われる男性が坐ってきた。発車すると100㎞/hも出ない。明石―大阪間はものすごく速い印象を受けていただけに拍子抜けだ。

吹田を通過し、進行方向左側には展示予定の0系が見え、それを過ぎると、男性が話しかけてくる。私が“旅人”であることを見抜いたようだ。

男性は甲子園球場で高校野球を観戦した帰りだという。本来は数試合見るつもりだったらしいが、暑いことや球場が混雑している状況だったため、予定を早めて切り上げたという。この男性は山科まで利用するので、後続の新快速米原方面近江塩津行きが早く着くものの、特にこだわっていないようだ(新快速は坐れる保証が低いため、乗車率が劣る快速を選択肢もある)。

男性は私を旅人かつ鉄道好きだと見抜き、脳梗塞で倒れた友人を話し出す。その友人は蒸気機関車の車輪を5枚持っていたという。しかし、2枚を処分。友人の奥さんは車輪収集に困っていたらしい。蒸気機関車の車輪は大きいものなのか、小さいものなのかはわからなかったが、大きいものだと置き場所に悩むだろう。

高槻から普通電車となり、12時43分に発車すると、猛烈なスピードに戻る。かつて、高槻―山崎間(7.5キロ)は103系が激走していたという。今は途中に島本という駅を新設したが、それでも高槻からは5.3キロ離れている。

新駅の設置による所要時間確保のため、100㎞/h止まりの201系、205系は他線に移ったが、2011年3月12日(土曜日)のダイヤ改正で、後者が奇跡的に東海道本線復帰を果たした。205系は207系や321系と同じカラーに装いを改め、平日朝のみ京都―尼崎間で運行を再開している。

山崎を発車すると、新快速米原方面近江塩津行きに抜かれ、桂川(久世)に到着。

「桂川にも快速停まるんやなぁー」

と男性はつぶやく。ちなみに桂川(久世)は快速通過駅で、普通電車や各駅停車のみ停車する。男性が「快速」だと言ったのは、快速区間の大半の電車は「西明石―高槻間」だからである。

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さて、兵庫―京都間の複々線の注目点は、柵である。これは多くの駅のホームが相対式ふうになっている。特に各駅停車しか停まらない駅は、列車線ホームに柵をして、安全性の確保に努めている。また、列車線に快速が停まる駅では、ロープのみ、またはロープと柵を併用している

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かつて、各駅停車しか停まらない駅は、黄色い柵を設置していたが、いつのまにか銀の柵に更新した。この柵は列車線を走行中の列車が非常時で緊急停車した際、容易に脱出できる工夫を施している。

13時05分、京都2番のりばに到着。向かいの3番のりばには、113系湖西線直通の普通電車近江今津行きが13時11分の発車を待っている。

◆まさかの消灯

山科で男性が下車し、私はお礼を述べる。

トンネルを抜け、大津に到着するとき、突然、非常灯以外の車内灯がすべて消えてしまうアクシデントが発生した。車掌はお詫びを入れていたが、トンネル内であれば混乱が生じていたかもしれない。

瀬田で下車客が多くなり、草津を過ぎると1シート1人の状況となる。普通電車の京都―野洲間は15分間隔だが、野洲―米原間は30分間隔になるため、“ローカル線”のような雰囲気となる。

13時38分、野洲2番のりばに到着。ここで1番のりばに滑り込む新快速野洲止まりを待つ。かつて、日中の新快速大阪発上りは、00・30分発は米原方面長浜行き、15分発は京都方面湖西線直通、45分発は京都方面草津行きだった。その45分発を京都方面野洲行きに変更し、終点で普通電車米原行きに接続をとったのである。これにより、新快速の米原方面は、実質毎時3本体制になったといえるだろう。ちなみに、現在の日中の新快速大阪発上りは、00分発は米原方面長浜行き、15分発は京都方面湖西線経由敦賀行き、30分発は米原方面近江塩津行き、45分発は京都方面野洲行きである。

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新快速野洲止まりが到着し、半数は普通電車米原行きに乗り換え、13時42分に発車。野洲―篠原間、安土―能登川間は120㎞/hをマークした。

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南彦根を過ぎると、近江鉄道本線に合流し、2009年4月8日(水曜日)に誕生した新駅、ひこね芹川を通過。ガードマン1人が警備にあたり、電車の到着を待っている。

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車内はすっかり空席が目立っているが、ラストスパートも手を抜かず、しっかり走り、14時17分、終点米原5番のりばに到着した。

◆定速走行でスイスイ名古屋へ

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米原7・8番のりばへ。7番のりばには臨時エル特急〈しらさぎ92号〉米原止まりが到着し、ホームは混雑かつ混乱。そんな中、8番のりばにJR東海の普通電車大垣行き(クハ117-111:女性車掌乗務)が入線。始発から立客が発生し、14時30分に発車。快晴が続き、日よけのカーテンを下ろす乗客も少なくはない。


普通電車大垣行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
大垣なしクハ117-111なし
 なしモハ117-56なし
 なしモハ116-56なし
米原なしクハ116-28なし



次は大垣 終点

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15時04分、終点大垣1番線に到着。乗り換える新快速豊橋行き(クモハ313-5001:女性車掌乗務)は、なんと5番線!! ほとんどの人々が大移動と化し、新快速豊橋行きに乗り換えるものの、坐れることができず15時10分に発車。途中まで樽見鉄道樽見線と並走するが、雑草が気になる。

意外にも岐阜で多く降り、乗車率は若干落ち、15時22分に発車。直線が多いため、115㎞/hの定速走行でスイスイ駆け抜ける。

新快速豊橋行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
名古屋なしクモハ313-5001なし
 なしサ ハ313-5301なし
 なしモ ハ313-5001なし
 なしサ ハ313-5001なし
 なしモ ハ313-5301なし
大垣なしク ハ312-5001なし



次は名古屋

尾張一宮を発車し、下り坂で116㎞/hを記録。清洲通過後にスピードが落ちたものの、枇杷島で息を吹き返し、15時40分、名古屋2番線に到着した。

★備考

①eyevio「2009 年の汽車旅4 THE MOVIE」



②鉄道ニュース「キハ181系“はまかぜ”ラストラン」 

③鉄道ニュース
「キハ189系が“はまかぜ”で営業運転を開始」 

④鉄道ニュース「“かにカニはまかぜ”運転開始」 

⑤鉄道ニュース
「キハ181系“かにカニはまかぜ”ラストラン」

⑥鉄道ニュース
「『ありがとうキハ181系』号運転」 

⑦鉄道ニュース
「キハ181-12が津山へ」

⑧鉄道ニュース
「京都総合運転所のキハ181系6連が下関へ」 

⑨鉄道ニュース
「旧津山扇形機関車庫にキハ181-12などが追加展示される」

⑩神戸新聞NEWS
「利用客3割減 和田岬線の廃止検討 JR西日本」 

⑪参考資料として、交通新聞社刊行、『鉄道ダイヤ情報2011年5月号』を使用。

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2009年の汽車旅4-13 [汽車旅2009]

◆下記の記事をまだ御覧になっていない方は、下記のURLへクリックしてください。

・2009年の汽車旅1~11
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-24

・2009年の汽車旅4-12
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-26

◆レイルウェイ・ウオッチング in 高松  

高松(Y00・T28)で一旦下車し、みどりの窓口へ。快速〈マリンライナー48号〉岡山行きの指定席券を買おうとするものの満席。グリーン車の残席数もわずかだという。5000系のグリーン車に乗りたいところだけど、指定席扱いのため、乗車券も買わなければならない。5000系のグリーン車の座席は、JR東日本首都圏普通列車用グリーン車と大差がないような気がする。先代のJR西日本213系のほうが、グリーン車としての格があった。  

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再びホームへ。3番のりばに2000系(N2000系含む)エル特急〈うずしお17号〉徳島行き、4番のりばにキハ185系のエル特急〈いしづち20号〉の回送という、新旧の特急形気動車がそろい踏み。“上背”の違いが歴然としている。

2000系は振子車両で、重心を低くしているが、“狭い”という感覚はない。キハ185系との違いをいくつかあげるとキリがないけど、振子以外で大きなポイントは、ステップがないこと。これにより、車体の低さをカバーできるし、乗降もしやすい。

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4番のりばからエル特急〈いしづち20号〉の回送発車後、入れ替わるように、エル特急〈しまんと7号〉多度津行きが入線した。いつもは高知行きとして運行し、宇多津でエル特急〈南風17号〉宿毛行きと併合するが、この日は山陽新幹線乗り換え客の座席確保優先により、岡山―多度津間の短縮単独運行に変更されている。

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エル特急〈しまんと7号〉多度津行きのキハ185系は、『アイランドエクスプレス四国Ⅱ』仕様車で、方向幕は「特急多度津(英文字省略)」というシンプルなもの。また、短縮運行のエル特急〈いしづち〉もそうだが、“特急〈なつかしのキハ185系しまんと〉”と銘打ちたくなるほど、懐かしさがこみ上げる。キハ185系の多度津以遠は、足を引っ張る存在になってしまい、“深入り運行”は当面なさそうだが、特急車としての意地を見せてくれる短縮運行といえそうだ。

エル特急〈しまんと7号〉多度津行きは、ガラガラという状況で発車。まるで回送列車のようなスタートである。

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7番のりばには、6000系の各駅停車観音寺行きが16時27分の発車を待っている。213系っぽい顔立ち、車内は転換クロスシート主体だが、情報案内装置やドアチャイムは、JR東日本209系を取り入れた不思議な車両だ。

6000系は111系を置き換える車両という名目で誕生したが、その後、JR東日本から113系を購入。リニューアル改造をして、111系を置き換えている。6000系が1度も増備されなかったのは残念だ。

◆お盆休みは利用客多し  

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5番のりばで発車を待つ快速〈マリンライナー48号〉岡山行き(6号車クモハ223-5007:自由席)へ。5000系2・3号車にはまだ乗ったことがないので、試乗も考えたが、JR西日本223系5000番代と同仕様のため、見送った。5000系は1号車(グリーン車&普通車指定席)がいい。
 

快速〈マリンライナー48号〉岡山行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山6クモハ223-5007自由席
 5サ ハ223-2131自由席
 4ク ハ222-5007自由席
 35004自由席、弱冷車
 25204自由席
高松15104グリーン車、指定席
1号車の2階と高松寄り平屋はグリーン車、1階と岡山寄り平屋は指定席。

16時40分に発車。お盆とあって乗客率が高く、坂出(Y08)で早くも立客が発生。1号車は、坂出からの乗車が多いのだろう。ちなみにこの日、1号車のトイレが故障していた。さいわい、4号車にもトイレがあり、“命綱”と化している。

快速〈マリンライナー〉の大半は、JR西日本とJR四国の共同運行であるため、車両故障が発生した際、代車がすぐ用意できないのが実情だろう。ちなみに2003年10月1日(水曜日)以降、快速〈マリンライナー〉の213系代走は何度かある。



次は児島

予讃線から本四備讃線に変わり、瀬戸大橋を渡ると本州へ。児島からJR西日本に入り、茶屋町に到着すると、エル特急〈南風19号〉中村行きが勢いよく通過。単線が存在する宇野線はスムーズに進み、17時32分、終点岡山6番のりばに到着した。  

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山陽本線3・4番のりばにまわると、3番のりばに特急〈やくも22号〉岡山止まりが到着。定刻より若干遅れての到着だった模様で、あわただしく発車。ほどなくして、4番のりばに広島支社体質改善車カラーの普通電車岡山止まりが到着。ホームは人であふれているなか、3番のりばに始発の普通電車播州赤穂行き(クモハ115-1550:体質改善車)が入線。側扉が開き、1分ほどであわただしく17時51分に発車。定刻より3分遅れである。
 

普通電車播州赤穂行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
播州赤穂なしクモハ115-1550体質改善車
 なしモ ハ114-1207体質改善車
岡山なしク ハ115-1235弱冷車、体質改善車

帰宅後に気づいたが、普通電車播州赤穂行き1928Mは2回続けて、同じ編成だった。前回(2009年8月1日)利用したときは、中間車が冷房故障し、車内は蒸し風呂だった。

東岡山から赤穂線へ。疲労コンパイで眠ってしまうが、前回利用時に比べ、乗車率が高い(前回利用時は、停まるごとに乗車率が減っていた感じだった)。お盆休みは“国民の休日”なのである。  

終点播州赤穂2番のりばに到着。向かいの3番のりばに新快速京都方面野洲行き(8号車クモハ223-2069)が入線し、乗り換える。

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今回は自然がキバをむくことのない穏やかな天候で、19時00分に発車。順調に進み、19時11分、相生2番のりばに到着。この日は相生泊まりである。

新快速京都方面野洲行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
相生8クモハ223-2069なし
 7サ ハ223-2159なし
 6モ ハ223-2161なし
 5ク ハ222-2069弱冷車
 4クモハ223-2048なし
 3サ ハ223-2113なし
 2モ ハ223-2145なし
播州赤穂1ク ハ222-2048弱冷車

★備考

①eyevio「2009年の汽車旅4 THE MOVIE」



②この日のエル特急〈いしづち9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・29・31・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28 号〉は、併結するエル特急〈しおかぜ5・7・9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28 号〉の輸送力を増強するため、高松―多度津間の短縮単独運行になっています。

③この日のエル特急〈しまんと7・2号〉は、併結するエル特急〈南風17・4号〉の輸送力を増強するため、高松―多度津間の短縮単独運行になっています。

④JR四国は2011年3月12日(土曜日)のダイヤ改正で、「エル特急」はすべて「特急」に統合しています。

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2009年の汽車旅4-12 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅1~11
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2011-04-24

◆地元の英雄、十河信二  

伊予西条(Y31)で下車し、駅すぐのところにある『鉄道歴史パーク in SAIJO』へ。敷地内には「十河信二記念館」、「四国鉄道文化館」、「西条市観光交流センター」がそれぞれある。いずれも開館時間は8時00分から19時00分までで、毎週水曜日休館である。  

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まずは「十河信二記念館」へ。「四国鉄道文化館」ともども予讃線沿いにあり、十河信二に敬意を表しているかのようだ。両館のあいだには十河信二像がある。  

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「十河信二記念館」は無料で、中に入ると木材のやすらぎに包まれ、十河の胸像、同氏をたたえる伊藤宏太郎西条市長のメッセージ、波瀾万丈の年表がある。  

十河信二は明治17年4月14日(月曜日)に生まれた。明治42年(1909年)、鉄道員に就職し、鉄道省経理局長まで上り詰めたものの、収賄罪で起訴されてしまう。このため、十河は大正15年(1926年)1月に退職したが、3年後の昭和4年(1929年)4月、無実が証明され、汚名を晴らした。

昭和5年(1930年)7月、満州鉄道の理事(その後、同社の経済調査会委員長を兼任)に就任。その後、興中公司社長、帝国鉄道協会理事(1944年11月、「帝国交通協会」に改称)、学生義勇軍会長を歴任し、昭和20年(1945年)7月、第2代西条市長に就任した。

しかし、わずか9か月で西条市長を辞任。再び交通の世界に戻り、鉄道弘済会会長、日本経済復興協会会長、日本交通協会理事を歴任し、昭和30年(1955年)5月20日(火曜日)、第4代国鉄総裁に就任した。当時71歳という高齢で、国鉄総裁初の外部登用となった。ちなみに、国鉄総裁の任期は1期につき4年である。

十河は島秀雄技師長とともに、東海道新幹線の構想を打ち出し、昭和34年(1959年)4月20日(月曜日)、新丹那トンネル東口で起工式が行なわれた。

国鉄の大事業かつ運命をかけた東海道新幹線は、建設費が莫大なことから、昭和36年(1961年)5月に世界銀行から8000万ドルを借り入れた。しかし、建設費用が大幅に不足することが表面化。これを受けて、政府は昭和38年(1963年)3月、十河の3期目はないことを明言した。

同年5月19日(日曜日)、十河は2期8年で国鉄総裁を勇退し、5代目国鉄総裁の石田禮助(Reisuke Ishida.当時77歳)にあとを託した。1か月後、十河は日本交通協会会長に就任する。

昭和39年(1964年)10月1日(木曜日)、東海道新幹線が開業。東京で行なわれた“夢の超特急”〈ひかり1号〉新大阪行きの出発式で、テープカットは石田の手により行なわれたが、そこに十河の姿はなかった。しかし、10時から国鉄本社で行なわれた開業式では、十河は昭和天皇皇后両陛下とともに招かれた。十河は東海道新幹線の開業に大きく貢献した1人として、高く評価されたことを表すものだった。

その後、十河の功績を賞賛するかの如く、昭和38年(1963年)11月に愛媛県民賞、昭和39年(1964年)11月に勲1等瑞宝章、昭和44年(1969年)9月に西条市名誉市民第1号、昭和48年(1973年)に東京18・19番線の新横浜寄りにレリーフを設置される栄誉を受けた。

昭和56年(1981年)10月3日(土曜日)12時07分、東京都の鉄道中央病院で、97歳という天寿を全うした。

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さて、館内は十河の功績、栄誉を余すところなく紹介。2階は再現した書斎、名言集、自筆の書、賞状、絵葉書などを展示。映像ブースでは在りし日の十河を映している。また、本棚もあり、鉄道誌、鉄道書を収めている。ちなみに階段には車椅子対応のリフトを装備、2階にも車椅子を用意しており、弱者に優しい環境を整えている。これは十河の晩年、右足骨折により、車椅子の生活を余儀なくされたことがあるのだろう。十河に対する地元の熱い思いを感じさせる。


◆四国鉄道文化館へ

 
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「十河信二記念館」で「四国鉄道文化館」の入場券(高校生以上300円、小中学生100円)を購入。両館の通路の一部は枕木、両サイドにはバラストをそれぞれ敷設しており、鉄道気分を高めている。予讃線沿いには実際に使われた腕木式信号機、標準軌と狭軌、公園でよく見かけるベンチがある。

「四国鉄道文化館」は土足厳禁。こちらも木の安らぎに包まれているが、先のほどの「十河信二記念館」とは違い、開放的な空間が印象に残る。

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館内には実際に使われた急行〈いよ〉のヘッドマークや、各駅停車のサボなどの鉄道グッズなどを展示。目玉は永住する0系1号車21-141、DF50形1号機だろう。

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0系はいまさら紹介するまでもないが、初代新幹線電車として、歴史に名を残した。「十河信二記念館」の隣に展示するのにふさわしい車両といえる。

展示している0系1号車21-141は、昭和51年(1976年)に日立製作所で新製されたもので、2000年10月まで24年にわたり活躍。約1020万キロ(地球約255周分)走行した。

JR西日本で廃車後、JR四国に渡り、多度津工場で保存及び展示。残念ながら、26メートル車体は14メートル切り落とされ、12メートルで展示していたが、「四国鉄道文化館」に伴い、DF50形1号機と共に“転属”した。ちなみに、この編成の晩年は4両に短縮されており、東京方先頭車の4号車22-141は、イギリスのヨークにある国立鉄道博物館に展示。0系で唯一、“海外生活”をしている車両として名高い存在になっているだろう。

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DF50形1号機は、昭和32年(1957年)に登場した電気式ディーゼル機関車で、ディーゼルエンジンはドイツの技術を取り入れ、三菱重工がライセンス生産をしたものである。ディーゼルエンジンで発電機を動かし、モーターを回転させて走る車両だったが、総出力は600キロワットという非力に加え、製造コストがかさむ問題があり、わずか6年で増備を打ち切られた。その後、電気式ディーゼル機関車は、JR貨物が平成4年(1992年)にDF200形を世に送り出すまで、新製されなかった。

DF50形1号機は、昭和58年(1983年)9月25日(日曜日)に運行を終え、約260万キロメートル(地球約67周分に相当)を走行。一線から退いたあとは準鉄道記念物の指定を受け、多度津工場で保存されていた。その後は0系1号車21-141で記述したとおりである。

DF50形1号機は、現在も走行することが可能で、館内にはバラストと枕木を敷設しており、“外出”できる構造になっている。また、DF50形1号機を展示している線路では、土休に限り、軌道自転車の体験サービスが行なわれている(イベント開催時や天候不順時を除く)。

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0系1号車21-141の車内に入る。車内は晩年の姿をとどめており、乗務員室寄りに液晶モニター、その反対側に家庭用空調機を設置した。この日は冷房が効いている。「四国鉄道文化館」は基本的に空調がなく、夏は扇風機やCOOL SHOTが応援稼動しているが、館内は自然の風を取り入れているため、木のぬくもりと共に心地いい。

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座席は簡易リクライニングシートで、シートモケットはグレー調に変わっている。ひじかけのレバーを操作すると、背もたれが倒れ、座面が前へ動くものである。背面にはテーブルが備わっており、弁当などを置くことができる。

久しぶりに0系の簡易リクライニングシートに坐る。平成5年(1993年)秋以来、16年ぶりに味わうが、坐り心地は普通車のリクライニングシートと大差がないように思う。新幹線のリクライニングシートは、深々と最大限に倒していることはないからだろうか。ただ、シートピッチが異なるのは明らかで、時代というものを感じるが、在来線の車両ならば、0系なみのシートピッチで充分だろう。新幹線電車は3人掛けの座席が存在するため、それ以上の余裕が必要になってくる。  

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乗務員室は、運転席のシートモケットも客室に合わせている。運転台には速度計が2つもあり、いずれも視界に入る。運転台は機器類が多く、見落としを防ぐ役割があるのだろう。  

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そのあと、DF50形1号機の運転席に入ったが、床がミシミシしており、老いを感じる。いずれの車両も運転席が高い位置にあるため、4トントラックを運転するような感覚を受ける。  

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螺旋階段を上り、展望台へ。トレインビュースポットのほか、伊予西条駅構内の給水塔、カーバイド庫、石鎚山を眺めることができる。

カーバイド庫は“照明工場”で、カーバイドという物質に水を加えると、アチレンガスが発生し、それを利用して夜間の作業照明に使っていたという。今は電気でまかなっているため、カーバイド庫を使う必要はない。

給水塔は蒸気機関車が水を補給するために設けた場である。かつてはここで蒸気機関車を付け替える作業が行なわれており、転車台も用意されていたが、残念ながら、すでに撤去されている。また、現在も給水塔は、駅構内で使う水をポンプでくみ上げているという。いずれも鉄道遺産的な建物として、永遠にそびえ立つ存在になるだろう。


◆徹底的なJR四国

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伊予西条(Y31)に戻り、2・3番のりばへ。ホームには意外と待ち人が多く、ほどなくして各駅停車観音寺行きワンマン列車(7022)が入線。“この数だと、ロングシートやむなし”と覚悟していたが、奇跡的にボックスシートをGETすることができた。その理由は側扉で、待ち人たちは“全部開く”と思っていたからである。しかし、開いたのは後部のみ。JR四国のワンマン列車は、有人駅でも“乗車後部扉、降車前部扉”に徹底している。メリットは“わかりやすい”、デメリットは“融通が利かない”といったところ。

2番のりばに7000系単行の各駅停車松山行きが到着した。この電車は車掌が乗務しており、ここで女性から男性に交代。この日(夏季)は半自動ドア扱いだが、中央の側扉が開いていなかったため、試しに車体側面にあるボタンを押したところ、開いた。


各駅停車観音寺行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
伊予西条→観音寺なし7022なし

7000系を投入した当初、半自動ドアは手で開閉していたが、重くて使いづらい難点があった。高齢者が多い四国では、半自動ドアの開け閉め自体が重労働になってしまう。そういう苦情や要望が多かったのか、21世紀に入っていつ頃なのかはわからないが、ボタンを取りつける改造が行なわれ、操作性を大幅に改善した。

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各駅停車観音寺行きワンマン列車は12時47分に発車。多喜浜(Y28)でエル特急〈しおかぜ9号〉宇和島行き“アンパンマン列車”と行き違う。その後は山間部をひるまず突き進む。

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町となり、伊予土居(Y26)で各駅停車伊予西条行きワンマン列車と行き違うが、なんと2両。JR四国のワンマン列車は基本1両のため、“あれぇー?”と疑問だったが、後ろ1両は回送車だった。単線主体の予讃線なので、効率を重視した運用である。

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赤星(Y25)を発車すると、燧灘(Hiuchinada)オーシャンショー。ちょっとしか眺められないが、四国らしさを感じる車窓である。

箕浦(Y21)でエル特急〈しおかぜ11号〉松山行きと行き違い、終点観音寺(Y19)が近づいてきた。

「JR四国を御利用いただきまして、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」  

観光客向けに聞こえる自動放送が流れた。JR四国は、JR旅客鉄道の中では経営基盤が小さく、ローカル線が主流なだけに、“いつも乗ってほしい”という思いが強いことを表している。  

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13時59分、終点観音寺(Y19)2番のりばに到着。隣の4番のりばに回り、快速〈サンポート南風リレー号〉高松行き(クモハ121-8)に乗り換え。国鉄末期に投入した121系で、JR東日本207系に似た顔立ちが特徴だ。

さて、快速〈サンポート南風リレー号〉高松行きの方向幕は、「高松」のみ。ヘッドマークも掲出していないのが気になるが、ボックスシートをGET。個人的には、6000系の転換クロスシートに坐りたかったが……  

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エル特急〈しおかぜ18号〉岡山行きを先に通したあと、14時18分に発車。本山(Y18)では121系の快速〈サンポート南風リレー号〉観音寺行きと行き違うが、進行方向左側のホームに停車しているため、快速〈サンポート南風リレー号〉高松行きは、右側に針路をとる。先ほどまで乗った7000系は俊敏な動きだったが、121系は性能が若干劣るため、遅い。
 

快速〈サンポート南風リレー号〉高松行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
高松なしクモハ121-8なし
観音寺なしク ハ120-8なし

14時30分、高瀬(Y16)2番のりばに到着。この日も雨が降ってしまった。梅雨明けしているはずなのに……  

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詫間(Y14)を発車して、しばらくすると雨が強くなる。進行方向左側には、三野津湾・備後灘オーシャンショー。その距離は短いが、雄大な大海原沿いを走る車窓は、予讃線の見どころだろう。  

いつしか雨はやんだ。というより、降った痕跡すらない。やがて土讃線に合流すると、エル特急〈南風13号〉宿毛行きとすれ違う。“多度津を目前に接続しないのか?”と首を傾げるが、エル特急〈南風13号〉宿毛行きは多度津を通過しているのである。  

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14時50分、多度津1番のりばに到着。ここでエル特急〈南風16号〉岡山行きの待ち合わせをするため、11分停車。さらに快速〈サンポート〉のヘッドマークを掲出する。どうやら多度津以西はヘッドマークを掲出しない模様である。その理由は、多度津以西は各駅に停まるからなのだろう。まさかヘッドマークの掲出も徹底しているとは思わなかったが、大盤振る舞いが難しいJR四国の懐具合を表しているようだ。ちなみに快速〈サンポート〉〈サンポート南風リレー号〉の快速運転区間は坂出(Y08)―高松(Y00)間のみ。同区間の快速〈マリンライナー〉はノンストップだが、快速〈サンポート〉〈サンポート南風リレー号〉は端岡に停車する(ダイヤによっては、停車駅が多い便もある)。

◆キハ185系代走特急  

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1番のりばの外側にある留置線では、キハ185系のエル特急〈いしづち〉が休息をとっている。この日、大半のエル特急〈いしづち〉は、高松―多度津間に縮小されている。

エル特急〈いしづち〉の多くは、エル特急〈しおかぜ〉との併結運行で、宇多津で分割併合している。しかし、多客期になると、山陽新幹線の乗り換え客が多く見込まれることから、エル特急〈しおかぜ〉は増結して対応している。このため、エル特急〈しおかぜ〉とペアを組めないエル特急〈いしづち〉は、高松―多度津間、電車または気動車による代走ダイヤを設定しているのだ。

代走車として用意されているキハ185系は、国鉄末期に投入した特急形気動車で、将来はJR四国のエースになるものと思われていた。しかし、JR四国は高速道路対抗策として、振子気動車2000系を投入。強馬力のディーゼルエンジンのあいまって、キハ185系の全盛期は予想以上に短かった。早々に第一線から退いたキハ185系の一部はJR九州に移籍し、ド派手な装いで活躍している。

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留置線の外側には、蒸気機関車8620形が静態保存されている。また、観音寺寄りに急行形気動車が留置されていた。すでに営業運転を終了しているので、解体待ちなのだろうか?

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14時57分、2番のりばにエル特急〈南風16号〉岡山行きが到着。1分後にあわただしく発車した。


◆元祖四国の玄関口で讃岐うどんに舌鼓を打つ  

快速〈サンポート南風リレー号〉高松行きは、15時01分に発車。讃岐塩屋(Y11)を発車すると、高架を上る。この高架は本州への大動脈ルートで、丸亀(Y10)を発車すると、キハ185系のエル特急〈いしづち19号〉多度津行きとすれ違い、宇多津(Y09)ではエル特急〈しおかぜ15号〉松山行きが停車していた。  

宇多津(Y09)を発車したとたん、急停車。どうやら乗車しようとした利用客は、半自動ドアであることをわからなかったらしい。実は別の駅でも足の不自由な方が快速〈サンポート南風リレー号〉高松行きに乗ろうとしたが、側扉が開くのを待っており、立客が半自動ドアボタンを押して、手を差しのべなければ、乗り損ねるところだった。  

宇多津(Y09)―坂出(Y08)間は走りに威勢があり、121系の性能がフルに発揮しているようだ。  

坂出(Y08)は快速〈マリンライナー42号〉岡山行きに乗り換える客が多く、若干乗車率は落ちるものの、ここから先は快速運転。坂出(Y08)発車は定刻より4分遅れていたため、回復運転に努めるが、少々揺れる。



次は高松 終点

4分の遅れは1分しか縮まらず、端岡(Y03)を発車すると、軽快なラストスパートで、15時36分、定刻より3分遅れて、終点高松8番のりばに到着した。  

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車止めの先にある「連絡船うどん」で、おろしぶっかけうどんを注文。どんぶりに讃岐うどんと大根おろしがあり、ショウガ、ネギ、つゆをぶっかけて食べるもので、うまい。讃岐うどんは太くてコシがあるので、チュルチュル進む。おやつで食うには程よい量と質だと思う。

★備考

①eyevio「2009 年の汽車旅4 THE MOVIE」



鉄道歴史パーク in SAIJO 

③参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『日本国有鉄道大いなる旅路』を使用。

④参考資料として、三栄書房刊行、『鉄道のテクノロジーVol.7』を使用。

⑤この日のエル特急〈いしづち9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・29・31・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28 号〉は、併結するエル特急〈しおかぜ5・7・9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28 号〉の輸送力を増強するため、高松―多度津間の短縮単独運行になっています。

⑥JR四国は2011年3月12日(土曜日)のダイヤ改正で、「エル特急」はすべて「特急」に統合しています。

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2009年の汽車旅4-11(四国の鉄道完全制覇達成!!) [汽車旅2009]

◆下記の記事をまだ御覧になっていない方は、下記のURLへクリックしてください。

・2009年の汽車旅1~10
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-04-24

◆四国の旅客鉄道完全制覇達成!!

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徒歩で伊予鉄道高浜線大手町駅へ。駅前は高浜線と花園線が平面交差するところで知られている。以前は阪急電鉄西宮北口にもあったが、現在は分断されており、今津線を全線走破する電車が消滅した。

券売機で乗車券を求めようとする直前、踏切の警報音が鳴ってあわてるが、さいわい、高浜方面の電車だった。そして、道路側には双方向とも、花園線の路面電車が止まっている。

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横河原行き(824)に乗り、8時31分に発車。2両編成だが、意外にも車掌が乗務している。ローカル線でよくある「2両ワンマン」に慣れてしまったせいだろう。

横河原行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
松山市なし824なし
大手町なし854なし

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8時33分、松山市に到着。横河原行きは、ここから横河原線へ針路を進めるが、私は郡中線に乗り換え。その前に伊予鉄道では珍しい自動改札機を見かけたので、パチリンコ。

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急いで隣のホームへ行き、郡中港行き(715)へ。8時35分に発車し、土橋を過ぎると、予讃線をくぐり、車掌は進行方向左側の窓のほとんどにカーテンを下ろす。そして、照明もOFF。電車は直線を走り、土居田で松山市行きと行き違い、余戸でまとまった下車があった。

郡中港行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
郡中港なし715なし
松山市なし765なし

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鎌田を発車すると、枕木は木製からコンクリート製(「PC枕木」ともいう)へ。進行方向左側の遠くには、松山坊っちゃんスタジアムが見えるものの、アクセス輸送には少々無理があるようだ。

岡田付近で、木製の枕木に戻るが、ローカル線にとって、PC枕木を採用するのは英断といえよう。ちなみにほかの区間もPC枕木が見られた。

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次は新川

松前(Masaki)でうしろの車両は全滅となり、発車後、1両に2か所、ドア上に情報案内装置があることに気づく。サイズは小さいものの、LED2段式になっており、上段は次駅と到着予定時刻、下段はニュースやインフォメーションを流す。ニュースでは天候不良で通行止めだった東名高速の完全復旧を知った。

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群中を過ぎると飛ばさず、8時59分、終点郡中港に到着。郡中線全線完乗とともに、四国の旅客鉄道完全制覇を達成した。残りは本州と九州になったが、どちらが先に片づくか?

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郡中を発車した際と終点郡中港に到着しようとした際、「JR線はお乗り換えです」という車掌の案内が気になっていたが、横断歩道を渡ればすぐのところに、予讃線伊予市駅がある。最初から知っていれば、そこで乗り換えていただろう。

◆徹底したワンマン列車

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予讃線伊予市(U05)で、2番のりばから9時10分に発車する各駅停車伊予西条行きワンマン列車(7011)に乗り換える。有人駅で、なおかつ、始発電車だが、乗車口は後部に限定されており、前部と中央は閉め切っている。

隣の1番のりばに2000系試作車TSEのエル特急〈宇和海3号〉宇和島行きが到着し、定刻通り、9時10分に発車。車内の照明は消灯し、先ほど乗った各駅停車松山行きに比べ、走りは格段の差がある。伊予市(U05)―松山(U00、Y55)間は8000系が走らないので、“おまけ電化”という印象を持つが、郡中線への対抗意識が強いのだろうか。

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北伊予(U02)でキハ54系の各駅停車伊予長浜経由宇和島行きワンマン列車と行き違い、9時27分、松山1番のりばに到着。停車時間はわずか1分だが、中間のドアは開かず、降車は前部、乗車は後部と徹底している。“そこまで徹底しなくてもいいのに”と思うが、JR四国のルールなのだから、仕方ない。7000系が投入されて20年目(2010年で21年目になる)に入っているせいか、乗降はスムーズである。


各駅停車伊予西条行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
伊予市→伊予西条なし7011なし

運転士も交代し、ベテラン同士のツーマン乗務となり、車内の照明もついて、9時28分に発車。ベテラン同士だが、片方は新米運転士、片方は指導員という意外なコンビである。そのため、指導員は運転士に代わって、きっぷや運賃を収受する。

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次は光洋台(Y51)

堀江(Y52)で各駅停車松山行きと行き違う。この電車は7000系2両編成だが、ワンマンが表示ない。発車すると、伊予灘オーシャンショー。指導員は伊予灘に見とれることなく、新米運転士にアドバイスを送る。

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9時51分、伊予北条(Y48)に到着。ここでエル特急〈しおかぜ1号・いしづち5号〉松山行きと行き違うが、なんとガラガラ。高速道路休日普通車ETC1000円割引が影響している。経営基盤の弱いJR四国にとっては大きな痛手だ。その上、この旅の半月後に行なわれた衆議院解散総選挙で、民主党が政権を奪取。高速道路無料化をマニフェストに掲げており、運輸業にとっては過酷な未来になりそうだ。





次は浅海(Y44)

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※画像上段はツインフィーダーメッセンジャー架線、下段は一般的な架線。

さて、先述したようにトンネルは、パンタグラフ集電の電車が走ることを想定していなかったため、断面が小さく、架線を張るのに大変苦労した。通常はタテにピーンと張っており、ハンガーの下はトロリー線、上は吊架線だが、トンネルとその周辺は、ヨコに張ったツインフィーダーメッセンジャー架線である。そのため、松山-観音寺間はヘビーシンプルカテナリー方式を採用し、路盤の盤下げ(レールの下を掘って、レール面を下げた)、跨線橋のかさ上げ、跨線水路橋の改修など、大規模な工事が行なわれた。また、沿線の祭の開催時には、だんじりが踏切を渡るため、一部区間におけるトロリー線の高さを許容限度となる5.4メートルにして、祭りに支障を与えないように配慮した。

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10時09分、菊間(Y45)に到着。3分停車し、各駅停車伊予市行きワンマン列車と行き違う。どうやらJR四国は1両のみワンマン列車で、2両以上は車掌乗務というのが定義と見た。

「お客さまにお願いいたします。盗難防止のため、貴重品は必ず身につけてください」

10時12分に菊間(Y45)を発車すると、注意を促す自動放送が流れる。夜行列車ではよくある放送だ。

◆怒涛の走りと空席だらけのエル特急〈しおかぜ〉



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伊予亀岡(Y44)で6分停車。運転士は「臨時特急の行き違いです」というので、なんだろうと思ったら、なんと、寝台特急〈サンライズ瀬戸〉松山行きが通過。大柄なボディーだが、シングルアーム式パンタグラフがさいわいしたのか、断面の小さいトンネル走行が可能である。

JR西日本の在来線車両は下枠交差式パンタグラフを標準としており、シングルアーム式パンタグラフは新幹線電車以外、めったに採用していない。ちなみに、JR西日本がシングルアーム式パンタグラフを採用した285系以外の在来線車両は、283系、125系、521系、683系4000番代である。2010年5月頃にお目見えするといわれる225系はどうなるか?

この夏の寝台特急〈サンライズ瀬戸〉松山便は、東京発は2009年8月14~16日(金~日曜日)、松山発は2009年8月15~17日(土~月曜日)に運行された。私は2009年8月17日(月曜日)の寝台特急〈サンライズ瀬戸〉東京行きに乗ろうかと、みどりの窓口へ行ったが、残念ながら満席だった。

所定のダイヤより7分遅れた10時23分に伊予亀岡(Y44)を発車。車窓は田園となり、波方(Y42)で各駅停車松山行きワンマン列車と行き違う。

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波方(Y42)を発車すると、西瀬戸自動車道のブリッジが見える(いい橋だなぁー)。

波止浜(Y41)を発車すると、胸のすく走りで高架を登り、今治(Y40)1番のりばに到着。ここでエル特急〈しおかぜ3号・いしづち7号〉松山行きと行き違う。伊予亀岡(Y44)で停車時間を延長したため、のんびり走るわけにはいかず、必死の走りでエル特急〈しおかぜ3号・いしづち7号〉松山行きを遅らせずに済んだ。

今治(Y40)で大幅に入れ替わって、定刻通り、10時46分に発車。所定のダイヤでは10分停車になっているため、回復運転でしのいだことになる。

天気は快晴だったのに、各駅停車伊予市行きワンマン列車と行き違った伊予桜井(Y38)で、曇りがちに。また、雨が降るのだろうか?

そんな不安を7000系の力強い走りが打ち砕き、伊予三芳(Y37)に着いたときには晴天に戻る。進行方向左側には今治小松自動車道があるものの、意外とスピードを出していないようだ。

一部の水田は早場米なのか、黄金色に輝く稲穂を見つけた。2009年は雨が多く、日照不足が心配されたが、不作という最悪の事態が免れた模様(1993年は歴史的な不作だったため、急きょ、タイやオーストラリアなどから米を緊急輸入した)。

11時07分、壬生川(Y36.Nyugawa)3番のりばに到着。ここでエル特急〈しおかぜ5号〉松山行き、エル特急〈しおかぜ14号〉岡山行きと行き違うため、13分停車する。市販や駅の時刻表を見ていないため、てっきり1番のりばにエル特急〈しおかぜ14号〉岡山行き、2番のりばにエル特急〈しおかぜ5号〉松山行きが到着して、ホームを埋め尽くすものとばかり思っていた。

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ところが、1番のりばにエル特急〈しおかぜ14号〉岡山行きが到着すると、11時12分に発車。そのあと、1番のりばにエル特急〈しおかぜ5号〉松山行きが到着。一部の自由席車両を指定席に変更していたが、満席とは程遠い乗車率だ。ちなみに、エル特急〈しおかぜ5号〉松山行きとエル特急〈しおかぜ14号〉岡山行きは、伊予小松(Y34)で行き違った模様。

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11時20分にエル特急〈しおかぜ5号〉松山行きとともに発車し、各駅停車伊予西条行きワンマン列車は石鎚山(Y32)へ。エル特急〈いしづち〉命名の由来である石鎚山は、西日本の山では最大の1982メートルあるが、登山口の下車駅は次の伊予西条(Y31)である。

11時35分、終点伊予西条(Y31)3番のりばに到着した。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅4」 



伊予鉄道ホームページ 

③参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『鉄道ジャーナル1993年6月号』を使用。

④この日のエル特急〈いしづち9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・29・31・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28号〉は、併結するエル特急〈しおかぜ5・7・9・11・13・15・17・19・21・23・25・27・6・8・10・12・14・16・18・20・22・24・26・28号〉の輸送力を増強するため、高松―多度津間の短縮運行になっています。

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2009年の汽車旅4-10 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1~9
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-04-21

◆向かい合わせを嫌う乗客

2010年8月16日(日曜日)0時30分頃に就寝し、2時35分、終点八幡浜港に到着。この時間に下船する乗客が多いことから、放送を流したというが、まったく気づかずに熟睡していた。

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5時15分に再び船内放送を流すと、目覚める。あたりを見渡すと、誰もいなかった。船内休憩で時間ギリギリまでいたのは私だけらしい。

自動車用の出入口から下船し、いよいよ四国へ。30分以上歩き、6時00分過ぎにJR四国予讃線八幡浜駅(U18)へ。

「おはようございます」

有人改札でベテラン男性駅員があいさつし、青春18きっぷに4回目の欄に日付を押してもらう。

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3番のりばには、始発の各駅停車内子経由松山行き(キハ185-3102:自由席)が発車を待っている。先頭車はドアを開けることができず、前から2両目以降は半自動ドア。これは先頭車がキハ185系3100番代で、デッキが残されているため、半自動ドア改造をしていないのである。ちなみにキハ185系3100番代のディーゼルエンジン音は、キハ47系より静かだ。また、冷房はキハ47系のほうが効いているが、効き過ぎかもしれない。

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隣の1番のりばにエル特急〈宇和海2号〉松山行きが到着。なんと、2000系試作車TSE(「Trans Shikoku Experimental」の略)のお出ましだ。この車両は2003年8月14日(木曜日)にエル特急〈うずしお26号〉高松行きで乗車し、高徳線志度でJR四国完全制覇を達成している。



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6時09分に発車したあと、私は席を移動する。当初は先頭車の中央に陣取っていたが、私しか乗っておらず、進行方向右側の“「展望席」という名の特等席”が空いていることに気づいた。最前列の16番A・B席はなぜか逆向きになっており、もったいない。ペダルを踏んで前向きに変えれば、晴れて移動完了。ちなみにキハ185系3100番代はリクライニング機構をやめて、回転式クロスシートに改造されているが、JR四国はボックスシートの状態にセットして、乗客を待ち受けている。

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次は伊予平野

6時19分、各駅停車内子経由松山行きが発車。カーブが多く、スピードは上がらない。キハ185系の全盛期が短かった理由がよくわかる。JR四国のエースは2000系と8000系の“ツートップ”にあっさり奪われてしまったが、キハ185系は当初から国鉄急行形気動車の廃車発生品を使っているのがさいわいしたせいか、ローカル運用に格下げされても、小規模な改造で済んだ。

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6時40分、伊予大洲(U14、S18)2番のりばに到着。1番のりばにはキハ54系の各駅停車宇和島行きワンマン列車、3番のりばは予讃線の各駅停車伊予長浜経由松山行きがそれぞれ停まっている。私が乗車する先頭車ではお姉ちゃんが1人乗るが、ボックスシートにセッティングされていることを嫌い、逆向きを前向きに変えて自分の時間を確保する。元特急形気動車であることを知っているようで、座席の向きを帰すのはお手のもの。

この駅は予讃線と内子線の分岐駅で、私が乗車している各駅停車内子経由松山行きは、ここから内子線に入り、駅ナンバリングのアルファベットは「U」のまま。一方、各駅停車伊予長浜経由松山行きは、海沿いの予讃線を通るもので、駅ナンバリングのアルファベットは「S」を表示する。「U」は内子線や宇和島(U26)を示すことが容易に想像できるものの、「S」は下灘(S09)を指しているように思われる。ちなみに予讃線松山-高松間は「Y」を表示する(松山は「Y55」、高松は「Y00」)。

◆躍動感がある車掌

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各駅停車内子経由松山行きは6時41分、伊予大洲(U14、S18)を発車。しばらくすると、右方向へ針路を選び、内子線をゆく。すると、松山自動車道が寄り添ってきた。JR四国にとって、高速道路は目の上のタンコブである。

喜多山(U12)を発車すると、カーブに苦しみ、五十崎(U11.Ikazaki)へ。この駅のホームはトンネル内にもあり、JR西日本福知山線の西宮名塩と同様。ちなみにこの列車は、トンネルの手前で停まった。

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内子(U10)でキハ32系の各駅停車八幡浜行きワンマン列車と行き違い、発車すると、再び予讃線へ。予讃線は宇和島(U28)―高松(Y00)間の本線部と、内子(U10)―向井原(U06)間の支線部がある。

内子(U10)を発車すると、いくつものトンネルを通る。その断面を見ると、パンタグラフ集電の電車が通ることを想定していないつくりである。

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伊予立川(U09)で、エル特急〈宇和海1号〉宇和島行きと行き違い、しなやかな曲線のホームを軽やかに通過。そのうしろにはハイウェイという“強敵”が存在する。

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伊予中山(U08)で、キハ47系&キハ32系の各駅停車内子経由八幡浜行きの到着を待つ。ホームの松山寄りで車掌は発車を待っているが、そのあと、唖然とする。なんと、各駅停車内子経由八幡浜行きが姿を現したが、トンネルを出たとたんに運転士はヘッドライトを切っていたのである。

各駅停車内子経由松山行き行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
松山なしキハ185-3102自由席、側扉自動
 なしキハ47172側扉半自動
 なしキハ47175側扉半自動
八幡浜なしキハ47173側扉半自動

平成の世に入ってから、JRグループは在来線でも事故防止の一環として、終日ヘッドライトつけっぱなしになっているが、近年は人身事故が頻発しており、かえってヘッドライトの光で自殺願望者を誘発させているような気がする。夜間やトンネル内はヘッドライトの点灯が必須だが、明るいうちは消灯させたほうがいいのではないだろうか。

車掌はときより、乗車券収受のため、先頭車の乗務員室で放送とドア扱いをしているが、私は進行方向左側に停まる駅について、後者の開閉を運転士がやるものと思っていた。しかし、運転台のうしろに乗務員室用ドアがあるため、そこで車掌が操作しているのだった。

予讃線に戻っても、相変わらずトンネルが多く、MAX110㎞/hのキハ185系でもキハ47系3両つないでいるため、スピードは控えめ。70㎞/h出れば速いほうだ。

予讃線本線部に合流し、向井原(U06、S06)へ。予讃線伊予大洲(U14、S18)―向井原(U06、S06)間は本線部なのに、支線と化しており、分岐させられている恰好だ。これはJR西日本宇野線の茶屋町もそうだ。

向井原(U06、S06)は高架駅で、発車すると、奥に伊予灘が見える。地平に下りてもまだ見えたが、やがて架線にバトンタッチする感じで7時37分、伊予市(U05)に到着。2分停車するも、行き違いなし。

無人駅の鳥ノ木(U04)では車掌が大忙し。まず先頭車から、こんがり日焼けしたテニス部の女子高生のきっぷを収受。そのあと、うしろの車両に向かって走り込み、ジャージ姿の男子高校生のきっぷも収受。急いで先頭車に戻り、ドアを閉める。そして、ホームにある柵にあがって最終確認。車掌の躍動感あふれる仕事ぶりで発車した。車掌は20代(25歳前後だと思う)だから当然か。若い人はいいね。

車掌は運転席のうしろに陣取り、まるでバイクの2人乗りみたいだ。その理由は次の伊予横田(U03)にあり、ここも無人駅で、なおかつ、駅の出入口が先頭車寄りのため、そこにいなければならないのである。

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重信川を渡り、市坪(U02)へ。松山坊っちゃんスタジアム(正式名称は「松山中央公園野球場」)の最寄り駅で、「の・ぼーる駅」という愛称を持つ。ベースボールを「野球」という言葉にした正岡子規は、この土地の出身で、今は雲の上でプロ野球の繁栄とNHKのスペシャルドラマ、『坂の上の雲』を喜んでいることだろう。

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7時59分、松山(U00、Y55)2番のりばに到着した。隣の1番のりばへまわり、エル特急〈しおかぜ10号〉岡山行き“アンパンマン列車”の発車を見届け、下車した。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅4」 



②この日、宇和島―高松を結び、宇和島―宇多津間はエル特急〈しおかぜ10号〉岡山行きと併結するエル特急〈いしづち10号〉は、前者の輸送力増強のため、多度津―高松間のみの運行でした。

岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅6-3(JR四国完全制覇達成!!)」 

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②メディア執筆記録2009は、こちらを御覧ください。
(2009年発売の商品カタログです)


③執筆実績一覧は、こちらを御覧ください

④執筆依頼、御質問やお問い合わせ等は、こちらへお願いいたします。また、御質問やお問い合わせ等をRailway Blogでコメントされても、承認しない場合がありますので、あらかじめ、御承知おきください。

鉄道のテクノロジーVol.7表紙

⑤私の執筆記事が掲載されている三栄書房刊行、『鉄道のテクノロジーVol.7』が好評発売中です。くわしくは、こちらへどうぞ(御意見などもこちらへ)

⑥2011年3月の予定で、芸文社より私の著書が発売されます。首を長ーくしてお待ちいただければ、さいわいです。

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岸田法眼のウソつき4択 powerd by けんてーごっこ

 



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観客動員数228萬人突破!! [汽車旅2009]

記事数:990|nice!:4,805|総閲覧数:今日:2,374/累計:2,280,608|読者数:38
アクセスランキング:133位
ブログテーマ:旅行(8位/1151ブログ中)

DSC_1094a.JPG

毎度、御利用いただきまして、ありがとうございます。

2005年11月11日(金曜日)に開幕したRailway Blogは、2010年3月7日(日曜日)に観客動員数228萬人を突破しました。どうもありがとうございます。


◆ここまでの「2009年の汽車旅4」シリーズ

・2009年の汽車旅4-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-07

・2009年の汽車旅4-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-13

・2009年の汽車旅4-3
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17

・2009年の汽車旅4-4
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-01

・2009年の汽車旅4-5
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-06

・2009年の汽車旅4-6
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-10

・2009年の汽車旅4-7
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-11

・2009年の汽車旅4-8
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-13

・2009年の汽車旅4-9
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16

◆ブログレポート2010年2月

●岸田法眼さんのブログの活動状況

ブログ年齢:4年3か月

マメ度:4…あなたは非常にマメなブロガーです。

フレンドリー度:5…あなたのフレンドリー度は最上級です!

●『岸田法眼のRailway Blog.Season 5・6』のアクセス状況

前月(2010年1月)…111691アクセス

前々月(2009年12月)…107266アクセス

3か月前(2009年11月)…92691アクセス

●『岸田法眼のRailway Blog.Season 6』から注目記事をピックアップ!
過去3か月間でアクセス数の多い記事ベスト3

1位:
2010年3月13日(土曜日)、JR線ダイヤ改正情報-前編-

2位:暴れん坊583系2006(臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉青森行き2006) 

3位:
近未来予測車両-JR東日本253系-  

●1年前の今月(2月)、あなたはこんな記事を書いていました

1年前…
第19回コメンテーターランキング発表!! 

◆2010年2月17日(水曜日)から3月6日(土曜日)までのmixi日記

■2010年2月17日(水曜日)
認知症にならないための生活習慣
 

2010年2月14日(日曜日)放送の『エチカの鏡 ココロにキクTV』で、認知症を予防する7つの生活習慣が紹介された。その場でメモをとったので、皆様にお伝えしよう。

①散歩をする。

②新聞を声に出して読む。

③料理を作る。

④社会と交わる。

⑤電車、バスで出かける。

⑥日記をつける。

⑦恋をする。

私の場合、①は毎日歩いているけど、「ウォーキング」と言うほどではない。②は黙読が多く、③は麺をゆでる程度なので、腕前なし。④はどうなんだろう? 普段、社会と交わることに不安があるけども、仕事をしていないときはギャグを言うことが多いから、交わっているのかなぁー?

⑤は語らなくていいでしょう。⑥は日記というより、雑談や持論を展開していることが多いねぇー。

⑦は恋愛をしたい意欲はあるんだけどね。“結婚しても妻に恋をし続けたいのが、円満の秘訣なのかな”と考える。

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■2010年2月17日(水曜日)
もったいない


●JR山手線、全車両4ドアに…ホームドア設置で
(読売新聞 - 02月16日 21:51)  

JR東日本は2010年2月22日(月曜日)から、山手線E231系500番代の6ドア車を4ドア車に差し替え、2011年8月までに完了すると発表した。それと同時に平日朝ラッシュ時は、座席使用可能となる(毎日新聞による)。

すでに代車となるサハE231形600・4600番代が新製されており、急速に進むだろう。そして、サハE230形500番代はどうなるのか? 運がよければ京葉線E233系に挟み込むのだろうが、可能性は低そうだ。

それにしても、“JR東日本は、もったいないことをするな”と思う。このままだと10年持たずに廃車になるかもしれない。また、E231系は全車種2000両以上あるのだから、他線区から交換したほうが、費用はかからずに済んだだろう。しかし、山手線という“特殊な路線”が不運を招いてしまった。

首都圏のレールファンは、500系〈のぞみ〉が終わったあと、サハE230形500番代と有楽町線準急を追うだろう。

★備考

鉄道ニュース「サハE231-600+サハE231-4600が試運転」 

鉄道ニュース「山手線用サハ4両が配給輸送される」 

鉄道ニュース「E231系トウ552編成が新造サハを組み込み試運転」 

岸田法眼のRailway Blog.「近未来予測車両-JR東日本サハE230形500番台-」 

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■2010年2月17日(水曜日)
退学処分が妥当

●国母、取材NG! 過保護初練習
(mixiニュースより)


バンクーバーオリンピック、男子ハーフパイプ代表の國母和宏選手が、日本代表の公式服装をまるで不良高校生のような着方をした問題で、すぐさま「反省してまーす」という会見をした。しかし、この発言が物議を呼び、改めて謝罪はしたものの、開会式を“出場停止”にされ、国会でも川端達夫文部科学大臣が苦言を呈するほどの大問題に発展している。この選手の身勝手な行動が、世界中の笑いものにされているのだ。

こういう問題を起こした選手に対して言えるのは、まず、橋本聖子団長はなぜ注意しなかったということ。橋本団長の監督不行き届きは確実で、これは“「同罪」という名の連帯責任”とみなすべきだろう。

次になぜ、代表選手に國母君を選んだのか? そして、東海大学は入学を認めたのかである。東海大学といえば、巨人軍の原辰徳監督の母校で、レベルが高い学校のはずである。

昔の大学生というのは、“賢い”というイメージがあった。頼りになる存在で、さわやかだった。それが平成の世に入ってからは、服装や髪型の乱れが顕著になっている。特に茶髪などといった染髪が多くなり、あの東京大学でも、そんな生徒がいる。これは大学に限ったことではないけど、学校の秩序を乱している。それを教員らは野放しにしており、こういったことが“荒れる成人式”につながっているのではないだろうか。

東海大学側はホームページで、批判の御意見をかなりいただいているようで、「遺憾」とコメント。今後は社会の模範になる学生にさせるよう、指導強化してゆく方針のようだ。

代表選手を選ぶのであれば、成績のほかに品格も重要視しなければならないだろう。服装の乱れもそうだが、髪形も気に入らない。これは学生の髪形ではなく、不良の髪形である。いったい、なにを考えているんだ。「大人」「社会の模範」という意識がまったくない表れではないか。東海大学側も入学当初から、どういう人間教育をしているのだろうか?

私はオリンピックの成績に問わず、國母君を退学処分にさせるべきだろう。日本という国の印象が悪くさせ、“治安の悪い国”という連想を抱かせる行為をした。それに「東海大学」という学校の名誉を汚した。これは入学させた側の“人を見る目のなさ”もあるけど、本人がこういう体たらくでは、大学生よりもプー太郎のほうが似合っている。

大学に限ったことではないが、保育園のうちから「道徳」というものを徹底的に習わせるべきだろう。今回の一件は、“ゆとり教育失敗”の参考例の1つといえる。


★備考

東海大学ホームページ 

東海大学のプレスリリース 

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■2010年2月18日(木曜日)
ダイヤ改正まで持たないとは……  


Twitterの書き込みを見て、衝撃を受けた。  

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それは阪急6300系京都線特急が、今月末で勇退することである。35年の歴史に幕を閉じるわけだが、まさか500系〈のぞみ〉とともに、ダイヤ改正前に姿を消すとは思わなかった。  

6300系京都線特急は1月8日(金曜日)で退き、4両に短縮されたリフレッシュ車が嵐山線で運用されている。一部の優等車両に見られる“複雑な心境運用”で、国鉄583系改造の近郊形電車、東武1800系の通勤形改造車が代表的な例といえる。

583系は居住性のウケが悪くなり、余剰車が発生。その挙句、ボックスシートを活かした近郊形電車に改造されてしまった。当時は老朽化したわけではないので、こうした改造が可能だった。

1800系は急行〈りょうもう〉から離脱し、3年休車したのち、突如改造された。車齢はすでに32年を経過しており、8000系のような修繕車とはいかなかった。当初から、ショートリリーフ的な運命だったようで、2006年7月上旬に再度休車され、2007年1月に廃車された。

1800系通勤形改造車と入れ替わるように、2006年7月下旬、1800系ラストナンバー車を使った臨時電車〈隅田川花火号〉浅草行きが運行された。車内は9割がレールファンという異様な雰囲気だったが、この運行で脚光を浴び、現在に至っている。

6300系リフレッシュ車は、上記の2つとは違い、車内を徹底的にリニューアルし、セミクロスシート化されている。転換クロスシートも交換され、2人掛けと1人掛けに改めている。まだまだ運行するという証だが、特急のイメージが強いだけに、なじめるかどうか? でも、乗りたいという意志と意欲がある。

6300系は残念ながら10回以下しか乗れなかったが、すごく心地いい車両だった。しかし、平成に入ってからはJR西日本に振り回されてしまい、王道だった特急ダイヤは、日中20分間隔、高槻市停車ののち、21世紀に入ると10分間隔で、速達性が失われてしまった。通勤特急は、その雰囲気をかろうじて残すものだったが、3月14日(日曜日)のダイヤ改正で、茨木市に停車する。

レールファンにとって、2月28日(日曜日)は忙しい1日になりそうだ。500系〈のぞみ〉最終運行日は、東海道・山陽新幹線の各駅や沿線で大集結するだろう。夜行列車の寝台特急〈北陸〉、急行〈能登〉もそれなりの人だかりが予想されるし、京都線の駅や沿線でも6300系に注目するはず。時刻表を見る限り、東海道新幹線と並行する区間で、500系〈のぞみ〉と6300系京都線特急のツーショットは、大幅な遅延が発生しない限り、実現することはない。  

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■2010年2月22日(月曜日)
昭和8年(1933年)生まれの相次ぐ他界

2010年2月17日(水曜日)、2か月後に喜寿を迎えるはずだった俳優の藤田まことさんが亡くなった。前日の夕食後に突然吐血して、病院へ運ばれたが、帰らぬ人になった。この一報を知った時、大阪府内の病院で息を引き取ったため、滞在先なのかと思っていたら、関西在住だった。

藤田さんは昨年12月26日(土曜日)に『はぐれ刑事純情派最終回スペシャル』、今年2月5日(金曜日)に『剣客商売スペシャル』が放送されたばかりで、信じられない思いだ。

私の世代は必殺シリーズのイメージが強い方が多いだろう。時代劇で脇差しをメインに使う珍しいヒーローだった(脇差しを使う時代劇は、『水戸黄門』の助さんもそう)。また、時代劇でありながら現代の風潮を取り入れることも魅力だった。ある回のタイトルは「主水、エスカルゴを食べる」というのがあり、自宅では戦慄の嫁姑がカタツムリを用意したことに爆笑したものだ。

中村主水は必殺シリーズの顔だったが、当初から主役の座を握っているわけではなく、キャストの配置はしんがりが長く続いた。

映画、『必殺主水死す!』は納得がいかなかった。スキのない中村主水らしからぬ、やられざまだった。そのあと、舞台で中村主水を演じ、2007年には『必殺仕事人2007』で不死身の姿を見せた。ヒーローは殉職しちゃいかんのだよ。

必殺シリーズが不定期のスペシャル放送になり、昭和63年(1988年)に『はぐれ刑事純情派』がスタート。アクション全盛の刑事ドラマの中で、安浦刑事は人情を“武器”にして、高視聴率を獲得し、長く続いた(ヤッさんも型破りな刑事だった)。しかし、シリーズ後期になると、殉職シーンが見られたのは残念だった。また、「携帯安浦」という言葉が耳に残る。

藤田さんが還暦になった頃だろうか、フジテレビの『新伍紳助のあぶない話』に出演されていたが、終始関西弁をまくしたてていたことに違和感を持った。ギャップというか、別人じゃないのかという感じがして、頭が混乱した。現代劇では、関西弁の役が少なくなかったような気がする。

晩年は病気がちで、しかも裁判で支払い命令の判決が出されていたが、それでも仕事に対する情熱があふれていた。3月に完全復帰すると聞いていただけに、突然の訃報を発表した2月18日(木曜日)は心身ともに混乱した。

昨年10月に5代目三遊亭圓楽師匠、先日は玉置宏さんが他界。3人とも昭和8年(1933年)生まれで、いずれも76歳で生涯を閉じている。恐ろしくて不気味だ。76歳は男性にとって、48歳に続く鬼門になるのだろうか?

謹んで、御冥福をお祈りいたします。

■2010年2月23日(火曜日)
滑り込みセーフ

●平成22年2月22日 鉄道各社の“ゾロ目記念切符”完売相次ぐ
(mixiニュースより)


昨日は「平成22年2月22日」ということで、おめでたい日だったようだ。この日に結婚式を挙げた方はいるかなぁー?(結婚式は平日にやらないところが多いらしい)

私もこの日にちなんで、某駅の入場券を23時06分に購入。ついでに券売機で領収書を発行してもらったが、こちらは「2010年02月22日」だった。入場券は「22.-2.22」なのに……

入場券を買っても、自動改札機を通さないので、券売機の前で“半額(子供用)にしようかなぁー?”と考えてしまったが、みっともないので大人用を購入した。


■2010年2月26日(金曜日)
電卓

ある番組で、こういう計算練習があった。それは下記の通り。

①生まれた年を西暦で入力

②×50

③+4

④×400

⑤+33

⑥生まれた日を2回足す

⑦+365 ⑧+12

⑨-2010

⑩÷2

⑪=

その答えにきっと衝撃を受けるはずです。


■2010年3月1日(月曜日)
6代目三遊亭円楽

昨日の『笑点』で、三遊亭楽太郎はひと足早く、「6代目三遊亭円楽」として登場した。

「三遊亭圓楽」という名を聞くと、先代のイメージが強い。この名を40年以上もつけていたのだから、偉大な高座名だと思うが、日本テレビは5代目と6代目の違いを明確にしようという意図なのか、テロップは「三遊亭円楽」と表示した。これならば視聴者は戸惑いもなく、スンナリ溶け込めそうだ。

正式には3月上旬に襲名するということだが、2月に還暦を迎えた御本人も相当なプレッシャーがあると思う。落語だけではなく、時事問題ネタでも手腕を発揮する方なので、先代同様、マルチぶりを発揮されるのではないだろうか。

放送では、いつも以上に『笑点』メンバーが6代目三遊亭円楽を冷やかしていたが、解答者がタクシー運転士に扮し、「新円楽を乗せました」という問題では、「おめでとうと言ってくれるのは、君しかいないんだよ。と言っていました」という6代目三遊亭円楽の答えには、会場内が1分に及ぶ大爆笑。腹黒キャラクターを活かした答えだった。


■2010年3月2日(金曜日)
あの一件の疑問

過日、JR西日本関西本線で、『あすか』を撮ろうとレールファンが集結したものの、線路内立ち入りで電車を止めてしまい、運休が発生する事態があったのは御存知のとおりで、JR西日本の駅員などが30分も説得した。

私はなぜ、すぐに110番通報しなかったのかが疑問だった。これはれっきとした犯罪なのだから、その場で取り押さえるべきだったと思う。大阪府警も腰を上げるのが遅く、ようやく捜査を開始したものの、果たして、悪質なレールファンの逮捕ができるかどうか?

マスコミはこぞって、「撮り鉄」と表現していたが、レールファンみずから変な言葉を使っているから、よりいっそう偏見視されてしまうのだ。こういう報道をされてしまえば、「鉄道ブーム」という言葉を台なしにしてしまう。

昨年は常磐線207系、今年は京浜東北線209系で、レールファンの過剰な行為や行動が報道されている。前者は線路内立ち入りが2度も発生、後者は先頭車で大いに騒ぎ、おまけにダイヤも乱れさせ、前後の電車に影響を与えた。そして、今回の『あすか』の件だ。

この一件が影響したのか、2月28日(日曜日)の500系〈のぞみ〉最終日では、警備員を増員させることを発表していたが、鉄道事業者にとって、レールファンの過剰な行動で遅れが発生することを懸念しているし、本来、わかっていることをあえて報道したのは、『あすか』の一件が決定的となってしまったからだろう。鉄道事業者はレールファンを信用していないも同然で、悲しい。

最近は489系の退役が確実な状況で、上野は連日のようにレールファンがやって来る。先日、〈ホームライナー鴻巣3号〉鴻巣行きを撮影していたが、9号車寄りでは三脚をセットしたレールファンが多かった。ホームで三脚を立てるのは、いかがなものだろうか。

2007年に「鉄道ブーム」と言われ、3年が経過。このままだと、自虐と自滅で、再び悪趣味のレッテルを貼られてブームが終わっちまうのではないかと懸念している。


■2010年3月3日(水曜日)
有害サイト、2ちゃんねるを叩きつぶせ!!

先日、2ちゃんねるがサイバーテロに襲われ、アクセスできなかったという。コンピューター会社が復旧させるということだが、企業名は明らかにされなかったのはげせない。

2ちゃんねるは誹謗中傷、名誉棄損、殺人予告など、明らかに“犯罪者のたまり場”となっている。そういうことを知っていて、書き込むというのは、人間として恥じるべきだろう。これだから、品格のない日本人、質の低い日本人が増えてゆくのだ。それを「有名税」と称するのは勘違いも甚だしい。

原因は、韓国の金姸兒(以下、「キム・ヨナ」と記す)選手がバンクーバーオリンピックで、金メダルに輝いたことに対する批判とみられている(採点に不服らしい)。それに韓国側が激怒し、F5ボタンを連射したのではないかとYahooは報じている(サイバーテロは犯罪行為である)。だが、そんなものを復旧させる必要はない。政治家も“小沢責め”をする時間があるぐらいなら、国民の生活にとって、必要のない2ちゃんねるを闇に葬り去り、インターネットに関する法律を整備して、有害サイトをゼロにすることが最優先ではないのか。民主党が「国民の生活が第一」と言い続ける限り、早急に対応してほしい(小沢一郎は幹事長を辞めるのではなく、政治家を辞めてほしい。そうでないと、国民は納得しないだろう)。

私はバンクーバーオリンピック開幕前から、キム・ヨナ選手が金メダルを取ると確信し、公言してきた(mixi日記やRailway Blogでは書いていない)。それを聞いたある女性は、「真央ちゃんは?」と驚いていた。 私はキム・ヨナ選手、浅田真央選手、どちらのファンでもない。ただ、2009年度シーズンは、浅田選手が予想外の不調でスタートし、キム・ヨナ選手はつけゆるスキを与えないほど絶好調だった。そのため、浅田選手はバンクーバーオリンピックの出場が危ぶまれてしまい、土壇場で本領発揮して、代表の座を実力で勝ち取った。私はシーズンの流れがオリンピックにも表れるだろうと見ていた。

もちろん、私は日本人だから、日本人選手が金メダルに輝いてほしいと願っていた。しかし、浅田選手の「初日2位」を見て、金メダルは難しいとにらんだ。この日は安藤美姫選手が4位だったので、日本人選手が表彰台に2人あがれることを信じたが、結果は御存知の通り。それでも、フィギュアスケートで日本人出場選手は、すべて入賞しており、レベルの高さを証明したのではないだろうか。

キム・ヨナ選手は圧勝で金メダルに輝いたのだから、それはたたえなきゃいけない。それを批判するのは、明らかな筋違いだ。ブレすらない完ペキな演技で、スキを与えていないのだから。それに、批判して「トリプルルッツできるの?」「4回転半ジャンプできるの?」と言われたら、どう対応するの? ほとんどの人は、それができないわけだから。

銀メダルの浅田選手は悔し涙を流したが、表彰式後は晴れやかな笑顔を見せた。表彰式で、キム・ヨナ選手はライバルの浅田選手をたたえたのだから、いい光景じゃない。

この2人を見ると、昔の「江川VS掛布」や「若貴VS曙」を思い出す。ライバルがいなければ、フィギュアスケートが全世界の注目を集めることはなかっただろう。

話は変わり、「出版不況」と言われて、10年ぐらいたつと思うが、その要因の1つとして、“ライバルがいない”というのがあると思う。作家同士、ライター同士、カメラマン同士、校正者同士で、これといったライバルがいないのだ。鉄道の世界だと、ライバルと見られても不思議ではない「宮脇俊三VS種村直樹」というのがなく、“2大巨頭”や“2大巨匠”というふうにとらえられている(「ON」ならぬ「MT」といったところか)。ライバルと見られないのは、年齢がひとまわり違うせいなのだろうか?(参考までに宮脇氏は1926年、種村氏は1936年生まれである)。

■2010年3月4日(木曜日)
衝撃の告白?
 

いつもアクセスしていただき、ありがとうございます。  

今日は皆様に重大な告白をいたします。  

それは、初めての著書が2011年3月の予定で、発売されることになりました(ただし、年内に別の版元から出た場合は2冊目になりますが……)。   

私の著書を発売する出版社は季刊誌、『ノスタルジックトレイン』でおなじみの芸文社です。内容は申し上げられませんが、書泉クラスの本屋さんしか置いていただけないことが予想されます。  

ということですので、皆様、お買い求めいただければ、さいわいです。  

今後とも、末永い御愛顧のほど、よろしくお願いいたします。


■2010年3月5日(金曜日)
Railway Blog近日再開予定  

先月、パソコンとデジイチに不具合が発生し、量販店へ行き、修理に出していたため、Railway Blogをお休みしておりましたが、どちらも戻ったため、明日以降、再開する予定です。  

mixiとTwitterについては、予備のパソコンで操作していましたが、メイン機よりもスペックが劣るゆえ、大変手間がかかるRailway Blogを休止していたわけです。  

予備のパソコンはB5サイズのため、デスクトップ用のキーボードを購入して、使用しておりました。使いやすくていいものの、予備のパソコンも故障していました。キーボードが誤表示するのです。それは下記の通り。

・U→4

・I→5

・O→6

・P→*

・@→改行

・J→1

・K→2

・L→3

・+→-

・M→0

・?→+

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■2010年3月6日(土曜日)
自動車の二酸化炭素は確実に減る?

●高速道路の上限料金制、JR7社が反対要望書
(読売新聞 - 03月05日 23:13)  


2010年3月5日(金曜日)、JRグループ各社は前原誠司国土交通大臣に高速道路無料化と上限料金制度を見直すよう、要望書を提出した。  

自民党麻生政権時代が打ち出した、一部を除く高速道路普通車ETC1000円割引(土休やお盆などに実施。以下、「ETC割引」と記す)で、多くの公共交通機関が打撃を受けた。さらに民主党が政権をとり、マニフェストに掲げている高速道路の完全無料化に向けて、一歩前進して状況だ。高速道路の無料化が実現すると、大幅な減収は確実であることを危惧し、JRグループ各社が抗議に出たわけだ。  

JRグループ各社はETC割引で、自動車の二酸化炭素(以下、「CO2」と記す)排出量が年間204万トンになることを前原国土交通大臣に指摘。運輸調査局の推計調査によると、高速道路無料化が実現した場合、CO2排出量は年間500万トンを越えるこという。これでは、CO2排出量を2020年までに平成2年(1990年)前と比較して、25パーセント減らすという目標をクリアできないことは確実であるとJRグループ各社は見ている。

鉄道は電化されていない区間や路線があるとはいえ、JR東日本は“パンタグラフなし電車”の実用化を進めており、実現すると気動車の新製が打ち切られるだろうし、客車の電源システムも“電気化改造”されるのではないだろうか(E26系のみになると思われる)。また、JR東海はN700系でCO2排出量を700系よりも減らしている。

だが、自動車業界も電気自動車の実用化が進んでおり、都内で電気バスを見たことがあるし、日産自動車はセダンタイプの発売を発表している。電気自動車は当然のことながら、CO2排出量削減に貢献し、ガソリンやディーゼル車をやめて、電気自動車の生産に切り替え、ガソリンスタンドを“電気スタンド(充電)”に改造するなどの整備を進めると、鉄道は本当に窮地を迎えるだろう。

電気自動車の課題は多く、いつ、それが当たり前になる時代を迎えるのかは、わからない。昨年も述べたが、本来ならば、高速道路は無料化されるはずだった。しかし、田中角栄が料金プール制を導入したことによって、“永年有料”の状況になり、高速道路の開発がさらに進んだのである(2002年8月7日、道路関係四公団民営化推進委員会は、高速道路の無料化を正式に断念している)。交通機関の各事業者は“田中角栄に振り回されている”のである。  

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■2010年3月6日(土曜日)
芸能人も地下鉄に乗る

●石原プロ俳優池田努が線路転落男性を救助
(mixiニュースより)
 

東京メトロ銀座線表参道で、71歳の男性がホームから転落し、数人が救助にあたった。さいわい、転落した男性は命に別状がなく、利用客が非常停止ボタンを押したため、電車を止めることができた。救出者の中に俳優の池田努がいたというが、私は「エッ?」と驚いた。  

芸能人というと、新幹線や特急のグリーン車に乗るイメージが強く、地下鉄に乗ることが意外だからだ。ましてや池田努の所属する事務所は、あの有名な石原プロモーションである。  

石原プロモーションといったら、そうそうたる顔ぶれで知られている。渡哲也社長、舘ひろしは“特注バス”を所有。特に舘ひろしはバスローブでくつろいでいることが多いという。  

舘ひろしは平成6年(1994年)に『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」に出演された際、特注バスを設計したところ、なんと長さは社長を越えてしまうことに気づいた。これにあわてて、見直しをした結果、わずか1センチだけ短くすることができた話をしている。ただし、エンジンは社長よりイイらしいが、それは問題にならないとか。  

そういう話を聞いているだけに、“地下鉄に乗る”ということが意外に思えたが、銀座線は第3軌条集電のため、行動を誤れば感電死する危険性があった。ホーム下にいた人々は、「第3軌条」という意識を考える余裕はなかったのかもしれないが、そういう危険を考えずに実行し、全員無事であることにホッとしている。  

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◆2010年2月13日(土曜日)から、3月6日(土曜日)までのTwitter

・本日のRailway Blogは、 こちらです
(11:45 AM Feb 13th via web)

・本日のRailway Blogは、
こちらです
(2:19 AM Feb 14th via web)

京��205系 in ��場 on Twitpic

久しぶりに京葉線を利用しました。みなさん、種別と行先を推理してみてください。
(5:11 PM Feb 14th via web)

・近年は4月から始まるカレンダーがあるそうです。
(5:19 PM Feb 14th via web)

・2ちゃんねるに書き込まれ、「有名税」という人がいるけども、それは単なる人権侵害。また、そこへ書き込む者は北朝鮮へ移住するべきだろう。そちらのほうがお似合いだ。そして、裁判所の判決に従わないのだから、有害サイトなのは当たり前。それに気づかない人々の無知ぶりにあきれかえる。
(6:32 PM Feb 14th via web)

・結論。2ちゃんねるは、オウム真理教、北朝鮮に相当する。2チャンネルはNHKだけにしてほしいものだ(地デジとNHK総合テレビ関西のアナログは2チャンネル)。NHKも厳重に抗議せい!!
(6:38 PM Feb 14th via web)

・この季節、半自動ドアがないとつらいね。
(6:39 PM Feb 14th via web)

過日の常磐線207系、京浜東北線209系に続き、またもやレールファンの失態が発生。これでは、いつまでたっても色眼鏡で見られるだけだ。
 (7:01 PM Feb 14th via web)

・「パッパラヒーヒャヒャヒャヒャー」「そうですね」
(9:24 PM Feb 14th via web)

・皆様のお知り合いで、「トウマ」または「トオマ」という名の方はいますか?
(12:45 PM Feb 15th via web)

・本日のRailway Blogは、
こちらです
(12:47 PM Feb 15th via web)

・「次は桃山台、桃山台です」
(3:06 PM Feb 15th via web)

・私は何度か北急線を利用しているものの、ポールスター号に乗ったことは1度もないので、2011年度以降の目標にしたい(ポールスター号は、すべて御堂筋線で利用)。
(7:56 PM Feb 15th via web )

wanderwriter30さんの「フォロワーに変態だと思われてる度」は、97%です。
(12:14 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「ぴくカゲ度」は、56%です。
(12:15 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「音尾琢真度」は、79%です。 
(12:15 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「安田顕度」は、13%です。 
(12:16 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「銀時?俺の隣で寝てるよ度」は、6%です。 
(12:16 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「滋賀県大好き度」は、51%です。
(12:16 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「フォロワーが変態度」は、93%です。
(12:17 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「b度」は、75%です。 
(12:17 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「メガネ度」は、18%です。 
(12:21 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「イケメン度」は、1%です。 
(12:21 AM Feb 16th via web)

wanderwriter30さんの「硬度」は、46%です。 
(12:22 AM Feb 16th via web)

・本日のRailway Blogは、
こちらです
(2:52 AM Feb 16th via web)

・誕生日が三田佳子と同じ10月8日生まれの方はいますか?
(12:43 PM Feb 16th via web)

・これからヨドヤバシカメラへ行こうかな。
(12:46 PM Feb 16th via web)

・JR西日本が被害届を出すのは当然だが、なぜ、その場で現行犯逮捕させなかったことが疑問である。
(12:47 PM Feb 16th via web)

・「緑地公園、緑地公園。左側のドアが開きます。御注意ください」
(5:33 PM Feb 16th via web)

・①散歩をする。
(1:59 AM Feb 17th via web)

・②新聞を声に出して読む。
(1:59 AM Feb 17th via web)

・③料理を作る。
(1:59 AM Feb 17th via web)

・④社会と交わる。
(1:59 AM Feb 17th via web)

・⑤電車、バスで出かける。
(2:00 AM Feb 17th via web)

・⑥日記をつける。
(2:00 AM Feb 17th via web)

・⑦恋をする。 (2:00 AM Feb 17th via web)

・以上、認知症にならないための生活習慣でした。
(2:01 AM Feb 17th via web)

・ゆびつめごちゅうい。
(2:02 AM Feb 17th via web)

・今週末、本屋さんでお会いしましょう。
(2:08 AM Feb 17th via web)

・Yahoo!の見出しに「米原発建設、30年ぶり本格化」があり、クリックしたらアメリカの原子力発電所だった。恥ずかしながら滋賀県米原だと思い込んでしまった。不覚。
(12:40 PM Feb 17th via web)

・この1か月のあいだに、突き指をされた方はいますか?
(12:43 PM Feb 17th via web)

・2月28日(日曜日)の関東は500系〈のぞみ〉VS東京マラソン、関西は500系〈のぞみ〉VS阪急6300系特急。果たして、皆様はどちらを選択されるか?
(11:34 PM Feb 17th via web)

・バンクーバーオリンピックの開会式をナマで見て、すでに帰国されている方はいますか?
(12:42 PM Feb 18th via web)

・佐渡島出身の方はいらっしゃいますか?
(12:42 PM Feb 19th via web)

・本日のRailway Blogは、
こちらです(なお、しばらくのあいだ、お休みさせていただきます)。
(6:49 PM Feb 20th via web)

・詳細は
こちらへどうぞ
(6:53 PM Feb 20th via web)

・漫画家を目指している人、目指した人はいますか?
(12:38 PM Feb 22nd via web)

・ツイっぷるナビにエントリーされた模様。
(1:37 AM Feb 23rd via web)

・ガンダムをすべて見て、なおかつ、ガンプラを持っている女性はいますか?
(12:42 PM Feb 23rd via web)

・「撮り鉄」「乗り鉄」といった「x鉄」はれっきとした差別用語だ。こういうことを言っているから、日本という国はダメになるんだよ。すべてのレールファンは“ファン度”を意識し、「この国は素晴らしい国だ」と外国人に言われるよう、心してほしい。
(12:46 PM Feb 23rd via web)

・「豪太」という名の人をお目にかかった方はいますか?
(12:44 PM Feb 25th via web)

・フィギュアスケートをやっている方、または、やったことがある方はいますか?
(12:43 PM Feb 26th via web)

・①生まれた年を西暦で入力、②×50、③+4、④×400、⑤+33、⑥生まれた日を2回足す、⑦+365、⑧+12、⑨-2010、⑩÷2、⑪=。その答えにきっと衝撃を受けるはずです。
(12:48 PM Feb 26th via web)

・8年ぶりに聖地へ。
(2:07 AM Feb 27th via web)

・今日も聖地へ。
(8:46 PM Feb 27th via web)

・日テレのニュースで、500系〈のぞみ〉ラストランを放送していたが、「撮り鉄」という差別用語を使っているのは遺憾だ。東京駅に集結しているのは、レールファンだけではないのだから、正しい報道をしてもらわないと困る。
(1:11 AM Mar 1st via web)

・当たり前田のクラッカー。
(1:41 AM Mar 1st via web)

・津波という非常事態にもかかわらず、和歌山県ではサーフィンをする若者がいたという。じかに津波の恐ろしさを味わいたいのだろうか? それとも、ニュースや新聞を見ずにサーフィンを決行したのだろうか? 被災された皆様には、お見舞い申し上げます。
(1:44 AM Mar 1st via web)

・2月28日生まれの方はいますか?
(3:08 PM Mar 1st via web)

・テレビ局は海岸あたりに“お天気カメラ”を設置しているのに、津波の模様を撮影していなかったのだろうか? 津波を映像で視聴者に見せることで、その恐怖を知ることができると思うのだが。
(1:16 AM Mar 2nd via web)

・東京タワーの展望台へ向かうときに、エレベーターではなく、階段を使った人はいますか?
(12:44 PM Mar 2nd via web)

・今夜から3月12日(金曜日)まで、寝台特急〈北陸〉に乗られる方はいますか?
(12:47 PM Mar 3rd via web)

・明日、皆様に告白しなければならないことがあります。
(10:55 PM Mar 3rd via web)

JR West Japan 115â??Kokutetsu Setouchi Colorâ?? in Iwakuni.  on Twitpic

もうすぐ、この色がイエローに塗り替えられますね。
(12:51 AM Mar 4th via web)

JR KYUSHU Kirishima&hyuga485(nichirin) in Yukuhashi. on Twitpic

JR九州485系は2011年で見納めか?
(1:27 AM Mar 4th via web)

・2011年3月の予定ですが、初の著書が発売されることになりました(ただし、年内に別の版元から出た場合は2冊目になりますが……)。版元は『ノスタルジックトレイン』でおなじみの芸文社です。内容は申し上げられませんが、お買い求めいただければ、さいわいです。よろしくお願いします。
(2:20 AM Mar 4th via web)

・電車の中で、「もう中学生」という芸能人を見たことがある人はいますか?
(12:40 PM Mar 4th via web)

・今夜、婚活パーティーに行く人はいますか?
(12:43 PM Mar 5th via web)

・過去に1000万円以上を貢いでいたことがある人はいますか?(貢いだ人数は問いません)
(12:43 PM Mar 5th via web)

急行〈能登〉、〈ホームライナー鴻巣3号〉〈ホームライナー古河3号〉で気になることがあり、やっぱりニュースになっちまった。情けないね。
 (7:59 PM Mar 5th via web)

・本日のRailway Blogは、
こちらです
(1:42 PM Mar 6th via web)

「撮り鉄」「乗り鉄」「鉄ヲタ」などといっているから、いつまでたっても色眼鏡で見られるままなんだよ。“ファン”であるという意識をしっかり持て!! 
(3:57 PM Mar 6th via web)

・店頭販売をしないため、通販で卓上カレンダーを注文。実をいうと、カレンダーの購入は初めてです(今までは、いたるところからプレゼントされていた)。
(6:21 PM Mar 6th via web)

Hanku Kyoto Line Limited Express 6300 in Umeda. on Twitpic

もっともっと乗りたかった。
(6:30 PM Mar 6th via web)

Ohsaka City Subway Midousuji Line 10kei in Shin-Ohsaka. on Twitpic

2010年度はオリジナルが乗りづらくなりそう。
(6:36 PM Mar 6th via web)

JR Wesy Japan 221 Next Samegai. on Twitpic

アーバンネットワークのエースは、永久に不滅です。 
(6:39 PM Mar 6th via web)

◆観客動員数221萬人から228萬人までのあしあと

・2010年2月14日(日曜日・バレンタインデー)…221萬1000人突破

・2010年2月14日(日曜日・バレンタインデー)…221萬2000人突破

・2010年2月14日(日曜日・バレンタインデー)…221萬3000人突破

・2010年2月15日(月曜日)…221萬4000人突破

・2010年2月15日(月曜日)…221萬5000人突破

・2010年2月15日(月曜日)…221萬6000人突破

・2010年2月16日(火曜日)…221萬7000人突破

・2010年2月16日(火曜日)…221萬8000人突破

・2010年2月16日(火曜日)…221萬9000人突破

・2010年2月17日(水曜日)…222萬人突破!!

 
DSC_0478a.JPG

・2010年2月17日(水曜日)…222萬1000人突破

・2010年2月17日(水曜日)…222萬2000人突破

・2010年2月18日(木曜日)…222萬3000人突破

・2010年2月18日(木曜日)…222萬4000人突破

・2010年2月18日(木曜日)…222萬5000人突破

・2010年2月18日(木曜日)…222萬6000人突破

・2010年2月19日(金曜日)…222萬7000人突破

・2010年2月19日(金曜日)…222萬8000人突破

・2010年2月19日(金曜日)…222萬9000人突破

・2010年2月19日(金曜日)…223萬人突破!!

DSC_0477(姫路)a.JPG

・2010年2月20日(土曜日)…223萬1000人突破

・2010年2月20日(土曜日)…223萬2000人突破

・2010年2月20日(土曜日)…223萬3000人突破

・2010年2月21日(日曜日)…223萬4000人突破

・2010年2月21日(日曜日)…223萬5000人突破

・2010年2月21日(日曜日)…223萬6000人突破

・2010年2月22日(月曜日)…223萬7000人突破

・2010年2月22日(月曜日)…223萬8000人突破

・2010年2月23日(火曜日)…223萬9000人突破

 
DSC_0970(門司港)a.JPG

・2010年2月23日(火曜日)…224萬人突破!!

・2010年2月23日(火曜日)…224萬1000人突破

・2010年2月24日(水曜日)…224萬2000人突破

・2010年2月24日(水曜日)…224萬3000人突破

・2010年2月24日(水曜日)…224萬4000人突破

・2010年2月25日(木曜日)…224萬5000人突破

・2010年2月25日(木曜日)…224萬6000人突破

・2010年2月26日(金曜日)…224萬7000人突破

・2010年2月26日(金曜日)…224萬8000人突破

・2010年2月26日(金曜日)…224萬9000人突破

・2010年2月27日(土曜日)…225萬人突破!!

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・2010年2月27日(土曜日)…225萬1000人突破

・2010年2月27日(土曜日)…225萬2000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬3000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬4000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬5000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬6000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬7000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬8000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…225萬9000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…226萬人突破!!

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・2010年2月28日(日曜日)…226萬1000人突破

・2010年2月28日(日曜日)…226萬2000人突破

・2010年3月1日(月曜日)…226萬3000人突破

・2010年3月1日(月曜日)…226萬4000人突破

・2010年3月2日(火曜日)…226萬5000人突破

・2010年3月2日(火曜日)…226萬6000人突破

・2010年3月2日(火曜日)…226萬7000人突破

・2010年3月3日(水曜日)…226萬8000人突破

・2010年3月3日(水曜日)…226萬9000人突破

・2010年3月4日(木曜日)…227萬人突破!!

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・2010年3月4日(木曜日)…227萬1000人突破

・2010年3月4日(木曜日)…227萬2000人突破

・2010年3月5日(金曜日)…227萬3000人突破

・2010年3月5日(金曜日)…227萬4000人突破

・2010年3月5日(金曜日)…227萬5000人突破

・2010年3月6日(土曜日)…227萬6000人突破

・2010年3月6日(土曜日)…227萬7000人突破

・2010年3月6日(土曜日)…227萬8000人突破

・2010年3月7日(日曜日)…227萬9000人突破

・2010年3月7日(日曜日)…228萬人突破!!

★お知らせ

来訪御礼のみや記事に関係のないコメントをされる方は、こちらへクリックしてください(Railway Blogは記事のコメント以外、受け付けておりません)また、Railway Blogのコメント、トラックバック承認制になっておりますので、御了承願います。

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2009年の汽車旅4-9 [汽車旅2009]

◆下記の記事をまだ御覧になっていない方は、下記のURLへクリックしてください。

・2009年の汽車旅4-1~8
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-14

◆平成筑豊鉄道完全制覇達成!!  

DSC_1040(次は上伊田)a.JPG

普通列車行橋行きワンマン運転は、16時19分に発車。ここから先は田川線を走り、複線から単線に変わる。そして、線路は日田彦山線に合流し、共用している。やがて、枝分かれとなり、田川線の単独区間へ足を進める。  

DSC_1042a.JPG

勾金(Magarikane)が近づくと、大坂山が近づいてきた。このままトンネルへ直進かと思われたが、柿下温泉口で右にそれ、進行方向右側のロングシートでは、雲海を楽しむことができる。しかし、乗客はひとケタ……  

DSC_1050a.JPG

油須原(Yusubaru)で普通列車直方行きワンマン運転と行き違い。ほぼ同時に到着したため、タイムロスがなくていいが、行き違った車両は400形『ちくまる号』である。車体側面の「HEICHIKU」のロゴを見ると、レコード会社のTEICHIKUを連想するのは、私だけぇー?  

源じいの森は、赤村自然学習村、源じいの森温泉の最寄り駅だが、乗降なしで発車すると、トンネルを2つ通り、森へさまよいこむような雰囲気だ。トンネルはいずれも楕円状になっており、複線を想定して掘ったかのようだが、幅に余裕がなく、線路の位置が偏っている。

DSC_1054(東犀川三四郎)a.JPG

森を抜けると、のどかな田舎町となり、犀川(Saigawa)で10人乗り込み、少々活気が出てきた。次の犀川三四郎はネーミングライツ駅とカン違いしそうだが、これは夏目漱石の小説、『三四郎』のモデルとされる小宮豊隆の生誕の地ということで、名づけられた模様。



次は新豊津  

DSC_1056(豊津)a.JPG

天気は雨模様となり、豊津で普通列車直方行きワンマン運転と行き違い。こちらも同時到着だが、行き違い用の複線がずいぶん長い。  

DSC_1057(次は行橋)a.JPG

美夜小泉を発車すると、警報機と遮断棒がない踏切2か所で減速し、警笛を鳴らして、安全確認。その後、日豊本線に合流し、田川線はなぜか電化されているが、高架でも枕木は木製。883系の臨時特急〈ソニック89号〉大分行きとすれ違うが、日豊本線上りを針路にとっているため、田川線も上りに合わせざるを得ないようだ。  

やがて、日豊本線上りの線路を共用している部分を通り、17時03分、終点行橋5番のりばに到着し、田川線全線完乗及び、平成筑豊鉄道完全制覇を達成した。  

DSC_1065a.JPG

行橋は2面3線で、1・2番のりばは日豊本線下り、3・4番のりばは日豊本線上り、5番のりばは田川線である。5番のりばは3・4番のりばの中津寄りにあり、境界線として、平成筑豊鉄道の改札口がある。運賃は平成筑豊鉄道の車内で済ませたあと、JR九州の乗車券を購入する。  

気になるのは、5番のりばの向かい側が3番のりばになっていること。つまり、向かい側は日豊本線の列車が通過するため、人身事故が発生する可能性があり、安全柵を設置してほしいところだ。また、折り返し、普通列車直方行きワンマン運転は17時23分に発車するが、1分後に特急〈ソニック39号〉大分行きが到着する。普通列車直方行きワンマン運転の発車時刻を遅らせたほうがいいように思うものの、乗り換え客が皆無と見ているのだろう。

◆885系の異変  

DSC_1066a.JPG

隣の1・2番のりばへ移動する途中、自動改札機を発見。「入口」「出口」の貼り紙があり、シンプルでわかりやすい。

 

DSC_1077a.JPG

885系“白いソニック”の特急〈ソニック44号〉博多行き、特急〈ソニック39号〉大分行きが通り過ぎたあと、1番のりばに普通電車中津行き(クハ411-203:リニューアル車、ロングシート改造車)が到着。本来は17時30分発だが、この日は17時35分発に変更されている。  

隣の3番のりばに特急〈にちりん16号〉小倉行きが到着。この日は別府―小倉間が延長運転されており、特急〈ソニック44号〉博多行きの補助的な役割を持っているが、3両編成はガラガラ。別府で特急〈ソニック44号〉博多行きに道を譲り、そのまま独走されてしまうことが大きいのかもしれない。

DSC_1081a.JPG

そのあと、臨時特急〈にちりん91号〉大分行きが到着。こちらも485系で、7両編成だが、やっぱりガラガラだ。高速道路の普通車休日ETC1000円割引の影響が高いことを表しているが、特急〈ソニック〉の人気が絶大なこともあるようだ。それを象徴するかのように、特急〈ソニック39号〉大分行きの自由席は満席で、そこへ坐れなかった乗客は、コモンスペースに陣取っていた。後続の臨時特急〈にちりん91号〉大分行きを選択すると、確実に坐れるのだが、様々な面で485系がウケなくなったようだ。  

普通電車中津行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
中津なしクハ411-203リニューアル車
 なしモハ414-103リニューアル車
 なしモハ415-103リニューアル車
行橋なしクハ411-103リニューアル車
リニューアル車は全車ロングシート改造車。

普通電車中津行きに乗り換え、17時35分に発車。夕焼けの日豊路をゆく。臨時特急〈にちりん91号〉大分行き運行の影響で、所定の時刻より5分遅れているため、特急〈ソニック41号〉佐伯行きに追いつかれないよう、必死だ。

DSC_1086a.JPG



次は宇島
Next Unoshima.  

椎田を発車すると、進行方向左側の奥には周防灘が見え、豊前松江(Buzen-Shoe)で近づいた。発車すると、周防灘オーシャンショーとなり、その後、海沿いを離れるが、終点中津まで遠目から眺めることができた。  

DSC_1091a.JPG

DSC_1094a.JPG

18時08分、終点中津1番のりばに到着。ほどなくして、885系“白いソニック”の姿が見え、特急〈ソニック41号〉佐伯行きかと思ったら、通過し、回送だった。そのあと、隣の3・4番のりばへ移動し、仕切り直し(?)で、特急〈ソニック41号〉佐伯行きが885系“白いかもめ”で到着。すると、私は異変に気づいた。  

DSC_1096a.JPG

※“白いかもめ”の車体側面

DSC_1119a.JPG

※“白いソニック”の車体側面

それは885系のエンブレムが撤去されたのである。これは、この先の大神(Ohga)や別府で特急〈ソニック54・56号〉博多行きを見たが、“白いソニック”もエンブレムが撤去されていた。これは“白いソニック”の特急〈かもめ〉、“白いかもめ”の特急〈ソニック〉が恒常化してしまったため、JR九州は大きな決断を下していた。エンブレムは車両の重要なアクセントだっただけに残念である。  

DSC_1099a.JPG

4番のりばに普通電車大分行きワンマン列車(クハ814-19)が入線し、乗換えて、18時22分に発車。宇宙を思わせる空間が印象に残る車内だが、広告が少なく、“魅せる車内”を作っている。ちなみにこの電車はワンマン列車だが、整理券を発券しておらず、ドアはすべて開閉する。

袖ケ浦で運転士が半室乗務員室のカーテンを下ろし、長いトンネルを抜けた立石から単線。乗客は私を含め、わずか15人しか乗っていない。

DSC_1107a.JPG



中山香(Nakayamaga)で883系の特急〈ソニック43号〉大分行きの通過待ち。停車中、若者はホームで煙草をふかしていた。

普通電車大分行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
別府なしク ハ814-19なし
中津なしクモハ815-19なし

19時08分に発車すると、特急〈にちりんシーガイア20号〉博多行きとすれ違い、複線に戻るが、杵築(Kitsuki)で再び単線へ。トンネルに入ると、窓がゆがむ。高速で突入していることや、窓がハイビジョン並みにデカく、もっと拡大すればスクリーンのようになる。窓が大きく、眺望がいいのは魅力だが、どんなものでもリスクは常につきまとう。

大神で8分停車し、415系セミクロスシート車の普通電車門司港行き、885系“白いソニック” の特急〈ソニック54号〉博多行きと行き違う。 日出(Hiji)で乗車率が上がり、暘谷(Yohkoku)から別府湾ナイトオーシャンショー。どうやら波はおだやかなようで、ひと安心だ。

DSC_1124a.JPG

19時51分、別府2番のりばに到着。ここで883系の特急〈ソニック45号〉大分行きの待ち合わせをするため、6分停車。私は先述したように、隣の3・4番のりばへ急ぎ、885系“白いソニック”の特急〈ソニック56号〉博多行きのエンブレム撤去を再度確認した。

◆8年ぶりの宇和島運輸フェリー  

別府で下車し、晩メシ。近くのラーメン屋で冷やしラーメン(630円)を食す。どういうものかと思ったら、とんこつラーメンを冷やしたものだった。まさか別府でとんこつラーメンを食べるとは思わなかったが、“九州共通の味”なのだろう。  

食後、温泉でひと浴びして、別府国際観光港へ向かう。別府駅から徒歩40分のほどのところにあり、地図を見ると、手前の別府大学前駅から下車したほうが早そうだ。  

途中、別府タワーで寄り道をして、21時45分に別府国際観光港へ。乗り込んだときは静かで、人気(Hitoke)がなく、22時30分近くに乗船受付を開始してからは、次第に増えてきた。お盆なので、家族連れが多い。別府国際観光港は、宇和島運輸フェリーのりば内だけなのかどうかはわからないが、禁煙でないのが残念だ。  

私はテーブル席へ坐り、外出用のパソコンをいじる。2009年3月1日(日曜日)、“予備のパソコンを確保しよう”と購入し、イー・モバイルに加入したが、今まで使う機会がなかった。自宅やホテルではLANケーブルに接続すれば、イー・モバイルが不要だからである。  

別府国際観光港はLANケーブルが設置されておらず、イー・モバイルの出番となるわけだが、スピードが遅く、クリックして画面が切り替わるのに、1分以上かかることもあった。とりあえず、Railway BlogとRailway Talkの返信、メールチェックをして終了。  

DSC_1143a.JPG

23時04分、宇和島運輸フェリー八幡浜港行き『えひめ』の姿が見えた。気の早い家族連れと私は乗船口へ直行。慎重に着岸し、23時12分に止まった。そのあと、タラップが動き、23時13分に下船が開始され、歩行者、クルマと続く。下船が完了したあとは、船内整備のため、乗船開始は23時30分になるという。  23時24分、ひと足先にクルマが乗船。“まずい!! ドライバーにイイところを取られるかもしれない”とあせる。私は2等船室なので、1等船室や特等船室に乗り込むことを願う。  

予定より5分早く、23時25分に歩行者も乗船開始。半袖のワイシャツに蝶ネクタイのベテラン船員が歓迎の半券切りをして、急いで2等船室へ。1番乗りの特権で、コンセントのあるところを陣取る。デジイチ、コンデジとも、電池がヤバい状態だったので、充電!!  

宇和島運輸フェリー八幡浜港行き編成表
乗車区間船名禁煙備考
別府国際観光港→八幡浜港えひめ2等船室に乗船

宇和島運輸フェリーは2001年4月6日(金曜日)以来、8年ぶり、3回目の乗船となる。過去2回は八幡浜港から別府国際観光港へ向かったが、その逆は初めて。今回の旅で、どこから乗るか迷ったが、船内休憩時間が30分多いことを理由に、八幡浜港行きを選んだ。ちなみに所定の時刻に到着後、別府国際観光港行き1便は5時00分まで、八幡浜港行き6便は5時30分まで、船内休憩をとることができる。これは夜行便ならではのサービスといえるだろう。  

思ったよりキツキツにならず、23時50分に出航。5分後に照明は半減した。そろそろ寝るとしよう。


★備考

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TEICHIKU ENTERTAINMENTホームページ 

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2009年の汽車旅4-8 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1~5
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-09

・2009年の汽車旅4-6
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-02-10

・2009年の汽車旅4-7
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◆ネーミングライツで再建  

DSC_0988(直方)a.JPG

直方2番のりばで、接続する813系の快速博多行きワンマン列車を見送ったあと、平成筑豊鉄道伊田線に乗り換えようとするが、少々手間取る。なぜか、跨線橋内にある逆方向の西口を下車しなければならず、左折して、まっすぐ進み、階段を下りる。乗換えが遠回りだが、JR九州の路線でない以上、やむを得ないのかもしれない。  

平成筑豊鉄道の窓口で、1日フリーきっぷ(大人1200円、子供600円)を購入。門司港レトロ観光線以外の路線で利用でき、1日乗り放題だ。今回は平成筑豊鉄道完全制覇を狙うので、1日フリーきっぷはうってつけ。普通乗車券利用だと、直方―田川後藤寺間は440円(子供220円)、田川後藤寺―行橋間は890円(子供450円)で、合計1330円(子供670円)になり、130円(子供70円)高くつく。片道なら、130円(子供70円)は“寄付”と解釈できるかもしれないが、往復だと、かなりの痛手になる。かつて、既設線転換の第3セクター鉄道では、黒字事業者の常連だったが、セメントの貨物輸送がなくなったことが響き、苦境に立たされている。その上、車両の取替えも重なったせいか、2009年4月1日(水曜日)に運賃値上げを実施している。  

DSC_0990a.JPG

ホームへ行くと、2番のりばに普通列車行橋行きワンマン運転(402:なのはな号)が発車を待っているが、平成筑豊鉄道の車両は世代交代が進み、400形が主力になっていた。JR九州から継承し、2009年10月1日(木曜日)で、20周年を迎えたというのに、車両の取替えが早いことに疑問を感じる人も多いだろう。

普通列車行橋行きワンマン運転編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
直方→金田なし402なのはな号

それは既設線転換の第3セクター鉄道車両は、気動車が主流で、現在も変わらないものの、多くは路線バスの車両を鉄道車両化したようなものを選択したところが多かったため、ボディーの傷みが15年前後で目立つようになってしまった。同じ鋼製車体でも、オーダーメイドの鉄道車両に比べると、“張り”に差が出ており、ド派手なことができない懐事情を物語っている。ちなみに昭和から平成にかけては、富士重工業のLE-Car、LE-DCが人気で、現在は新潟トランシス製を選ぶところが多い。これは富士重工業が鉄道車両の生産をやめたためである。  

DSC_0997(次はあがち)a.JPG

15時05分に発車。南直方御殿口を発車すると、伊田線は左、筑豊本線は右へ、それぞれ曲がり、分かれる。伊田線は非電化路線では珍しい複線で、増発は容易にできるし、行き違いのタイムロスもない。



まもなく中泉
まもなく大阪サン・ニュース中泉
足元にご注意ください
左側ドアきます  

藤棚を発車すると、「次は大阪サン・ニュース中泉」という放送に耳を疑う。運賃表は「中泉」しか表示していないからだ。なぜ、福岡県なのに、なぜ、「大阪サン・ニュース」がつくのだろうか? 

DSC_1001(中泉)a.JPG

疑問が解決されないまま、中泉に到着。駅名盤を見ると、上段から順に「なかいずみ」「NAKAIZUMI」「大阪サン・ニュース中泉」を表示。周囲は目につくものがなく、発車すると、次の市場まで、ほぼ直線。ただ漠然と進む。ローカル線で、こんなに長い直線は、今まで見たことがないのかもしれない。  

謎の駅名、「大阪サン・ニュース中泉」だが、車内で疑問が解決した。

それは2009年4月1日(水曜日)から、一部の駅で企業や団体名を入れるという、ネーミングライツを導入。これを追加することで、駅名盤や車内放送で紹介されるものである。プロ野球では一部の球団の本拠地で、ネーミングライツが導入されているが、鉄道では初めてなのかもしれない。ただし、正式な駅名変更ではないため、車両の方向LED(または方向幕)、乗車券、市販の時刻表には表示されない。ちなみに起点の直方もネーミングライツを採用しており、「藤本興業studiocanada直方」と案内されている。言い訳をするようだが、早くから気づいていれば、ネーミングライツ駅で本文を進めていただろう。ここではネーミングライツを省く。

平成筑豊鉄道ネーミングライツ駅名一覧表
正式駅名ネーミングライツ駅名契約会社名
直方藤本興業studiocanada直方藤本興業株式会社
中泉大阪サン・ニュース中泉株式会社大阪サン・ニュース
金田ふじ湯の里・日王の湯温泉金田方城振興開発株式会社
神田商店糒株式会社神田商店
田川伊田MrMax田川伊田株式会社MrMax
豊前大熊MrMax豊前大熊株式会社MrMax
大藪MrMax大藪株式会社MrMax
田川後藤寺MrMax田川後藤寺株式会社MrMax
上伊田神田商店上伊田株式会社神田商店
勾金田川高校前勾金福岡県立田川高等学校
崎山れいめい拳.com崎山企画・宣伝協同組合
新豊津エナジーソフト新豊津エナジーソフト株式会社
豊津サントミ豊津株式会社サントミ
今川河童保険ひろばゆめタウン行橋店今川河童国際貿易株式会社
美夜古泉岡野バルブ前美夜古泉岡野バルブ製造株式会社
行橋ゆめタウン行橋株式会社イズミ

◆気になる運賃表

「ドア閉まりまーす」  

運転士のキメゼリフで、人見を発車すると、みずから乗り換え案内放送をする。  

DSC_0991a.JPG

400形の車内はボックスシート&ロングシートのセミクロスシートだが、前者はわずか2つしか設置されていない。これはボックスシートを優先席にしているためで、基本的に健常者はロングシートに坐ってもらうよう、お願いしているようだ。ボックスシートのひじかけ、取っ手、シートカバーは、JR西日本223系1000番代以降にそっくりで、ドアチャイムは同社のキハ122系、キハ127系と同じ音である。また、全席、着席区分が明確なバケットタイプを採用しているが、ロングシートはわかりづらそう。そして、照明はワンマン運転時、降車用ドアは停車中のみ点灯。乗車用ドアは常時点灯している。また、ドア寄りにある照明は「白」の色合いが異なる。  

DSC_0994a.JPG

吊り手は円形だが、平成筑豊鉄道のキャラクター、ちくまる君が乗客にメッセージを送っている。特に「乗って残そう平成ちくほう鉄道!!」「平筑と走り続ける! 新潟トランシス」は、存続の危機に直面していることを物語っており、痛々しい。「乗って残そう」は、南海電気鉄道貴志川線の沿線住民による乗車運動のフレーズで、路線は存続し、和歌山電鐵にバトンタッチした“歴史”があるだけに、永遠に走り続けることを願ってやまない。ちなみに、この吊り手は、「ちくまるつり革オーナー」というもので、1年間、メッセージつき吊り手が400形に“展示”される。  

つり革オーナーは反響があり、山形鉄道が食いついて、2010年2月10日(水曜日)から募集を開始している。山形鉄道は先着225名様までが権利を得ることができ、基本料金は5000円、特注料金は6500円である。  

DSC_1011a.JPG

普通列車行橋行きワンマン運転は15時24分、金田1番のりばに到着。急いで地下通路を通り、隣の3番のりばへ。ここで糸田線の普通列車田川後藤寺行きワンマン運転(406:なのはな号)に乗り換える。

DSC_1012a.JPG

2・3番のりばの後方には車両基地があり、ボロボロになった創世紀の気動車が留置されている。平成筑豊鉄道ホームページによると、2007年から廃車が始まり、2010年2月12日(金曜日)の時点で、200形が消滅し、300形は2両しか残されておらず、100形は2009年度で姿を消す予定である。  

DSC_1014a.JPG

2番のりばに金田止まりとなるレトロ調の気動車、転換クロスシートを装備した500形『へいちく浪漫号』が到着。なぜか車両のほとんどは、ホームに止まっておらず、運転士はおかしな止め方をしているが、しばらくたつと、直方寄りから始発となる普通列車直方行きワンマン運転が入線した。同一ホームで乗り換えられる利点があり、なおかつ、糸田線利用客にとっては、乗り換えやすい。  

普通列車田川後藤寺行きワンマン運転編成表
普通列車金田行きワンマン運転編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
金田⇔田川後藤寺なし406なのはな号

さて、400形で気になる点を見つけた。  

DSC_1013a.JPG

それは「車内で整理券をおとり下さい」というステッカー。“普通、そうなんじゃないの?”と思いたくなるが、平成筑豊鉄道は長らく整理券発行器を駅に置いていた。しかし、老朽化や悪戯で故障が多発していることから、2009年4月1日(水曜日)以降、車内で整理券を取る方法に変更し、どんな乗車券でも取らなければならない。また、途中駅で乗り換える場合は、目的地までの運賃を前払いすることになっている。  

DSC_1017(次は豊前大熊)a.JPG

15時28分に発車し、伊田線は左、糸田線は右へ、それぞれ曲がり、分かれる。普通列車田川後藤寺行き(ワンマン運転)の利用客は10人もいないが、小学生はネーミングライツ駅名がお好きなようで、特に4駅につけられている「MrMax」がお気に召された御様子。平成筑豊鉄道にとってはありがたい存在だろう。

DSC_1018(豊前大熊)a.JPG

MrMaxは、福岡県福岡市に本部を置くディスカウントストアで、九州を中心に、関東地方や中国地方にも進出して、45店舗をかまえている。また、日本初のディスカウントストアで、アメリカの小売業を徹底的にリサーチしたという。ちなみに会社の創業は大正15年(1925年)10月で、当時は電気屋だった。ディスカウントストアの成功により、昭和55年(1980年)8月、平野電機株式会社は、「株式会社ミスターマックス」に商号変更。昭和59年(1984年)8月には、「株式会社MrMax」に商号変更され、現在に至っている。  

DSC_1022(次は田川後藤寺 終点)a.JPG

400形で気になるのは、運賃表に表示されている糸田線の駅名が、なぜかダブッいること。空欄があっても、問題がないように思えるが……  

DSC_1026a.JPG

※田川後藤寺で、顔を並べた後藤寺線と糸田線とのツーショット。

JR九州後藤寺線、日田彦山線に合流し、15時41分、終点田川後藤寺2番のりばに到着。まずは糸田線全線完乗を達成した。ちなみに糸田線は、行き違いができる駅が1つもない。

DSC_1024a.JPG

※田川後藤寺で、日田彦山線の普通列車小倉行きが15時44分の発車を待っていた。

田川後藤寺2番のりばは中央にあり、JR九州に割り込んでいるのか、はさまっているのかのようだ。糸田線はもともとJR九州の路線なので、こうなっているのは仕方ない。0・1番のりばは後藤寺線、3・4番のりばは日田彦山線のホームがあり、ジャンクション的な存在だが、人の数は少なかった。

◆枕木と列車番号  

折り返し、15時45分発の普通列車金田行きワンマン運転に乗り、15時58分、終点金田3番のりばに到着し、1番のりばへ。ほどなくして気動車が到着したものの、普通列車田川後藤寺行きワンマン運転である。これに乗ってしまえば、元に戻ってしまうところで、実際に乗って、運転士に確認をとる人がいた。直方―田川後藤寺間の普通列車は下り7本、上り5本あり、大半は直方―行橋間を運行する。  

DSC_1029a.JPG

16時01分に発車すると、ほどなくして、始発の伊田線普通列車行橋行きワンマン運転(407:なのはな号)が入線した。  

DSC_1035a.JPG

ふと、枕木に目を向けると、企業名や個人名のプレートが目につく。これはすべて、「まくらぎオーナー」によるものである。  

平成筑豊鉄道は約10萬本の枕木を敷設しており、約10年で更換するという。この更換費用の一部を巷の人々に負担していただくという、話題性と経営再建の2つを併せ持っている。

まくらぎオーナーになると、枕木にプレートが設置され、ボロボロになるまで有効。まくらぎプレートの応募用紙には、名前や記念になるものといった原稿を書く。ちなみに枕木は1本15000円程度で、まくらぎオーナーは5000円を払う。 平成筑豊鉄道は、門司港レトロ観光線以外、木製の枕木しか購入できないようで、コンクリート製の全面更換には“勇気”がいるようだ。  


普通列車行橋行きワンマン運転編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
金田→行橋なし407なのはな号

普通列車行橋行きワンマン運転は、16時06分に発車。糸田線と分かれ、引き続き、複線を走る。複線で1両というのは、さびしいというか、むなしい。車内は私を含め、たった6人しか乗っていないのだから。  

DSC_1039(田川伊田)a.JPG

小雨が降り、下伊田で7人乗車し、16時17分、田川伊田1番のりばに到着。向かいの2番のりばには普通列車直方行きワンマン運転が停車し、隣は日田彦山線3・4番のりばである。残念なことに、4番のりばに停車していた普通列車日田行きワンマン列車は、普通列車行橋行きワンマン運転の接続をとらずに発車してしまった。  

これで伊田線を全線完乗し、ここからは田川線へ。列車番号も5239Dから2440Dに変わる。伊田線は直方から田川伊田方面が下りなのに対し、田川線は田川伊田から行橋方面が上りなのだ。これは日田彦山線や日豊本線に関係しているものと思われるが、前者は田川伊田から夜明方面は下り、城野方面は上り。後者については後述することにしよう。

★備考

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2009年の汽車旅4-7 [汽車旅2009]

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◆謎の種別幕  

DSC_0970(門司港)a.JPG

門司港5番のりばから、快速大牟田行き(クモハ813-108)へ。6両中、5両は三角形の吊り手を採用している。ところが、九州の人たちになじまなかったのか、813系200番代以降は円形に変更され、815系、817系に継承されている。ちなみに811系は円形の吊り手を採用している。  

DSC_0971a.JPG

種別幕は全区間快速運転を示す「快速」だが、なぜか前から2両目のサハ813-108は、「813」を表示している。遊び心を出すのはJR九州らしいが、普段は掲出しないだろう。  

快速大牟田行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
黒崎なしクモハ813-108なし
 なしサ ハ813-108種別幕「813」
 なしク ハ813-108なし
 なしクモハ813-9なし
 なしサ ハ813-409なし
門司港なしク ハ813-9なし

14時00分に発車。門司に到着する直前、山陽本線の普通電車下関行きが発車。乗り換えないとはいえ、接続をとらない姿勢が気に食わないが、平日ダイヤの門司港発は11分早い、13時49分に発車する。そのため、休日ダイヤは、門司港13時37分発の普通電車二日市行きに乗らなければならない。ちなみに快速大牟田行きは、小倉の停車時間が平日ダイヤ11分、休日ダイヤ2分と異なっている。また、門司港側だと、歩いて関門国道トンネル人道を歩いたほうが節約になるが、その分、時間が大幅にかかる。  

DSC_0978(黒崎)a.JPG

14時14分に小倉を発車すると、雲ゆきがあやしくなってきた。八幡を発車すると、大粒の雨が降り、14時29分、黒崎1番のりばに到着。3番のりばへまわり、普通電車直方行きワンマン列車(クハ816-1013)に乗り換える。  

DSC_0981a.JPG

※817系1000番代の転換クロスシート

DSC_0981(P1240268:817系0番代)a.JPG

※817系0番代の転換クロスシート

14時32分に発車。817系1000番代に坐るのは初めてだが、0番代に比べ、坐り心地が向上している。座面に厚みを増しているが、811系や813系に比べると、劣るだろう(意欲作ではあるのだが……)。また、885系と同じ本革を採用しているが、コストがかかるのか、800系や883系増結中間車には採用されていない。
 

普通電車直方行きワンマン列車編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
直方なしク ハ816-1013なし
黒崎なしクモハ817-1013なし

車内には運賃表があっても、運賃箱や整理券発行機がなく、運転士の負担が軽減されている。817系1000番代の投入により、駅で収受する方式に変わったからである。このため、すべてのドアが開閉する。



まもなく折尾
足元にご注意ください
左側ドアきます  

DSC_0987(折尾)a.JPG

電車は折尾7番のりばに到着。ホームの大半は上屋が設置されておらず、乗ってきた人はすべて、先頭車1番前のドアから乗ってゆく。また、折尾は鹿児島本線、筑豊本線若松方面とは、150メートル離れたところにあり、筑豊本線は鹿児島本線直通便に限り、JRグループでは異例の改札外乗換えをしいられる。このため、折尾は駅舎が2つあり、1~5番のりばは「東口」、6・7番のりばは「鷹見口」と案内されている。ちなみに将来は集約して、改札外乗換えが解消される予定。  

14時39分に折尾を発車すると、筑豊本線へ。複線となり、快走する。激しくたたきつけた雨は、小康状態となり、14時58分、終点直方1番のりばに到着したが、路面はまったく濡れていなかった。

★備考

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2009年の汽車旅4-6 [汽車旅2009]

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◆九州鉄道記念館へ  

DSC_0841a.JPG

門司港レトロ観光線の乗車を終え、九州鉄道記念館へ向かう。途中、門司港の留置線に廃車が確定したのか、ナンバーをガムテープで隠すEF81形400番代の姿を発見。2009年3月14日(土曜日)のダイヤ改正で、寝台特急〈はやぶさ〉〈富士〉、臨時快速〈ムーンライト九州〉が姿を消したため、戦力外になってしまったようだ。ジョイフルトレイン客車に望みを託したいが、現実は厳しいだろう。  

九州鉄道記念館に到着。入館料300円(4歳から中学生までは150円)を払い、まずは目の前にある車両展示場へ。  

DSC_0850(P1390563)a.JPG

順番に展示車両を紹介すると、蒸気機関車は2両あり、「59634」のナンバープレートをつけているのは、9600形。大正2年(1913年)に産声をあげ、14年間で770両が作られた。初の国産貨物用蒸気機関車で、昭和51年(1976年)3月5日(金曜日)まで63年間活躍した。国鉄は昭和51年(1976年)3月5日(金曜日)で、蒸気機関車の運行に一旦ピリオドを打っており、最後は北海道の追分で、入換用に使われた。  

DSC_0851(P1390564)a.JPG

次はC59形1号機。C59形は東海道・山陽本線の旅客用蒸気機関車として、昭和16年(1941年)に産声をあげ、昭和23年(1948年)まで173両が作られている。戦後になると電化が進み、高性能が災いとなって、運用範囲が狭まってしまった。一部は改造され、C60形として生き残りの道を歩むが、C59形は昭和45年(1970年)秋で、29年の活躍にピリオドを打った。ちなみにC59形1号機は、24年5か月で249萬1580.4キロを走行。これは地球62周分に相当し、準鉄道記念物に指定された。  

DSC_0857(P1390565)a.JPG

次はEF10形35号機。これは関門トンネルの初代電気機関車で、昭和16年(1941年)に産声を上げ、昭和17年(1942年)6月20日(土曜日)にデビュー。当時、下関―門司間は直流電化されていたが、鹿児島本線の交流電化が決まると、関門トンネルの門司側で電流を切り替えることになり、直流専用のEF10形は他線区の転用を余儀なくされたものの、昭和54年(1979年)まで活躍した。  

DSC_0860(P1390567)a.JPG

次はED72形1号機。これは九州交流電化最初の電気機関車で、昭和36年(1961年)に産声をあげた。暖房用ボイラーを搭載していたが、電気暖房に変わったことにより、貨物列車の牽引にも使われた。  

DSC_0863(P1390568)a.JPG

次はキハ07 41。キハ07形は昭和12年(1937年)に産声をあげた気動車で、当時はガソリンエンジンで走っていたが、昭和27年(1952年)、ディーゼルエンジンにチェンジ。昭和44年(1969年)まで32年間活躍した。  

DSC_0865a.JPG

キハ07 41は車内に入ることができるものの、土足禁止。また、飲食や側窓の開閉を禁止しているが、車内はセミクロスシートで、昭和初期の香りが漂う。 ボックスシートの背もたれはかなり低く、うっかりしていると、うしろの人の頭にぶつけてしまいそうだ。また、ボックスシートの特権なのか、灰皿が設置されている。現在は館内全域禁煙なので、ここで煙をくゆらすことができない。通路の頭上は白熱灯が均等な間隔で設置されており、おそらく、夜間やトンネル内は独特の雰囲気を醸し出していただろう。ロングシートにある吊り手は、木製で年輪が刻まれている。この吊り手を見ると、和歌山電鐵の『たま電車』に似た雰囲気だが、「柔」という感じ。キハ07 41は「剛」だろう。

このような車内をした車両に乗ったことがあり、2002年12月21日(土曜日)に利用した紀州鉄道だ。当時はキハ603という車両に乗ったが、白熱灯の輝きは今でも忘れられない。

DSC_0872(P1390569)a.JPG

次はクハ481-603。ボンネット先頭車で、昭和44年(1969年)に新製されたが、当初はクロ481-5だった。この当時、“脱ボンネット”の583系が全盛期に突入しようという時代にもかかわらず、昼行特急形電車はボンネットにこだわっていたのである。

クロ481-5は東北地方で活躍していたが、昭和58年(1983年)に鹿児島車両所へ転属されると、普通車に格下げ改造が行なわれ、クハ481-603に改番された。

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平成9年(1997年)に御役御免となり、小倉工場で保存され、整備を受けたのち、九州鉄道記念館に展示されている。 こちらは土足でも入れるので、車内へ。側窓は座席2列分のワイドではなく、1列分であるところを見ると、グリーン車の面影が残る。改造時期が1980年代のせいか、普通車は簡易リクライニングシートに変えているが、485系は当初、リクライニングすらしない回転式クロスシートを装備し、分割民営化初期まで使われていた。ちなみに国鉄の急行形車両は電車、気動車、客車問わず、普通車はボックスシートだったが、急行〈りょうもう〉で活躍した東武鉄道1800系は回転式クロスシートを採用しており、グレードに差がついている。

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次はクハネ581-8。これは昭和42年(1967年)に世界初の寝台座席兼用電車で、衝撃のデビューを飾った581系である。581系は寝台特急〈月光〉でデビューしており、そのヘッドマークを見ると、〈月光〉の文字色は金色に輝いているように見える。まるで“時代のニューヒーロー参上”を積極的にアピールしたかった国鉄の誇りに思えてくる。

塗装は581系だが、車内は715系。昭和59年(1984年)に近郊形改造を受けて、クハ715-1に変身。側窓が開閉式になっているため、715系の面影が残っている。

715系が退役したあと、クハ715-1は解体を免れ、2000年に塗装や国鉄マークなどが復元され、外観だけだが581系によみがえらせた。  

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車内に入ると、一部は3段式B寝台下段にセットされている。近郊形改造を受けても、寝台設備だけは残っていた。581系、583系が近郊形改造を受けていた当時の国鉄は、財政が悪化して、底なし沼にはまっている状況を露呈したような時代だった。改造コストも抑えなければならず、“急場しのぎ”の車両といえるが、現在もJR西日本は419系として、まだまだ奮闘している。  

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クハネ581-8の前には、セラ1239という石灰の貨車が展示されているものの、製造初年、製作会社については調査中いう、謎の車両だ。

◆私の執筆記事が九州鉄道記念館で読める?!  

車両展示場見学を終え、本館へ。明治24年(1891年)に建てられたもので、120年近くの歴史を誇る。  

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中へ入ると、キッズルームへ。ロゴを見ると、日本語、英語、中国語、韓国語の4か国語表示である。ここは鉄道の本やおもちゃがあり、家族連れにはピッタリだろう。父親か母親のどちらかが子供と遊び、片方は気兼ねなく見学できるよう、配慮しているものと思われる。  

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人気なのは811系の運転シミュレーター。私も運転したいところだが、時間の都合でカット。九州の鉄道大パノラマは、鉄道模型のジオラマが壮大なスケールで展示されており、新幹線は0系、800系、500系、N700系7000番代による夢の顔合わせが実現。実車では“四天王の顔合わせ”が実現できなかっただけに、模型ならではの豪華なキャスティングだ。  

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2階へあがると、九州を走った客車列車のヘッドマークがズラリと展示されている。機関車掲出のヘッドマークは、九州独特のもので、中華鍋のウラみたいな形状をしており、丸みが強調されている。すべて現存しない列車や車両ばかりだが、懐かしい気分で見ることができるし、若者ならば新鮮と衝撃を感じるのかもしれない。  

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このほかに現在は九州新幹線の愛称として走る〈つばめ〉の歴史を紹介。国鉄にとって、〈つばめ〉はシンボルの1つで、かつてはプロ野球のセリーグに国鉄スワローズを所有していたし、国鉄バスはツバメのイラストが描かれていた。また、〈つばめ〉は昭和初期から運行されており、すべて特急として、現在に至るまで、そのプライドを守り続けてきた。ちなみに九州新幹線の愛称として走る〈つばめ〉は5代目になるが、残念ながら新大阪―鹿児島中央間の愛称には選ばれなかった。しかし、九州新幹線全通後も〈つばめ〉の名は永遠に羽ばたくようだ。  

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その隣には、883系オリジナル、885系“白いかもめ”の普通車座席が展示されている。883系は全車リニューアルされたため、オリジナルのシートモケットは消滅しているが、この車両を初めて見たときは衝撃だった。「なんじゃこりゃ」と言いたくなるほど、垢抜けていたからである。787系とは対照的な車内に、賛否両論があったかどうかはわからないものの、リニューアルによって、落ち着き感が強調されている。  

2つの座席を見ると、885系に軍配を上げたくなる。本革使用であることや、ゆったり坐れそうな雰囲気がするからだ。885系の普通車は「グリーン車じゃないの?」と思わせるほど。普通車でありながら、マジックテープで頭部位置を調節できるのだから、“スゴイ普通車”だと思う。グリーン車に乗らなくても、充分過ごせそうだ。  

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情報コーナーに入ると、『週刊鉄道データファイル』のファイルが目に飛び込む。残念ながら、私の執筆記事は見当たらなかったものの、いずれはファイリングされるだろう。旅立ち前には『週刊鉄道データファイル』の入稿しており、すがすがしい気分になることができた。“いつかは著書がここにあれば”という夢や目標が浮かび上がると、“頑張ろう”という気になる。人間というのは、無意識のうちに頑張っているもので、意識すると、空回りするのではないかと思う。なので、自然体にやっていきたい。  

なお、館内における図書の公開は、毎週土・日曜日と祝日に限定されているので、御注意を。  

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再び1階へ下りると、明治時代の客車が展示されている。車内へ入ることができるものの、時間の都合でカット。この車両の座席は畳だという。

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本館を出て、ミニ鉄道公園へ向かう途中、分岐器へ。手動で操作するものだが、使用厳禁。そして、ミニ鉄道公園へ。ここには885系“白いかもめ”、787系、883系、『ゆふいんの森3世』こと、キハ72系と813系のミニバージョンを運転することができる。1台につき3人乗車できるもので、リアルに運転が楽しめるとあって、小さい子供には人気のようだ。  

時刻は13時50分近くになり、九州鉄道記念館を出て、門司港駅へ。コインロッカーから荷物を取り出し、急いで電車に乗ろう。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅4」 



九州鉄道記念館 

岸田法眼のRailway Blog.「583系備考一覧」 

★おまけ

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『週刊鉄道データファイル』の紹介記事で、掲載した画像。

★お知らせ

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2009年の汽車旅4-5 [汽車旅2009]

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◆再び本州へ

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関門橋方面へ歩く。早鞆ノ瀬戸(Hayatomo-no-Seto)は、曇り空だけど綺麗で、“真っ正直な色”をしている。江戸時代の東京湾(当然のことながら、江戸時代は「東京湾」と呼ばれていない)もこういう感じだったと思うが、その時代から埋め立てをしており、昭和の高度経済成長期になると、東京側は工業地帯化させるため、海を浄化する役割を持つ干潟が消されてしまい、現在のような汚れた海へ悪化してしまった。しかし、東京湾の房総半島側は干潟が残っているため、海は綺麗な色をしている。また、サンゴがあり、東京湾は、すべて汚いわけではない。



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関門海峡は船の往来が多く、交通の要衝であることを実感する。今まで関門海峡はJR九州でしか渡ったことがなく、山口県下関市は本当に目と鼻の先にある。また、地図を見る限り、門司港駅と下関駅の位置は意外と横並びになっている。そして、関門トンネルの本州側は、彦島という離島に設置されている。ちなみに関門海峡は、明治5年(1872年)8月、我が国で初めて、約900メートルの海底電信線が敷設されている。下関市と北九州市は、明治時代から“地続き”となっていた。また、関門トンネルは世界初の海底トンネルである。

関門国道トンネルの人道入口に到着。人道は6時から22時までしか使えないという難点があり、もし、間に合わなかった場合は、関門国道トンネルを経由するバスを利用することになる。また、人道は基本的に無料だが、原付50cc以下と自転車は20円かかる(料金はすべて、本州側で払う)。さらに二輪車用トラック、自転車用トラックが運行されており、こちらも便利だ。

定員40人のエレベーターに乗り、約30秒で地下10階に相当するという人道へ。下関市側のエレベーターまでの所要時間は、13分かかるというが、関門国道トンネル人道にチャレンジ!!

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人道内は冷房がなく、“イイ汗かいてるぅー”という感覚だ。ここをジョギングコースにする人がいる。もしかすると、通勤コースにしている人もいるのかもしれない。天井はクルマの往来が、ひっきりなしに聞こえてくる。



関門国道トンネルは、昭和12年(1937年)に計画され、昭和14年(1939年)5月12日(金曜日)に着工した。すでに関門トンネルは工事が進んでおり、昭和17年(1942年)6月20日(土曜日)に貨物列車、11月15日(日曜日)に旅客列車の運行を開始。当時は単線だったが、上り線用の単線トンネルを増設したことにより、昭和19年(1944年)9月9日(土曜日)に複線化されている。このため、関門トンネルの下り線は全長3614メートル、上り線は全長3604メートルと異なっている。

関門国道トンネルは、昭和19年(1944年)12月に道杭が貫通したものの、第2次世界大戦の激化により、昭和20年(1945年)7月から7年間の中断を余儀なくされたが、昭和33年(1958年)3月9日(日曜日)に開通。全長3461.4メートル(人道は780メートル)あり、上層は車道(国道2号線)、下層は人道になっているが、後者は海底部分のみに設けている。また、道路整備特別措置法により、工事が再開されたため、関門国道トンネルは当初から有料道路になっている(参考までに総工事費は57億円)。ちなみに民主党のマニフェストで、高速道路の無料化を掲げているが、関門国道トンネルについては、有料のままになりそうだ。

さて、関門国道トンネルは海底トンネルのため、1日4800トンの海水がトンネルの中にしみ出しており、山口・福岡両県側に水抜き専用の立杭を設け、排水ポンプで地上にくみ出しているという。また、万一に備え、自家用発電設備を設けて、停電が発生した際に使われている。

関門国道トンネルの開通は、本州と九州をより身近にさせ、昭和38年(1963年)4月1日(月曜日)に北九州市が誕生。その一方で、下関―門司間の国鉄航路は、利用客が減少し、昭和39年(1964年)10月31日(木曜日)で運航を終了している。

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昭和48年(1973年)11月14日(水曜日)、全長1068メートルの関門橋が開通し、本州と九州は高速道路でも結ばれた。のちに関門橋を通り、大阪(阪急梅田)―西鉄天神バスセンター間を結ぶ夜行高速バス、〈ムーンライト号〉が誕生し、成功を収めると、次々と新しい路線が開拓され、夜行列車を蹴散らしてゆく。

10時36分、山口県へ。再び本州入りしたことになる。携帯電話(ドコモのFOMA)を見ると、福岡県側は電波が立っていたが、山口県へ入ると、圏外主体だった。



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10時43分、地上へ。関門橋は九州に向いており、風は強く、ひんやりした空模様だ。横断歩道を渡ると、みもすそ川公園があり、九州に向けて、大量の大砲がセッティングされている。そのうちの1つは東屋にセッティングされており、“個性的”だ。

これは天保製長州砲で、江戸時代末期に使われたもの。しかし、戦利品として外国に運び去られてしまい、国内から姿を消していたが、昭和41年(1966年)春、作家の古川薫がパリの軍事博物館で、天保製長州砲を発見。それ以来、政府は返還交渉を行なったところ、安倍晋太郎外務大臣(当時。安倍晋三元総理大臣は息子にあたる)の熱意と、フランス政府の好意により、昭和59年(1984年)6月、「貸与」というカタチで、下関市へ里帰りをした。

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みもすそ川公園には、源義経、平知盛の各像があり、そこにはNHK大河ドラマ、『義経』の出演者、滝沢秀明、小泉孝太郎、中越典子の手形とサインが飾られている。2つの像は、いずれも後方に見える関門海峡から目を背けており、九州に視線を向けていない。下関市の観光名所であることをアピールするかのようだ。

下関市の山側に目を向けると、ロープウェイが見える。これは壇の浦―火の山間を結ぶもので、下関市が事業者として運行している。ちなみにロープウェイやゴンドラリフトなどは「普通索道」、リフトなどは「特殊索道」とみなされており、これらを「索道事業」と呼ぶ。

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さて、下関駅側から2階建ての真っ赤なロンドンバスが姿を現した。高速道路を走る2階建てバスに比べると、小ぶりだが、そのぶん、英国の雰囲気とお茶目な姿が目立つ。1階と2階の境界線を表すかのような金帯がアクセントになっており、ボディーカラーの単調さをなくしている。

◆2つの日本記録を持つ門司港レトロ観光線

10時56分、関門国道トンネル人道へ戻り、10時59分にスタート。往路は歩いていたが、今度は走ってみることにしよう。

県境で1分“停車”し、11時04分に再び九州側のエレベーターに到着。人道は徒歩13分、走ると5分で、往復のジョギングには便利かもしれない。

11時06分に地上へあがり、関門海峡めかり駅へ戻るものの、レールがどこで果てるのかが気になり、再び道路を歩く。さいわい、道路は線路に沿っており、見つけやすそう。



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途中、鉄道敷地が広々としているところがあり、ここは田野浦公共臨港鉄道雨ケ窪駅が存在していたところだ。回送線上のレールは雑草が生えており、回送線であるせいか、刈り取ろうという意思がなく、廃線とカン違いされても仕方がないほど。また、回送線の外側は、古びたレール、信号、枕木などは廃材と化しており、放置している状態。古びたレールが再利用される日があるかどうか?

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大久保踏切を渡ったところで、レールが果てるところを見つけた。ネグラ小屋となる瀬戸町車庫を突破したところで、車止めはないものの、レールが「へ」の字に曲げている。その先もレールが延びているが、立ち入り禁止になっており、時間の都合もあって、深追いはしなかった。

瀬戸町車庫は“新築”されたもので、その先にある建物はボロボロ。使いものにならないようだが、取り壊されていない。ちなみに瀬戸町車庫から先は、意外にも立ち入り禁止になっておらず、しかも、軽自動車が駐車していることから、あっさり入った。軽自動車が駐車できるということは、廃線跡という証である。

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11時48分に関門海峡めかり駅へ戻り、復路の『潮風号』を待つ。12時00分に発車する九州鉄道記念館行き(1号車自由席トラ701:非冷房車)は、全車自由席で、11時55分に入線。2両とも満席という状況で降りていったが、復路は全員ラクに坐れた。

九州鉄道記念館行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
九州鉄道記念館なしDB102全区間牽引
 2トラ702自由席、非冷房車
 1トラ701自由席、非冷房車
関門海峡めかりなしDB101全区間牽引

12時00分に発車。雨がやんだせいか、窓はほぼ全開。スタッフは全員手を振って、「いってらっしゃーい」と、すべての乗客に声をかける。そして、沿線で保線作業をしていた係員も中断して、「いってらっしゃーい」と言いたげに手を振る。先頭のディーゼル機関車、DB102は和布刈トンネルへ入るときと、出るときに警笛を鳴らすが、大阪市交通局10系オリジナル車っぽい音色だ。



次はノーフォーク広場

距離の短い旅客路線ベスト3
順位鉄道事業社名路線名営業キロ
第1位平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線2.1キロ
第2位芝山鉄道芝山鉄道線2.2キロ
第3位紀州鉄道紀州鉄道線2.7キロ

女性スタッフによると、門司港レトロ観光線は、旅客路線わずか2.1キロ(回送線は除外)しかなく、日本一短い旅客路線の記録を塗り替えた。また、『潮風号』の最高速度は、たった15㎞/h!! 日本一最高速度が低い旅客路線にもなり、2つの日本記録を更新した(2番目に最高速度が低い路線は、どこなのでしょう?)。

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和布刈トンネルを抜け、黒川紀章デザインのマンション、レトロマイハートが見えると、出光美術館へ。意外にも下車客が多く、12時10分、終点九州鉄道記念館に到着した。折り返し、12時15分発の臨時便として、関門海峡めかりへ向かうが、ホームは大盛況で、いくら自由席があっても、“全員着席重視”のため、“積み残し”が発生した。

門司港レトロ観光線の2009年シーズンは、18萬人以上を動員し、12月以降は“冬眠”に入る予定だったが、2010年3月12日(金曜日)まで、団体利用の貸し切り列車のみ運行することが決定した(ただし、2009年12月31日から2010年1月3日までと、2月15日から2月28日までを除く)。また、2010年シーズンは3月13日(土曜日)に開幕。定期便は1往復増発して、1日14往復になる。

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この好調が強い追い風となり、国土交通省の日本鉄道賞表彰選考委員会は、機能しなくなった貨物線の再利用、ほかの鉄道で使用された車両を移籍させたことなどによって、コストを抑えたトロッコ列車が運行され、観光振興に貢献したことを高く評価。門司港レトロ観光線に廃線文化観光賞の贈呈を決定し、2009年10月14日(水曜日・鉄道の日)に受賞した。ただし、受賞したのは平成筑豊鉄道ではなく、北九州市である。ちなみに門司港レトロ観光線は、平成筑豊鉄道は第2種鉄道事業者、北九州市は第3種鉄道事業者である。

★備考

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平成筑豊鉄道ホームページ 

③国土交通省ホームページ http://www.mlit.go.jp/

④参考資料として、国土交通省鉄道局監修、『平成二十一年度 鉄道要覧』を使用。

⑤参考資料として、交通新聞社刊行、『鉄道ダイヤ情報2009年5月号』を使用。

⑥参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『鉄道ジャーナル1992年11月号』を使用。

⑦明治5年(1872年)までは天保暦(旧暦)、明治6年(1873年)からは太陽暦(グレゴリオ暦)を使っています。このため、明治5年(1872年)12月は、わずか2日で明治6年(1873年)に変わりました。


★お知らせ

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2009年の汽車旅4-4 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-07

・2009年の汽車旅4-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-13

・2009年の汽車旅4-3
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17

◆平成筑豊鉄道初乗車  

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2009年8月15日(土曜日)、7時30分頃に宿で起床した。泊まった部屋はさいわい、鉄道が見えるところで、運よく山陽新幹線500系の臨時〈のぞみ154号〉東京行きを発見!! 残念なことに臨時〈のぞみ154号〉東京行きは、700系で運転をする日があったため、最高速度が285㎞/hに抑えられており、500系の本領発揮というわけではなかった。もっとも、2009年3月14日(土曜日)のダイヤ改正で、500系〈のぞみ〉は回復運転以外、285㎞/hに抑えられている。  

チェックアウトする頃、土砂降りの雨が降る。宿は手際よく傘を300円で販売していたが、私は折りたたみの傘を忍ばせており、その必要がない。  

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小倉駅へ。北九州高速鉄道の自動改札機を拝見すると、関西と同じ“マルペケ方式”で、バーがあるため、年代を感じる。ICカードは導入されておらず、更新時期を迎えたら、動きがあるのかもしれない。  

JR九州の有人改札で、青春18きっぷに、この日の日付印を押してもらう。

「行ってらっしゃいませ」  

女性駅員は、ホテルのフロントのようなセリフを言って、青春18きっぷを返す。首都圏の駅ではありえない光景で、心に響く。  

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8番のりばには、鹿児島本線の普通電車門司港行き(クハ813-218)が9時16分の発車を待っている。ホームへ下りた9時過ぎには、すでに入線しており、ゆとりがあっていい。  

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普通電車門司港行きは、813系200番代と811系100番代の混結で、最後部車両は「自由席」のプレートが存在する。現在では811系+813系の混結が当たり前のようになっているが、かつて前者は快速用、後者は普通電車用に分けていたと、平成10年(1998年)8月16日(日曜日)に運転士から聞いたことがある。しかし、情勢の変化で、813系は2両運転がなくなり、すべて3両1組に統一された。いまや813系は福岡都市圏の主力車両に君臨している。  

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7番のりばに883系の特急〈ソニック7号〉大分行き、4番のりばに885系の特急〈ソニック10号〉博多行き相次いで到着し、9時16分に発車。門司で山陽本線と分岐するが、関門トンネルは下関側と同様、出入り口に水門が存在する。  

普通電車門司港行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
門司港なしク ハ813-218なし
 なしサ ハ813-218なし
 なしクモハ813-218なし
 なしク ハ810-105なし
 なしモ ハ811-105なし
 なしサ ハ811-201なし
小倉なしク ハ810-105自由席

小森江を発車すると、進行方向左側に大瀬戸が見えた。やがて、関門橋(関門自動車道)が見えると、9時30分、終点門司港5番のりばに到着した。  

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自動改札機はレトロ調の装いで、おもてなし。入出場を示す「←」、入出場できないことを示す進入禁止の標識は、首都圏の一部と同じ方式(東武鉄道、東京都交通局など)を採用している。また、2010年3月13日(土曜日)から、ICカードはJR九州のSUGOCA以外でも、JR東日本のSuica、東京モノレールのモノレールSuica、東京臨海高速鉄道のりんかいSuica、福岡市交通局のはやかけん、西日本鉄道のnimocaが使えるようになる。しかも、乗車券だけではなく、電子マネーでもできる。また、九州のICカードは、埼玉新都市交通、伊豆急行、仙台空港鉄道でも利用可能であるが、大半のPASMOエリアで使えないのは残念だ。  

コインロッカーに荷物を入れ、平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線九州鉄道記念館駅へ。平成筑豊鉄道初の新路線で、2009年4月26日(日曜日)にオープン。これはJR貨物鹿児島本線門司港―外浜間、田野浦公共臨港鉄道を観光鉄道として引き継いだものである。路線の“改装”に際しては、鹿児島本線とは線路を分離させている。運行する車両はディーゼル機関車によるプッシュプル運転のため、機回しはなく、なおかつ、車両は1組しか用意されていないため、行き違いもない。そのため、出発信号機がなく、コストを削減している。  

門司港レトロ観光線は、「やまぎんレトロライン」という路線愛称がついている。これは路線名、駅名とも、命名権を販売するネーミングライツ制度を使っているためで、前者は山口銀行がその販売先になっていることによるもの。また、平成筑豊鉄道は既存の伊田線、田川線、糸田線も一部の駅で、駅名ネーミングライツを採用している。正式駅名は従来どおりだが、駅名版、案内放送はネーミングライツを使用しており、これについては、後述することにしよう(後日紹介する予定)。  

DSC_0676a.JPG

さて、あいにくの雨だが、意外と利用客がおり、私が着いた頃、自由席はすでに満席で、指定席しか空いていないほどの盛況ぶり。やむなく指定席を選び、『潮風号』関門海峡めかり行き(1号車指定席トラ701:非冷房車)に乗り込む。『潮風号』は列車の愛称ではなく、車両の名称で、JR四国にエル特急〈しおかぜ〉が存在するため、漢字を用いている。  

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門司港レトロ観光線の運賃は、大人300円、子供150円均一で、往復乗車の場合は割引料金となり、大人500円、子供250円で乗れる。指定席は1列車100円で、これは大人、子供同額である。また、乗車券については発券されたら、11月最終運行日まで有効である。全区間わずか2.1キロの距離で、発券当日限りでないのがすごいところ。もちろん、乗車すれば、その日限りとなる。  

指定された席は、テーブルつきボックスシートの逆向きだったが、自由席と違って満席ではなく、男性スタッフが進行方向に向いた席に坐ることを勧められる。これはありがたい。  

9時45分に発車し、ゴツゴツした乗り心地で、スピードが遅く、出光美術館で早くも自由席に下車客が発生する。その後も歩くように、地を這うように進んでゆく。  

進行方向左側には、関門橋が見えた。関門海峡を渡るのは、山陽本線、山陽新幹線、関門自動車道、関門国道トンネル(国道2号線と人道)、関門海峡フェリーの5種類ある。本州と四国、本州と北海道に比べると、格段に充実しており、山口県下関市と福岡県北九州市は固い絆で結ばれているようだ。  

関門海峡めかり行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
関門海峡めかりなしDB101全区間牽引
 1トラ701指定席、非冷房車
 2トラ702自由席、非冷房車
九州鉄道記念館なしDB102全区間牽引

ノーフォーク広場は乗降がないものの、各駅には潮風色に染まった半袖のポロシャツを着た女性スタッフがホームで待機している。このポロシャツは車内にもおり、スタッフの証である。  

門司港レトロ観光線の車両は、ディーゼル機関車、DB10形は南阿蘇鉄道、客車のトラ70000形は島原鉄道から、それぞれ移籍。車両メーカーで整備されている。DB10形は小柄、トラ70000形は大柄というアンバランスさが面白い。また、トラ70000形のドアチャイムは、バスを思わせるブザーを使っている。  

DSC_0691a.JPG

ノーフォーク広場を発車すると、和布刈(Mekari)トンネルへ。門司港レトロ観光線唯一のトンネルへ侵入する際、東京都交通局都電荒川線を彷彿させる警笛を鳴らす。トラ70000形は照明がほとんどない難点があり、和布刈トンネル内は暗闇になるかと思いきや、天井が青く光った。天井には関門海峡の海と魚が登場し、車内は一気に明るくなる。この日はあいにくの天気のため、暗い車窓だがトンネル内が1番明るかった。  

DSC_0695(P1390550関門海峡めかり 終点)a.JPG

和布刈トンネルを抜け、9時55分、終点関門海峡めかりに到着。まずは門司港レトロ観光線を全線完乗した。

下車すると、駅前には、めかり絶景バスが止まっており、関門海峡めかり駅を循環するもので、1周大人180円、子供90円。また、九州鉄道記念館駅、めかり総合案内所で、トロッコ+絶景バスきっぷ(大人600円、子供300円)を販売している。  

DSC_0702a.JPG

私はめかり絶景バスに乗らず、駅前に展示しているEF30形1号機とオハフ33 488を眺める(できれば上屋をつけてほしい)。EF30形は国鉄分割民営化直前に身を引いてしまったが、EF30形1号機のステンレス車体は、私が書籍や雑誌で見たものとは明らかに異なる。ステンレス車体は現代のものと変わらないからだ。EF30形が入団した昭和35年(1960年)は、まだ軽量ステンレス車体が開発されていない時代で、重量はなんと96t!! 旧型客車は33.2tで、その差は62.8tもある。


★備考

平成筑豊鉄道ホームページ 

②参考資料として、交通新聞社刊行、『鉄道ダイヤ情報2009年5月号』を使用。

★お知らせ

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2009年の汽車旅4-3 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-07

・2009年の汽車旅4-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-13

◆海沿いの車窓が魅力な山陽本線

DSC_0518(海田市)a.JPG

海田市5番のりばへまわり、呉線広からの普通電車新山口行き(クハ115-2010:体質改善車、弱冷車。徳山まで女性運転士、女性車掌、徳山から別の女性車掌が乗務)に乗り換える。車内は大入り満員で坐れない。




次は広島

天神川を過ぎ、2009年から広島東洋カープの本拠地になった、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(球場の正式名称は、2代目となる「広島市民球場」である)が進行方向右側から見えるかどうか目を凝らすものの、残念ながら見えなかった。車窓の特等席は、山陽新幹線なのかもしれない。

後日、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島は、進行方向左側にあることが判明(山陽本線下りからでも眺められる)。スポーツ番組で山陽新幹線を見たため、進行方向右側にあると思い込んでいた。

14時15分、広島2番のりばに到着。先頭車は思ったほど降りてこない。後方の車両は、比較的すいている。さいわい、私が乗車する先頭車は、進行方向左側の転換クロスシートが空き、相席になる。

14時21分に広島を発車しても、横川(Yokogawa)、西広島で、さらに乗り込んでくる。この状態はどこまで続くのか? 私はすぐにわかった。

答えは宮島口で、それでも立客はいるものの、車内は活気がなくなった。地元の人にとって、夏休み、お盆休みのレジャーは、安芸の宮島で決まりなのだろう。

DSC_0528(宮島口)a.JPG

広島―宮島口間の駅の多くは、謎のキロポストがある。例えば、宮島口は白い部分の数字は2.7、黒の部分の数字は7.5Mと書いてある。白い部分の「1」は、「1番のりば」を表しているのだろう。


DSC_0529(次は玖波)a.JPG





次は玖波
Next Kuba.

宮島口付近から大野瀬戸オーシャンショーが始まっているが、発車すると、厳島神社の大鳥居が見える。撮影は一瞬が勝負で、残念ながら気づくのが遅くて、撮れなかった。何度も乗っているが、新しい発見があるものである。

DSC_0533(玖波)a.JPG

玖波は「337」のキロポストを発見。これは山陽本線の起点、神戸からの距離を表している。交通新聞社の『JR時刻表』を見ると、神戸―玖波間は336.4キロである。時刻表は基本的に営業キロを載せているが、実キロと異なっていることが多い。

DSC_0534(和木)a.JPG

和木は“高低差のある駅”で、『タモリ倶楽部』で取り上げる価値がありそうだ(『ブラタモリ』で、タモリは「高低差ファン」であることを明かしている)。全国には高低差駅が多いようで、徹底調査をすれば、どのくらいあるのだろうか?

DSC_0541(次は通津)a.JPG

 



次は通津
Next Tsuzu.

岩国で転換クロスシートの各列は、1人が独占できる状況となり、藤生(Fuju)を発車すると、山陽本線の名シーンの1つといえる安芸灘オーシャンショーへ。白い砂浜というのは、綺麗な海であることを象徴しているように思う。山陽本線東尾道以西のオーシャンショーは、本州で1番綺麗な海の色をしている





次は神代
Next Kohjiro.



まもなく神代
足元にご注意ください
左側ドアきます



次は大畠
Next Ohbatake.

DSC_0554a.JPG

オーシャンショーは、安芸灘から大畠瀬戸へ変わり、神代はホームの広島寄りは海を眺めることができ、大畠は釣りの町で、ある程度の下車客がいた。大畠を下車して、100メートルのところに釣り場があり、4人がプレイ中。ここがタイやメバルが釣れるらしい。



次は柳井港
Next Yanai-Minato.

DSC_0558a.JPG

大畠―柳井港間でオーシャンショーが終わり、そのあとは緑あふれる稲、オレンジのガードレールとなる。



次は下松
Next Kudamatsu.

DSC_0562a.JPG

光を発車すると、一瞬の“光”として、江ノ浦オーシャンショー。国道188号線を走るクルマを次々と抜き去り、日立製作所のマークが見えた。近年、山口県下松市にある日立製作所笠戸事業所は、“アルミの日立”というイメージを持つレールファンが多いと思う。

16時17分、徳山4番のりばに到着。9分停車のあいだに乗務員が交代。ここまでの乗務員は運転士、車掌とも女性。近年は女性同士がペアを組むのは珍しくないようだ。ちなみに徳山から運転士は男性、車掌は女性である。

徳山の9分停車は息抜きにピッタリで、16時26分に発車。“新たな気分で旅を続けよう”という気がわいてくるものの、弱冷車は普通の冷房車と変わらない気がした。


DSC_0569a.JPG



次は富海
Next Tonomi.

戸田(Heta)を発車すると、徳山湾オーシャンショー。防波堤に阻まれているところが多く、安全のことを考えれば、仕方ない。

山陽本線は「陽(Hi)」、山陰本線は「陰(Kage)」の部分が多いように思える路線だが、共通しているのは、オーシャンショーだ。活性化策として、トロッコ列車や、眺望列車を走らせたいところだろう。

活性化策として、山陰本線は仙崎―下関間に快速または普通列車〈みすゞ潮騒〉が運行されているが、別の区間にもオーシャンビュー快速を運行してほしい。全車指定席にして、青春18きっぷシーズンは毎日運行、ほかは休日ダイヤに運行することになれば、「乗ってみよう」と思うレールファンや旅人が多くなり、増収にもつながる。できることなら、新製してほしいところだ。

◆105系を回避して、臨時快速〈SLやまぐち号〉に熱中!!

17時09分、終点新山口7番のりばに到着。向かいの6番のりばには普通電車下関行きが待っているものの、なんと、105系3両編成だ。山陽本線新山口―下関間の普通電車で運用されており、旅人にとっては思わぬ“落とし穴”である。

本来は乗り換えざるを得ないところだが、終点新山口到着時、1番のりばに山口線の臨時快速〈SLやまぐち号〉が止まっているので、ここは乗換えを回避して、次の普通電車下関行きを選ぶことにしよう。

DSC_0576a.JPG

2009年夏も8月9日(日曜日)から8月15日(土曜日)まで、臨時快速〈SLやまぐち号〉は、C57形1号機に加え、C56形160号機も連結という重連。さらにマイテ49 2もつなげ、客車編成両端は“ダブル展望車”というデラックスバージョンだ。「マイテ」という聞きなれない記号だが、「マ」は42.5tから47.5tまでの客車を表す。

DSC_0583a.JPG

「イ」は1等車で、昭和35年(1960年)6月30日(木曜日)まで使われた。以後は2等車を表す「ロ」が1等車に格上げされているが、当時の国鉄は運賃を等級制にしていた。しかし、煩雑な難点があり、昭和44年(1969年)5月10日(土曜日)、国鉄の運賃値上げと同時に、等級制をなくし、1等車は「グリーン車」、1等寝台は「A寝台」、2等車は「普通車」、2等寝台は「B寝台」にそれぞれ改称。運賃や料金の合算がわかりやすくなった。

「テ」は展望車であるが、ほかにこの記号を使っているところは、JR北海道しかない。

臨時快速〈SLやまぐち号〉は、昭和54年(1979年)8月1日(水曜日)に誕生。国鉄にとって初のSL(蒸気機関車)動態保存であった。大井川鉄道(現在の「大井川鐵道」)に刺激を受けたようだが、国鉄の英断から30年が経過し、これからも走り続けてゆくだろう。ただ、ディーゼル車ともども、「エコ」に貢献できない難点があるため、将来、現役のSLが再び完全静態保存の道を歩むことが考えられる。
 
DSC_0578a.JPG





さて、新山口3番のりばには重連SLが推進運転。3番のりばで一時止まっていたが、これは撮影のサービスタイム。それが終了すると、下関総合車両所運用検修センター新山口支所へ。重連SLの帰還を見届けたかのように、DE10形が先導役を務め、1番のりばに停車中の客車も引き上げた。臨時快速〈SLやまぐち号〉で使う12系急行形客車も貴重な存在になってきた。

◆山陽新幹線の訓練車は100系へ

DSC_0592a.JPG

再び6・7番のりばへ戻り、7番のりばには普通電車下関行き(クハ115-2010:体質改善車、弱冷車。女性車掌乗務)がすでに入線しているのかと思いきや、先ほど乗車した普通電車新山口行きではないか!! ヘンな運用だが、運転士と車掌は、徳山から乗務している方が引き続き乗り込んでおり、「新山口で列車番号を649Mから3569Mに変えて、26分停車した」と解釈したほうがよさそうだ。


普通電車新山口行き編成表
普通電車下関行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
下関なしクハ115-2010体質改善車、弱冷車
 なしモハ114-2008体質改善車
 なしモハ115-2008体質改善車
海田市なしクハ115-2106体質改善車

向かいの6番のりばには、ここが終点となる普通電車が到着。思いっきり混んでいる上、広島シティ電車カラー(つまり、体質改善車ではない)だった。多くは普通電車下関行きに乗り換えており、たちまち立客が発生し、17時35分に発車。オーシャンショーが終了したので、進行方向右側の転換クロスシートに坐る。今まで山陽本線ブッ通しの旅は、山口地区だと席が埋まる程度だったが、立客が発生したのは臨時快速〈ムーンライト九州〉がなんの予告もなく、切り捨てられてしまった影響だろう。

最初はまぶしい夕陽が車内を直撃していたが、18時を過ぎると、徐々に暗くなりかけようとしている。ある意味、長い1日だったような気がする。

車内を見渡すと、疲れて眠っている旅人が多い。山陽新幹線〈ひかり〉レールスターや〈のぞみ〉なら、あっという間のところを「安さ」だけを支えにして、青春18きっぷを使った“過酷な旅”に耐えている。本来ならば、臨時快速〈ムーンライト九州〉博多行きで一夜を明かしたかったのだろうが、683系に置き換えて、グレードアップを図ることなく、前述したとおり、2009年1月6日(火曜日)で、唐突に運転が打ち切られてしまった。



次は幡生
Next Hatabu.

DSC_0606a.JPG

新下関を発車すると、進行方向右側は、山陽新幹線訓練車の留置場所となっているが、0系4両編成から100系4両編成にチェンジ。一部の号車では車番が外されており、100系短編成改造車初の戦力外になった。将来は500系7000番代、700系7000番代のいずれかに置き換えるのであろう。


DSC_0610a.JPG



次は下関 終点

眠っている旅人たちは、体内時計が作動したのか、終点下関が近づくと、目覚めてゆく。数々の電気機関車とすれ違い、18時41分、終点下関6番のりばに到着。折り返し、普通電車新山口行きとなるが、乗務引継ぎの際、これから乗り込む車掌は、徳山からハンドルを握った運転士に声をかける。

「お疲れ様です」

社会人としては普通のあいさつだが、すがすがしくていい。

◆霧の小倉

DSC_0613(下関)a.JPG

DSC_0627(小倉)a.JPG

向かいの6番のりばにJR九州の普通電車小倉行き(クハ411-212:リニューアル車)が入線。JR九州415系にしては珍しく、セミクロスシートのままである。これが関門海峡のショートリリーフ運用とは、もったいない。

DSC_0618a.JPG

9番のりばの隣にある留置線では、117系300番代が止まっているが、シートカバーを残したもの、撤去したものが混在している。117系100・300番代は新山口―下関間の限定運用になっており、塗装はオリジナルカラー、福知山線カラーの2種類あるが、JR西日本は2009年12月9日(水曜日)に広島支社の電車はイエロー、気動車はオレンジに変更することを発表している。2010年には117系史上初の単色が登場することになるだろう。ちなみに広島支社の115系は、塗装がコロコロ変わっており、今まで湘南色、ひろしまシティ電車色、広島快速色、体質改善車色が見られている。



次は門司

普通電車小倉行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
小倉なしクハ411-212リニューアル車
 なしモハ414-112リニューアル車
 なしモハ415-112リニューアル車
下関なしクハ411-112リニューアル車

「九州方面、小倉行きでーす。まもなく発車いたしまーす」

小月始発の普通電車の乗り換え客を乗せて、18時57分に発車。水門を突破し、19時00分、関門トンネルへ。19時03分、九州に上陸し、直流電化から交流電化に変わり、門司に到着。6番のりばの奥には、高層ビルを建設しており、26階以上になる模様。時刻は19時を過ぎているが、九州はまだまだ明るい。



DSC_0638a.JPG

門司から鹿児島本線へ入り、19時11分、終点小倉2番のりばに到着。下車すると、駅ビルや歩道橋には、霧が噴射している。これは北九州市水道局がヒートアイランド対策として、水道水を利用したミストを散布しているという。

ヒートアイランド対策というよりも、地球温暖化防止の一環として行なわれていると思われるが、小倉駅周辺のミスト散布は気温28℃以上、湿度70パーセント未満を条件に、2009年9月23日(水曜日・勤労感謝の日)の8~20時まで実施。ポンプで水の粒子を小さくすることで、蒸発しやすくなり、効率的に空間を冷やすという。冷房は電気代がかかる上、機械に温風が発生するため、地球温暖化につながっているのは事実だ。

ミストは外でしか散布できないことや、近づき過ぎると衣服などが濡れる難点があり、冷房機に比べて普及していないのが実情であるが、冷房の設置できないところに導入を続けてほしいと思う。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅4」 



②参考資料として、JTB刊行、『旅1999年1月号』を使用。

③参考資料として、新星出版社刊行、『徹底図解 鉄道のしくみ』を使用。


④コメントで御指摘をいただいた部分があり、掲載後、若干加筆しています。

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2009年の汽車旅4-2 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅4-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2010-01-07

◆幸運を呼ぶ山陽新幹線乗り換え

DSC_0478a.JPG

ほどなくして、姫路8番のりばに加古川で乗り換えてもよかった普通電車播州赤穂行き(1号車クハ222-1004:弱冷車)が到着。12両編成中、9~12号車はここで切り離す。新快速からの乗り換え客が多く、隣の6番のりばに到着した次の新快速の乗り換え客を待ち、定刻より12分遅れの9時50分に発車した。

普通電車播州赤穂行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
相生1ク ハ222-1004弱冷車
 2モ ハ223-1006弱冷車
 3サ ハ223-1010なし
 4サ ハ223-1009なし
 5モ ハ223-1005なし
 6サ ハ223-1008なし
 7サ ハ223-1007なし
姫路8クモハ223-1004なし
 9ク ハ222-2098弱冷車、姫路止まり
 10モ ハ223-2189姫路止まり
 11サ ハ223-2212姫路止まり
 12クモハ223-2098姫路止まり

「普通電車三原行きに接続しますので、御安心ください」

車掌は相生の接続について説明する。本来、この電車は相生で普通電車上郡行きに接続をとるのだが、その予定はないらしい。



次は竜野

はりま勝原で少々下車客があり、網干で多く乗り込み、相生は本来2番のりばに到着するところ、1番のりばに変更され、10時09分に到着。隣りの3番のりばには、普通電車上郡行きが待っており、4両編成は席が埋まるほどの乗車率で、定刻より10分遅れで発車。3番のりばは貨物列車や特急〈スーパーはくと〉が通過するため、接続できないのは致し方なしと思っていたが、有年、上郡へ向かう方は運が良かった。

DSC_0484a.JPG

私は一旦下車し、キヨスクで昼食を購入。そのあと、ふと思いつき、『桃太郎電鉄』の急行カードという感覚でSuicaを使い、山陽新幹線〈こだま743号〉広島行き(6号車自由席122-5002:2列シート&2列シート)に乗り換える。

山陽新幹線100系〈こだま〉は、2011年以降、大きな変動があると予想されているが、元グリーン車の座席に身をゆだねる。禁煙車がほぼ満席のため、ガラガラの喫煙車で妥協したが、1区間しか乗らないのだし、新大阪寄りデッキ付近に坐っている人々は、煙草を吸わなかったので、ある程度、快適に過ごせた。「ある程度」なのは、客室の空気が少し淀んでいたからである。

〈こだま743号〉広島行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山1121-5002×自由席
 2126-3010自由席
 3125-3702自由席
 4126-3209指定席
 5125-3005自由席
相生6122-5002×自由席
全車2列シート&2列シート

DSC_0488a.JPG



3353742


11時01分、岡山21番のりばに到着。隣の23番のりばには500系の臨時〈のぞみ158号〉東京行き、向かいの22番のりばには700系試作車の臨時〈のぞみ153号〉博多行きが到着。この豪華ラインナップは本当に運がイイ。ちなみに700系試作車をナマで見るのは、2000年5月3日(水曜日・憲法記念日)以来となる。

◆糸崎の異変


DSC_0501a.JPG


山陽本線の普通電車三原行き(クハ115-3008:体質改善車、弱冷車)に乗り換え。岡山を11時25分に発車するもので、当初、相生で乗り換える予定だった普通電車三原行きの1本前になる。

普通電車三原行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
糸崎なしクハ115-3008体質改善車、弱冷車
 なしモハ114-3008体質改善車
 なしモハ115-3008体質改善車
岡山なしクハ115-3108体質改善車

岡山・広島地区は、2009年3月14日(土曜日)のダイヤ改正で、快速〈サンライナー〉〈シティライナー〉が大幅に減便されている。快速〈サンライナー〉〈シティライナー〉は乗車率がいいので、意外な気がしたが、後者は緩急接続がほとんどなく、先頭車の表示幕が白幕しか掲出しないので、わかりづらい面がある。

普通電車三原行きはガラガラで、11時25分に発車。進行方向右側の山陽新幹線は、700系が地平へ下りてゆく。それを見下ろすかのように〈ひかり552号〉レールスター新大阪行きとすれ違うが、進行方向左側の席に坐っていたため、気づくのが遅れて撮影できなかった。くやしい!!

DSC_0507a.JPG


国鉄色が連結されたエル特急〈やくも10号〉岡山行きにすれ違うと、「ピピピピピ」と乗務員室から警報が鳴り、ストップ。信号機は青だが、緊急停止の電波を受信した以上、安全の確認が取れるまで、動くわけにはいかない。

緊急停止の電波は、岡山から発したもので、さいわい、足止めを食らうことなく、11時40分に運転再開。8分遅れで運行する。

笠岡で遅れは4分に縮まる。かつては快速〈サンライナー〉福山行きワンマンカーの接続を取っていたが、それがなくなると、停車時間も短くなる。



次は糸崎

12時26分、福山4番のりばに到着。1分停車し、大量乗車が発生。東尾道を過ぎると、オーシャンショー。瀬戸内の海は、いつの日もまぶしく、電車は糸崎に到着した。

DSC_0512a.JPG


糸崎は長らく、ホームと電車の段差は激しかったが、ようやくかさ上げして解決。乗り降りしやすくなった。ここで普通電車岩国行き(クハ115-1140:体質改善車)に乗り換える。

普通電車岩国行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
海田市なしクハ115-1078体質改善車、弱冷車
 なしモハ114-1152体質改善車
 なしモハ115-1088体質改善車
糸崎なしクハ115-1140体質改善車

12時56分に発車。三原で大量乗車があり、早くも立客発生。都会ではない三原に似合わない光景だが、臨時快速〈ムーンライト九州〉が切り捨てられた影響はあるだろう。また、広島まで山陽新幹線を使わない利用客が多いのかもしれない。

DSC_0513a.JPG


本郷を発車すると、工事中の広島空港大橋が見える。1年ごとに見ているのだが、今回はまさかの立客発生で動けず、進行方向右側から、なんとか1枚撮影。完成まで、まだまだかかる模様である。

DSC_0515a.JPG


白市では、向かいのホームに115系3000番代の普通電車岩国行きが止まっているものの、いくら空席が多いからといって、乗り換える人はいない。都心とは違い数分おきに発車するわけではないからだ。

西条でも多く乗り込み、下り坂を黙々と走り、14時02分、海田市3番のりばに到着した。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅4」 



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2009年の汽車旅4-1 [汽車旅2009]

◆思えば、波乱の夏だったなぁー  

2009年8月13日(木曜日)22時45分頃、JR東日本東京へ。この年の8月は押尾学と酒井法子が世間を騒がせ、台風ではないのに豪雨が多く、灼熱の季節とは思えない冷ややかな天気だが、前日とこの日は快晴で、ようやく夏本番を迎えようとしているはず。  

DSC_0461a.JPG

10番線には、東海道本線の臨時快速〈ムーンライトながら〉大垣行き(6号車指定席モハ188-21)が入線。この日はオール189系で、これはオールリクライニングシートであることを意味する。指定席料金は510円で、これで簡易リクライニングシートに当たると、“不公平”な気分になるが、これなら“平等”だ。また、オール189系の臨時快速〈ムーンライトながら〉は、車体側面の車両番号をステンレスの切り文字から、赤いペンキかシールのいずれかに変更している。  

189系は30年以上経過しているベテランだが、まだまだ燃え尽きていない。JR東日本は首都圏でE231系やE233系を大量投入しており、“国鉄の顔”といえた103系は、2009年10月21日(水曜日)で勇退。103系はJR西日本とJR九州で、引き続き活躍する。  

一方、JR東日本に所属する国鉄特急形電車は、廃車があったものの、485系は東北地方を中心に現役バリバリ。ボロボロで“絶滅寸前”と思われた583系は見事によみがえった。183系、189系は当面、波動用として安泰のようだ。国鉄特急形電車は、意外にもJR世代の若者にも人気や関心があるようで、2009年12月15・16日(土・日曜日)に183系1000番代を使った、臨時特急〈懐かしの特急とき〉(団体運行扱い)を運行した。今後も数年に1度の割合で、運行されるのではないだろうか?

JR東日本に所属する国鉄特急形電車の今後は、蒸気機関車とともに、“天然記念物”のようになるのかもしれない。この状況だと、253系を使った臨時快速〈ムーンライトながら〉は、運行されないのかもしれない(253系200番代以外は、リクライニングシートにチェンジしなければならないだろう)。  


臨時快速〈ムーンライトながら〉大垣行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
大垣1クハ189-11指定席
 2モハ188-41指定席
 3モハ189-41指定席
 4モハ188-38指定席
 5モハ189-38指定席
 6モハ188-21指定席
 7モハ189-21指定席
 8モハ188-19指定席
 9モハ189-19指定席
東京10クハ189-509指定席、デラックス車

遅れている中央線(東京―神田間は東北本線、代々木―新宿間は山手線、神田―代々木間と新宿以西は中央本線を走る)の接続待ちで、定刻より2分遅れの23時12分に発車した。

◆早くも沼津で下車客発生!!  

DSC_0462(熱海)a.JPG

日付は2009年8月14日(金曜日)に変わり、0時49分、熱海2番線に到着。しかし、ドアは開かず、運転停車である。定期運行の撤退により、通過扱いになったのである。  

ここからJR東海に入り、0時52分に発車。1時07分、沼津に到着するが、ここで早くも下車客が発生する。若者ばかりで、1か月前から首都圏へ遊びに行くスケジュールをたてていたようである。  

沼津を発車するが、意外にも空席がある。乗車日当日の払い戻しがあった可能性はあるが、夜行列車の衰退を物語る光景である。青春18きっぷシーズンで、空席があるのはまずい。  

DSC_0464(大垣)a.JPG

気がついたら名古屋に到着する頃で、天気は快晴。“巻き返しの夏”といえる空模様で、5時55分、終点大垣1番線に到着。隣りの2番線へまわり、普通電車(京都―西明石間は快速)姫路行き(1号車クハ222-2054:弱冷車)に乗り換え。6時00分発なのに早々と発車ベルがなり、あわてる人がいたものの、それは別のホームから5時56分に発車する区間快速浜松行きで、「余命」という言葉が使える展開になった117系8両編成である。  

DSC_0465(次は垂井)a.JPG

普通電車(京都―西明石間は快速)姫路行きは定刻どおり、6時00分に発車。223系2000番代乗務員室の乗降用ドア開閉スイッチに扉閉予告チャイム、半自動ドア放送の停止ボタン、補助シートの許可ボタンを見つける。乗務員室では「補助椅子」と表示しているが、車掌はいつも「補助シート」と案内している。

扉閉予告チャイムがあるのは、223系1000番代はデビュー当初、ドアを開ける際のチャイムがなく、閉めるときしか鳴らなかったので、その名残なのだろうか? ちなみに223系1000番代は、のちに開ける際にもドアチャイムが鳴るように改良されている。また、JR西日本のポリシーなのか、すべての223系に限ったことではないと思うが、半自動ドアの開閉時はドアチャイムが省略されており、車内環境を優先しているようだ。

普通電車(京都―西明石間は快速)
姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
米原1ク ハ222-2054弱冷車
 2モ ハ223-2150なし
 3サ ハ223-2127なし
大垣4クモハ223-2054なし
米原で5~12号車を増結

参考までにJR東日本は、半自動ドア実施時でもドアチャイムが鳴るものの、「開」のボタンを押すと、すぐに開く車両、鳴り終わったら開く車両の2通りあり、後者はストレスがたまる。  

DSC_0467(柏原)a.JPG

柏原で313系5000番代の新快速豊橋行きとすれ違い、発車すると、下り坂をジェットコースターのように駆け下りる。すでに滋賀県に入っており、JR東海在来線エリアは「中部地方」、JR西日本エリアは「関西地方」という感覚だろう。ちなみに滋賀県は関西地方である。

「次は終点、米原。失礼いたしました、米原です」  

車掌は普通電車米原行きとカン違いした。どおりで醒ケ井到着時に米原到着時は「自動でドアは開きません」と案内したわけだ。JR東海は半自動ドア扱いができる車両が少ないから、致し方ないのかもしれない。

「223、前面展望見やすいね」

「そうね」  

彼女は高い評価をすると、彼氏はそっけなく返す。もしかすると、レールファンのカップルかもしれないが、彼女は“レールファン歴”が浅いのかもしれない。

「E231見にくいね」  

彼女はJR東日本E231系近郊形タイプに辛口の評価。ちなみにE231系通勤形タイプは見やすい。 JR西日本オリジナルの近郊形電車、221系と、すべての223系は前面展望がしやすく、利用客に好評を得ている車両といえる。しかし、2010年5月頃にデビューするといわれている225系のマスクは、福知山線脱線事故の教訓から、衝撃吸収構造を採用しているため、前面展望しにくい車両になるようだ。  

醒ケ井―米原間で、117系の新快速岡崎行きとすれ違う。JR東海の117系でも新快速運用が健在なのは意外だったが、撮ることができなかった。残念。  

米原2番のりば進入時に、ミュージックホーンとタイフォンの両方を鳴らし、6時33分に到着。ここで5~12号車を増結するため、ホームの前寄りに停まり、向かいの3番のりばには、JR西日本の新快速姫路行き(1号車クハ222-2081:弱冷車。大阪から女性運転士が乗務)が待っており、乗換え。ガラガラだった車内は一気に変わり、立客が発生した。  

さて、2010年3月12日(金曜日)まで、大垣6時00分発の普通電車(平日は京都―西明石間、土休は高槻―西明石間、快速)姫路行きから新快速(平日は姫路行き、土休は姫路方面播州赤穂行き)に乗り換える場合、平日は5~8号車、土休は1~3・7・8号車がオススメである。また、接続する新快速は、いずれも1・9号車にトイレがあるので、それも狙い目だろう。

◆悔しいダイヤ乱れ  

新快速姫路行きは転換クロスシートの奪取に成功し、6時38分に発車。先ほど乗車した普通電車(京都―西明石間は快速)姫路行きの弱冷車は、ひんやりしていたが、新快速姫路行きは少々蒸し暑い。  

近江八幡で、223系2000番代の普通電車(京都―西明石間は快速)姫路行きに接続し、野洲では221系の普通電車長浜行きに遭遇する。221系の長浜運用は、新快速の定期運用から外れても健在だった。  

DSC_0469a.JPG

弱冷車はひんやりしてきたが、雲行きが怪しい。青空の中に雨雲のような黒いヤツがあり、雨が降る予兆なのだろうか?  

7時13分、草津3番のりばに到着し、向かいの4番のりばのは、223系1000・2000番代の普通電車(京都から快速)大阪行きが停まっているものの、接続はとらず、先に発車されてしまう。普通電車(京都から快速)大阪行きは定刻より1分ほど遅れていたためだ。ちなみに、普通電車(京都から快速)大阪行きの1~8号車は223系1000番代、9~12号車は223系2000番代だが、2006年10月21日(土曜日)以降、12両編成の組み合わせは、4+8から、8+4が多くなっている。

ここでアクシデントが発生。乗車している新快速姫路行きは、1号車のトイレが小用しか使えず、大きいほうはダメとのこと。どうやらトイレが部分故障してしまったらしい。

7時26分に大津を発車してからは、西明石まで寝たり起きたりの繰り返し。臨時快速〈ムーンライトながら〉大垣行きで、寝不足になっていたのが影響している。そのおかげで、大阪府吹田市の一角に鎮座している0系先頭車の御尊顔を遠くから拝することができなかった。また、千里丘―吹田間は、吹田操車場が存在していた影響からか、進行方向右側にはJR貨物の線路がたくさんある。個人的に好きな車窓の1つだから、見られなかったのは不覚だ。

大阪で女性運転士に交代。近年、JR西日本に限ったことでもないが、女性運転士が増えており、JR東海では東海道新幹線の女性運転士がいる。私は女性の職域拡大が、レールファンの底辺拡大につながっていると思っている。

神戸から山陽本線に入った新快速姫路行きは、まもなく西明石に到着しようというとき、完全に目覚める。しかし、停止信号で止まっている。車掌によると、大久保―魚住間の踏切で、非常警報装置が作動したためだという。

ようやく、信号が青に変わり、西明石へ。進行方向左側では、223系1000・2000番代の普通電車姫路方面播州赤穂行きが発車した。草津から続いた複々線は、西明石で終了し、複線に戻るため、ここから先がやっかいである。

新快速姫路行きは定刻より、4分遅れの9時03分に発車。大幅に速度を落として運転し、速くても60㎞/hが精一杯。渦中の踏切ではJR西日本のクルマが止まっていたが、乗務員室の無線によると、遮断棒が折れたらしい。そのため、折れた遮断棒を復旧させ、運転再開にこぎつけたのであろう。

土山のホームは、兵庫県明石市と加古郡播磨町にまたがっており、通過すると、90㎞/hまで回復するものの、加古川1番のりばの到着は、定刻より15分遅れの9時26分に到着。案の定、向かいの2番のりばには、西明石を先に発車した普通電車姫路方面播州赤穂行きが停まっており、接続をとる。

定刻より17分遅れの9時28分に発車。先ほどの徐行運転とは、うって変わっての大激走!! 130㎞/h運転で曇天を吹き飛ばす。しかし、ひめじ別所で60㎞/hに大幅ダウン!! 御着通過時には90㎞/hまであがるものの、速度をあげても定刻に回復することはない。

DSC_0477(姫路)a.JPG

9時39分、定刻より15分遅れで終点姫路7番のりばに到着した。この電車は折り返し、普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面野洲行きになるが、転換クロスシートが逆向きのまま、早々に発車。そのため、9~12号車の車番がチェックできず、悔しい。踏切の遮断棒を切断させたトラック運転士をうらむ(あの踏切は、4トントラックが通れないほど幅員が狭いので、軽トラックがやっちまったのだろうか?)。

新快速姫路行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
姫路1ク ハ222-2081弱冷車
 2モ ハ223-2037弱冷車
 3サ ハ223-2184なし
 4サ ハ223-2183なし
 5モ ハ223-2171なし
 6サ ハ223-2182なし
 7サ ハ223-2181なし
 8クモハ223-2081なし
 9ク ハ222-弱冷車
 10モ ハ22?-なし
 11サ ハ223-なし
米原12クモハ223-なし
終点姫路到着後、すぐに普通電車(西明石―高槻間は快速)京都方面野洲行きとして折り返したため、9~12号車の車番は不明。

★お知らせ

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2009年の汽車旅3-最終回 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅3-1~4
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-28

・2009年の汽車旅3-5
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-29
◆『ぷらっとこだま』でのんびり帰京

時刻は正午となり、新大阪で昼食をとる。大盛りのざるうどんを注文。どこの店もそうだけど、大盛りのワリには量が少なめだが、うどんにコシがある。

JR東海の東海道新幹線へ。使用するきっぷは、エクスプレス改札機に対応できないので、有人改札へ。JR東海は昔から杓子定規な印象があり、ソフトなJR西日本とは対照的だが、応対した駅員はにこやかで、乗車する電車のホームを案内して、キメ細かい。エクスプレス改札機にそういうサービスがなく、人の温かみを感じる。

エスカレーターを上って、25・26番線へ。25番線にはJR西日本300系3000番代の〈ひかり472号〉東京行き、隣りの23番線には同じく、臨時〈のぞみ348号〉東京行きが発車を待っている。300系3000番代は、まだ乗ったことがなく、シートモケットしか独自色を出していないが、後輩にあたる500系の一部は、すでに8両編成化改造を受けており、余剰になった中間車は廃車されている。つまり、500系のほとんどは7000番代に改造した上で、〈こだま〉で余生を送ることが確定しているが、動向が発表されていない300系3000番代はどうなるか?

3353741

〈ひかり472号〉東京行き発車後、新神戸方から〈こだま658号〉東京行き(8号車グリーン車718-16)が入線。N700系の量産と300系の廃車により、2008年から700系〈こだま〉が本格化した。、

DSC_0352a.JPG

帰京は700系〈こだま〉を選び、2003年8月17日(日曜日)以来、6年ぶり3回目となる『ぷらっとこだま』を利用。数日前に東京駅のJR東海ツアーズで申し込んだ。当初は新大阪15時50分発の〈こだま670号〉東京行きにするつもりでいたが、満席。『ぷらっとこだま』は思った以上に浸透しているようだ。このため、カウンターで少々悩んだ末、700系〈こだま〉の信念を曲げないことにした。それに原稿を受注しているため、早く帰宅して、締切日までに入稿しなければならないこともある。

『ぷらっとこだま』は制約があるものの、新大阪-東京間はグリーン車に乗っても、自由席利用より安いし、ワンドリンクサービスなのだから、乗りドク感がある。当然のことながら、時間はかかるが、『ぷらっとこだま』はグリーン車利用を原則としている。なぜならば、グリーン車に長ーくいたいからだ。田舎者イコール貧乏性ゆえからであろうか。

DSC_0361a.JPG

 

次は京都①



次は京都②

12時50分に発車。当たり前のことだが、在来線より速くめまぐるしい。早々と大阪高速鉄道大阪モノレール線をくぐり、進行方向左側には、鳥飼車両基地が見える。東海道新幹線の名車窓の1つで、本線上から新幹線の車両基地が見えるのは、ここと博多南線博多南駅だけである。ただし、博多南線の場合は在来線扱いなので、語弊を招くかもしれない。

〈こだま658号〉東京行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
東京16724-16×指定席
 15727-516×自由席
 14726-216自由席
 13725-516自由席
 12725-616指定席
 11726-716指定席
 10717-16×グリーン車
 9719-16グリーン車
 8718-16グリーン車
 7727-416自由席
 6726-16自由席
 5725-316自由席
 4725-16自由席
 3726-516×自由席
 2727-16自由席
新大阪1723-16自由席

博多南線を説明すると、山陽新幹線博多-博多総合車両所間の回送線を平成2年(1990年)4月1日(日曜日)に旅客路線化したもので、新幹線自由席特急料金を適用すると割高感を利用客に与えるため、在来線特急として、100円の自由席特急料金を払えば乗車可能となっている。ちなみに路線はJR西日本の管轄だが、博多南はJR九州が委託業務を行なっている。また、車内は喫煙ルームを含め、全車禁煙となっている。

気になるのは、2011年春の予定で九州新幹線鹿児島ルートが全通すると、博多南線を通るため、「在来線」から「新幹線」に昇格するのか、あるいは現状維持となるのかだ。博多南から熊本方面へ行きたい利用客もいるだろうが、おそらく、博多南-博多間の重複乗車を認めるかたちで、博多乗換えになるだろう。なぜならば、九州新幹線全通時、駅名に「博多南」がないからである。

◆名古屋の停車時間に疑問

DSC_0364(京都)a.JPG

新大阪を発車して、わずか14分後の13時04分、京都11番線に到着。停車中の車窓を見ると、工事中。ビルを建てているのだろうか?

京都-米原間は、新幹線のスピード試験に使われているが、2009年11月16日(月曜日)、N700系Z0編成を使い、下り線で330㎞/h運転を実施。これは、名古屋市のホテルで開催された、高速鉄道シンポジウムのプログラムの一環として行なわれたもので、将来はN700系〈のぞみ〉で実施することを視野に入れているようだ。

DSC_0366(米原)a.JPG

13時25分、米原12番線に到着。一瞬、目を疑ったが、東海道新幹線上りホームは、12・13番線の1面2線になっていることを初めて知った。下りホームは11番線しかなく、そのあいだには、下り上りとも通過線がある。おそらく、13番線は関ケ原の雪に備えて、設けているのかもしれない。

過去に『ぷらっとこだま』を利用しておきながら、米原13番線の存在に気づかなかったのは、100系に乗っていたためである。2階建てグリーン車の進行方向右側の席に坐り、100系を思う存分満喫し、夢中になっていた。そのため、トイレ以外はほとんど坐っていた。

DSC_0367a.JPG

さて、米原は安全柵がなく、撮影場所が限定されないメリットがある。それだけ乗降客数が都市の駅に比べて、少ないという表れなのかもしれない。

新幹線の柵は国鉄時代から存在しており、新横浜や熱海などは、元祖可動式ホーム柵が設置されている。これは停車する新幹線が到着すると、ゲートが開き、新幹線が動くと閉まる仕組みだ。なぜならば、元祖可動式ホーム柵と車両のあいだにゆとりがあるためである。これならば、身を乗り出さない限り、通過する新幹線を撮影することができる。ちなみに一部の路線や鉄道会社で採用している可動式ホーム柵は、ホームの端に設置しているため、ドアの開閉がほぼ同時である。

米原は3分の停車だが、通過待ちはなく、13時28分に発車。米原の山にトトロがいるというので、進行方向右側に注目するが、腰をあげるのが遅く、見つけることができなかった。そして、岐阜県に入ると、急に天気が悪くなり、雨に追いついてしまった。この先、こういう状態なのだろうか?

DSC_0378a.JPG

13時41分、岐阜羽島1番線に到着。この駅は下り2・3番線、上り0・1番線である。ホームは2面6線だが、普段は1・2番線しか使われていないようだ。


 

まもなく名古屋①
足元にご注意ください
左側ドアきます



まもなく名古屋②
足元にご注意ください
左側ドアきます

N700系の〈のぞみ22号〉東京行きを先に通し、13時44分に発車。雨は激しくなり、東海道本線に合流。313系5000番代の快速豊橋行きを抜いたが、ブレーキをかけると、今度は抜き返されてしまい、このまま名古屋15番線へ。

DSC_0391a.JPG

名古屋は2分停車だが、ホームの行先案内板を見ると、首をかしげる。

それは乗車している〈こだま658号〉東京行きは、13時58分に発車するが、その2分後、14番線から700系の〈のぞみ230号〉東京行きが発車するのである。なぜ、〈こだま658号〉東京行きと〈のぞみ230号〉東京行きは、接続をとらないのだろうか? ここで接続すれば、利便性が大幅に向上するのに、もったいないダイヤだ。松本清張じゃないけど、“〈こだま〉は点、〈のぞみ〉は線”という位置づけなのだろう。〈ひかり〉はどちらにも当てはまる。

山陽新幹線は岡山や広島などで、〈こだま〉と〈ひかり〉または〈のぞみ〉の接続が行なわれており、利便性が高いように思えるダイヤとなっている。しかし、〈こだま〉は新大阪-広島間、岡山-博多間の区間運行が多く、岡山または広島で、別の〈こだま〉や山陽新幹線内各駅停車の〈ひかり〉へ乗り換えるのに、時間がかかり過ぎる難点がある。いずれもホームが2面4線しかないからであろう。


◆居心地がいい700系グリーン車

13時58分に名古屋を発車すると、雨を抜け出し、やがて、それが降った痕跡(こんせき)がない状況となる。しかし、天気は晴れない。

DSC_0393(三河安城)a.JPG

14時08分、三河安城に到着。3分停車し、〈のぞみ230号〉東京行きに抜かれる。電車を降りてホームの窓越しから、東海道本線側の駅舎を見るが、かなり離れており、まるで高松琴平電気鉄道瓦町のようだ。

三河安城の不思議なところは、〈こだま〉のみ停車する東海道新幹線の駅なのに、東海道本線は普通電車しか停まらないことである。ちなみに山陽新幹線西明石と相生は、〈こだま〉と一部の〈ひかり〉が停まるが、山陽本線の特急〈はまかぜ〉〈スーパーはくと〉は通過する(注、特急〈はまかぜ〉は姫路で進行方向を変えて、播但線に入るため、相生は通らない。また、西明石は始発の〈のぞみ100号〉東京行きがあるものの、それ以外の〈のぞみ〉は通過する)。

DSC_0353a.JPG

さて、700系グリーン車は、居心地がいい。100系の2階席に比べると、眺望は劣るが、静かだし、セミアクティブサスペンションなので、不快な揺れがない。それもそのはずで、グリーン車には、乗り心地を向上させるセミアクティブサスペンションが搭載されているからである。ほかに先頭車、パンタグラフのある車両にも搭載されている(これはすべての700系に共通している)。 

300系のグリーン車は、ひじかけにしかテーブルがなく、物足りなかったが、700系は100系に原点回帰するかの如く、背面にもついている。坐り心地は文句を言う必要はないだろう。

DSC_0356(次は京都)a.JPG

700系は普通車だと、コンビニエンスストアにいるかのような「明るさ」、グリーン車は電球色を使うことによって、優雅な気分にさせてくれる「落ち着き」と「高級感」をテーマにしている雰囲気があり、照明にも差をつけている。

それに引き換え、300系は走行音がやかましいし、坐っても不快な揺れを感じたことがある。また、徹底的な軽量化を追求したため、座席が安っぽい印象を受ける。

私が初めて300系を利用したのは、〈のぞみ〉で、この当時、すでに700系の増備が進んでいる頃だった。私は“300系初乗車は〈のぞみ〉”と決めていたというか、こだわっていた。それだけに楽しみだったが、あまりの“駄作”にガッカリした。

14時27分、豊橋12番線に到着。ここでN700系の〈のぞみ124号〉東京行きの通過待ちを行なう。

DSC_0405a.JPG

電車を降りると、“上から目線”の新幹線では珍しい地平ホームとあって、在来線と同じ目線だ。また、豊橋は下り13番線、上り11・12番線という変則的な配置となっている。11番線は普段、使わない模様。ダイヤを工夫すれば、〈こだま658号〉東京行きを11番線に停めて、700系の〈ひかり518号〉東京行きを12番線に停めれば、接続ができるので、利便性が高いように思う。ただし、〈こだま658号〉東京行きは14時32分発、〈ひかり518号〉東京行きは14時43分発なので、“通常ダイヤで10分以上の停車はムリ”とJR東海が判断しているのだろうか?

◆車販は1人で切り盛り

DSC_0409(次は浜松)a.JPG



次は浜松

14時32分に豊橋を発車すると、静岡県に入り、進行方向左側に浜名湖が見える。東海道新幹線は浜名湖の上を走っており、絶景車窓だ。進行方向右側には東海道本線があり、そちらも浜名湖の上を走っているが、車窓は東海道新幹線にさえぎられている。

浜松到着目前、進行方向左側には浜松工場の分岐線を発見。分岐線は浜松工場へ行くもので、毎年夏には『新幹線なるほど発見デー』が開催されている。

14時48分に浜松を発車すると、静岡まで眠ってしまった。一夜の睡眠だけでは解消されない疲労の蓄積もあるだろうが、700系グリーン車の乗り心地のよさ、座席の坐り心地のよさもあるのだろう。

DSC_0411a.JPG


15時18分に静岡を発車すると、またもや激しい雨に追いついてしまった。新富士に到着するため、スピードを落とすと、雨は滝のように流れ落ちる。

新富士到着直前、車販が通ってきたので、アイスコーヒーを購入。『ぷらっとこだま』のドリンク引換券を使ったのでタダだが、ひとくち飲むと、目が覚める。ちなみにアイスコーヒーは1杯310円である。

DSC_0413a(IMG).JPG

車販は男性1人がワゴンで何往復もしている。〈ひかり〉〈のぞみ〉は2人以上だから、短距離乗車が多い〈こだま〉は1人で充分らしい。アイスコーヒーには『2009年 夏 新幹線乗車記念カード』が添えられ、いい記念になる。乗車日は乗客の任意になっており、車販の人は日付を記入するほどの余裕がないようだ。



ただいま新富士①



ただいま新富士②



※ただいま新富士③



次は三島

新富士では〈ひかり518号〉東京行き、〈のぞみ24号〉東京行き(いずれも700系)の通過待ちをして、15時35分に発車。〈こだま658号〉東京行きは、雨の中を激走する。

三島は東海道新幹線初の追加駅で、昭和44年(1965年)4月25日(金曜日)に開設。ホームは内側、通過線は外側という変則的な構造である。5番線の隣りには三島車両所があり、検査が行なわれている。また、東京-三島間の〈こだま〉が設定されており、新幹線通勤対策として、平日にのみ、すべての普通車を自由席にしていることが多い。

DSC_0423a.JPG


向かいの5番線には300系の〈ひかり477号〉岡山行きが到着。撮影する側としては、安全柵はやっかいな存在だ。また、安全柵の設置により、 ホームは殺気立ったものに変わってしまい、“ピリピリムード”という空気を感じる。また、安全柵より可動式ホーム柵を設置したほうが安全性は高まるものの、費用の問題や“元祖タイプ”だとホーム幅を狭めることになるのだろう。本気で可動式ホーム柵を設置するのであれば、ATO運転にしなければならないだろう。

デッキで撮影したら、不意打ちを食らう。300系の臨時〈のぞみ358号〉東京行きに抜かれたが、車内はかなりの衝撃を受け、揺れる。ホームと通過線の間隔が狭いのだ。

DSC_0428a.JPG


進行方向左側には人気ホテル、東横インを建設中で、2009年12月31日(木曜日・大晦日)にホームページで確認したところ、「三島駅北口」として、11月20日(金曜日)にオープンした。部屋によっては、東海道新幹線を眺めることができるため、レールファンが大望遠レンズを持ち込んで、撮影したいところであろう。

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熱海はホームの係員がいろいろと操作するものの、車両が機密構造であるせいか、発車ベルが聞こえない。 

◆夕刻の帰京

16時06分、小田原14番線に到着。ホームは2面4線で、下りは13番線である。新幹線の駅は11番線から番号を振るところもあるが、13番線から始まるのは珍しい。これは小田原を通る鉄道事業者が4つあるためで、1・2番線は伊豆箱根鉄道大雄山線、3~6番線はJR東日本東海道本線、7・11番線は箱根登山鉄道の鉄道線、8~10番線は小田急電鉄小田原線になっているからである。なお、12番線は存在しない。

300系の〈ひかり474号〉東京行きの通過待ちをして、16時11分に発車。また激しい雨に追いついてしまう。関東地方はすでに梅雨明けしているのにねぇー。どうしたことか?

熱海、小田原で意外と乗ってきたが、乗車している8号車は思った以上にガラガラ。向かい合わせにして、足を投げ出し、リクライニングを深々と倒して寝る人がいる。車掌は黙認しており、ここから先は急激に乗り込むこともないだろう。

使い道が様々なのかもしれない『ぷらっとこだま』だが、〈こだま〉は急ぐ必要がないので、寝不足の解消にはピッタリだろう。

またしても雨を脱出し、横浜市は穏やかな曇り空となり、16時27分、新横浜2番線に到着。以前、〈こだま〉は外側の1・4番線に停まるのが世の常だったが、現在は場所を選ばなくなった。

新横浜-東京間は、すべての〈ひかり〉〈こだま〉〈のぞみ〉が停まるので、スピードを出す必要性はなく、都心の光景を見て、ゴールが近づいたことを実感する。東京急行電鉄大井町線、JR東日本山手線、東京臨海高速鉄道臨海副都心線をまたぐ。

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品川を発車すると、田町車両センターに特急〈成田エクスプレス〉の2代目車両、E259系を発見。2009年10月1日(木曜日)にデビューし、2010年は鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞することができるかどうか?

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浜松町を過ぎると、“上から目線高架”となり、東海道本線を走る特急〈スーパービュー踊り子8号〉東京行きが“冷やかし”をかけるが、〈こだま658号〉東京行きは振り切り、16時47分、終点東京17番線に到着した(特急〈スーパービュー踊り子8号〉も終点東京は、16時47分の到着である)。

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〈こだま658号〉は折り返し、17時03分発の〈ひかり481号〉岡山行きになるが、自由席のりばは長蛇の列なのに対し、向かいの16番線から17時00分に発車するN700系の〈のぞみ241号〉新大阪行きは、意外とガラガラだった。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅3」



東横インホームページ 

③700系新幹線電車については、デアゴスティーニ・ジャパン刊行、『週刊鉄道データファイル297号』の3~6ページを御覧ください。くわしくは、こちらへどうぞ

岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅5-3(東海道新幹線100系フォーエヴァー②前編)」

岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅5-最終回(東海道新幹線100系フォーエヴァー②後編)」

岸田法眼のRailway Blog.「2003年の汽車旅6-最終回」 

岸田法眼のRailway Blog.「JR東日本E259系開幕戦」 

★お知らせ

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★年末ご挨拶

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本年もRailway Blogを御覧いただき、まことにありがとうございました。

2009年は年間の観客動員数が初めて、100萬人を突破しました。また、12月30日(水曜日)は観客動員数205萬人を突破。本日のso-net blogの総合順位は78位という、過去最高を記録しています。

2010年はどんな年になるかわかりませんが、Railway Blogのほうは進行が大幅に遅れており、「2009年の汽車旅3」シリーズが本日で最終回を迎えました。しかし、「2009年の汽車旅4~6」シリーズが残っており、時間のあるときに書き上げていきたいと思います。

2010年もRailway Blogをよろしくお願いいたします。

さすらいのライター、岸田法眼

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2009年の汽車旅3-5 [汽車旅2009]

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・「2009年の汽車旅1~4」は、こちらへどうぞ

◆東海道本線支線の下を御堂筋線が走る

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2009年8月2日(日曜日)、7時30分に起床。宿で朝食を食べたあと、部屋のベランダで、東海道本線の電車を撮りまくる。さいわいと言うより、運がイイと思うが、東海道本線が間近で見えるのである。そのため、窓は北海道の住宅などと同じ二重窓になっていた。ちなみに大阪国際空港(通称、「伊丹空港」)へ離着陸するヒコーキを撮ることもできる。

9時10分過ぎに宿を出て、大阪市交通局(大阪市営地下鉄)御堂筋線新大阪駅(M13)へ。雨はやんでいたものの、曇り空。気温は24℃で、少々蒸し暑い。

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ホームへあがると、1番線に10A系の天王寺行きが入線した。10系第23編成は10A系第1号で、ロゴマークと前頭部の車番の下にアクセントをつけて、容易に識別できる。とりあえず、初乗り乗車券を購入しているので、どこで下車するかは決めていないが、10A系の天王寺行きを見送る。

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そのあと、北大阪急行電鉄(通称、「北急」)8000系の、なかもず行きが到着するが、こちらも見送り。2番線に10A系の千里中央行きが到着するものの、これも見送る。どこへ行くのか決めていないことや、“できればアレに乗りたいなぁー”という願望があって、数々の電車を見送ったが、1番線に、なかもず行きが到着。残り少なくなった10系オリジナル車なので、乗ることに決め、9時33分に発車する(1号車1822に乗車)。

始発電車ではないので、坐れないのは仕方ないけど、せっかく10系オリジナル車の、なかもず行きに乗ったのだから、久しぶりに終点まで乗ってみよう。


 

次は中津(M15)

西中島南方(M14)を発車すると、淀川を渡り、電気笛を数回鳴らし、地下へもぐる。何度も御堂筋線を利用しておきながら、地上出入口の上にJR貨物東海道本線支線(通称、「梅田貨物線」)があるのを初めて知った。ちなみに梅田貨物線は、吹田信号所-大阪貨物ターミナル間をさす。

なかもず行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
なかもず11822なし
 21522なし
 31422なし
 41722なし
 51622なし
 61222女性専用車両、夢塗装車
 71322なし
 81922なし
 91022なし
新大阪101122なし
女性専用車両は平日終日

話は脱線するが、梅田貨物線新大阪-福島間の旅客輸送は、昭和63年(1988年)4月24日(日曜日)に新大阪-奈良間を結ぶ臨時快速〈シルクロード号〉(103系で運行)が始まりである(ただし、福島は通過)。これは、その年の10月23日(日曜日)まで開催された、なら・シルクロード博覧会のアクセス輸送として、新大阪-奈良間を48分で結んだ。運行に先立ち、西九条構内の分岐機を増設している。ちなみに臨時快速〈シルクロード号〉の運行が決まった当初、梅田貨物線沿線住民は、運行本数の大幅増加に伴う騒音問題、踏切で開通待ちによる渋滞が発生すると懸念されたため、反対意見が多かったという。

その後はエル特急〈くろしお〉、特急〈スーパーくろしお〉〈オーシャンアロー〉、関空特急〈はるか〉、臨時特急〈ユニバーサルエクスプレス〉、朝夜のみ運行であるが、紀勢本線直通の快速にも、このルートが使われている。これは大阪で、東海道本線から大阪環状線へつなぐ線路がないためである。

話を軌道修正し、地下へ入り、一気に下ってゆく。まるで、航空機の着陸態勢を彷彿させるような感じだが、キメの電気笛を鳴らして、中津(M15)に到着。向かいのホームで電気笛が聞こえると、10系第4編成の千里中央行きが到着した。車体の汚れがひどく、洗車してほしいところ。10系第4編成は、リニューアルせず廃車になるといわれており、冷遇にされているのだろうか?

梅田(M16)でドーッと乗り込み、次の淀屋橋(M17)までカーブが多く、電気笛を3回以上鳴らす。駅の到着や発車のほか、カーブの通過時でも鳴らすようだ。鉄道とは関係ない話かもしれないが、一般道路でも山道のカーブにさしかかろうとすると、警笛を鳴らすことを指示する標識がある。

本町(M18)、心斎橋(M19)で降りる乗客が多く、なんば(M20)で1号車はガラ空きに近い状況となる。御堂筋線は梅田(M16)-なんば(M20)間の乗車率は高いものの、阪神電気鉄道阪神なんば線が好調と伝えられている。御堂筋線はどのくらい減少したのかは明らかになっていないが、梅田(M16)は他社線からの乗り換え客が集結するので、急激に減っているわけではなさそうだ。

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大国町(M21)は四つ橋線(Y16)乗換駅だが、不思議なことに天王寺(M23)寄りの停止位置は、後者のほうが先にある。2番線には四つ橋線住之江公園行きが停まっているが、23系の冷房装置はトンネル上部スレスレだ。ちなみに大阪市営地下鉄は2代目20系で、冷房装置を10系第1~16編成よりも薄くすることができた。このため、10系後期増備車(第17~26編成)と1900形全車、新20系シリーズでは、薄型冷房機を搭載し、大阪市営地下鉄全線において、車両の冷房化を促進した。

なお、10系第1~3編成は、平成7・8年(1995・1996年)、10両編成化に伴う増結車確保のため、編成分解されており、先頭車4両が廃車にされる憂き目にあっている。1700形は、なかもず延伸時に新製してほしかった。

大阪市営地下鉄は、警笛をよく鳴らす特徴かつ、魅力があるものの、容赦ない廃車が行なわれる欠点もある。先述のほかに、新20系シリーズの投入で、ベテランの鋼製車を置き換えるまではよかったが、その後は老朽化に差し掛かっていない30系を大量廃車させている。30系は20年近く増備されたため、初期の車両は“冷房装置を搭載するには遅い”とみなされても致し方ないが、新製からわずか9年で廃車になる憂き目を味わったものがあり、JR東日本209系のほうがまだマシなのかもしれない。

◆やがて消えるシンボル

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なかもず行きは動物園前(M22)に到着。柱に表示している「(新世界)」が気になる。もしかして、サブ駅名なのか? ちなみに大阪市営地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘(T26)はかつて、「四天王寺前(夕陽ヶ丘)」と名乗っており、「夕陽ヶ丘」はサブ駅名だった。

天王寺(M23)を発車すると、右へ曲がり続け、「プワーン」「プワーン」と電気笛を鳴らしてゆく。かつて、天王寺(M23)-昭和町(M24)間は地上区間で、開削工法で工事をしたのが、“フタ”をするのに手間取ったようで、営業運転を優先させ、昭和26年(1951年)12月20日(木曜日)に延伸した(当時は「御堂筋線」という名がつけられていなかった)。大阪市営地下鉄最初の地上営業区間だが、地下にすることを前提に建設しているため、窓から顔を出して、上空を見ない限り、車窓は眺められなかったようだ(実際にやった人はいないだろう)。

やがて、この区間は完全地下化されるわけだが、一部のトンネル用蛍光灯は、側面ではなく、上部に設置しているところがある。地下鉄の車窓は地上しか味わえないが、乗務員室のうしろにへばりつくと、いろいろな発見ができそうだ。

カーブを曲がり終えると、直線で、アップダウンはあるものの、駆け抜けて昭和町(M24)へ。ここで10系第21編成とすれ違う。この10系第21編成は、2009年度中に10A系化改造を受けることはなく、2010年度に持ち越される見込みである。



ただいま西田辺(M25)
(2004年8月に撮影)

西田辺(M25)は逸見政孝さん生誕の地の最寄り駅で、過去2回下車したことがある。私にとって、逸見政孝さんは、今でも好感度芸能人№1で、なおかつ、1番好感が持てる関西人だ。48歳でどこかへ行ってしまったのが、今でも残念というより、悔しい。この世の残酷さをうらんでも、うらみきれないほど、悔しいのだ。

 

まもなく長居(M26)
足元にご注意ください
左側ドアきます

10系は第3軌条初の冷房車という、由緒ある車両だが、側扉がバタバタする欠点があり、リニューアル車や10A系でも改善されていない。

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あびこ(M27)はかつての終着駅で、その先に車止めはなく、我孫子検車場へつながっていた。しかし、工場施設を併設していた我孫子検車場が手狭になったため、なかもず延伸前に閉鎖され、中百舌鳥検車場へ完全移転(駅名はひらがな、検車場は漢字なのが面白い)。工場施設は四つ橋線の緑木検車場が受け持つことになり、こちらも移転している。また、中央線と千日前線の車両基地、森之宮検車場の工場施設は老朽化により、閉鎖の意向を示しており、将来は緑木検車場に一元化する予定である。そのため、四つ橋線と中央線を結ぶトンネルを作るという。

さて、我孫子検車場の今は、浅香中央公園という、憩いの場へ変わっている。

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ここには我孫子検車場の名残があり、最後に去った車両は30系第11編成で、「3011」のナンバープレートと車輪が飾られているので、1度は行ってみたいところである。ちなみに我孫子検車場の名残なのか、あびこ(M27)の先には留置線が存在し、今も伝説の「あびこ行き」が運行されているが、自動放送の「あびこ」のアクセントに違和感を持つ(「長堀鶴見緑地線」も同様)。



次は北花田(M28)

発車すると、いよいよ、ここからは堺市へ。あびこ(M27)-北花田(M28)間は、砂礫層の軟弱な大和川の下をくぐるため、地下30メートルまで、もぐるという。このため、我が国の地下鉄で初めて、泥水加圧式シールド工法が採用された。また、御堂筋線では唯一のシールドトンネルである。

大和川を抜けると、一気に急勾配となり、北花田(M28)へ。新金岡(M29)を発車すると、中百舌鳥検車場への分岐線があり、進んでゆくと、再び登場する。先ほどは分岐だったが、今度は合流だ。中百舌鳥検車場は新金岡(M29)、なかもず(M30)のどちらからでも入庫できるのがメリットだが、「新金岡行き」はクセモノといえそうだ。ちなみに中百舌鳥検車場は第3軌条路線最大の地下式車両基地で、総面積は10ヘクタールあるという。

「本日は、大阪市営地下鉄を御利用いただきまして、ありがとうございました。なかもず、なかもず、終点です」

と自動放送がかかり、10時11分、終点なかもず(M30)1番線に到着した。なかもずへは、2002年4月7日(日曜日)以来の来訪で、このときは10系第4編成に乗っていた。ちなみに、なかもず(M30)へは10系オリジナル車しか乗っておらず、偶然に過ぎない。

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10系第22編成は折り返し、回送となる。ホームの行先案内表示板は当初、「なかもず止」になっていたが、のちに「回送」へ変わった。また、なかもず延伸前に行先案内表示板は、赤一色に変わっているが、いつのまにか更新して、オレンジを表示するようになった。また、「→前駅→当駅」の電車の状況サインは、駅名表示へと変わっていた。

さて、新20系シリーズの投入を契機に、10系のリニューアル工事(10A系化も含む)では、残念なことに大阪市営地下鉄、昭和の象徴といえるものが消えている。

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それは車体側面の窓下に、ラインカラーの太帯があり、その中にローマ字の「O」と、カタカナの「コ」を重ね合わせたマークだ。昭和50年(1975年)5月8日(木曜日)から始まった1つのシンボルは、どうやら、2010年度で幕を閉じるようだ。ただし、マークは車体側面戸袋部に1両2か所あるものの、細いせいか目立たない。

子供の頃、本や雑誌であのマークを見たときは、強烈かつ鮮烈なインパクトを与えたが、新20系の車体側面の帯は、帝都高速度交通営団(現在の「東京地下鉄」)01系、02系、03系、05系を参考にしたかのような印象を受けたのが残念である。特に21系の車体側面帯は、02系と類似(02系は中太帯、21系は細帯)しているし、谷町線に投入されている30000系は、フェイスは10系リニューアル車っぽく、車体側面の帯は、東京地下鉄08系に酷似しており、新鮮さがない。



※コンデジで撮影



※デジイチで撮影

10時17分、10系第22編成は、中百舌鳥検車場へ引き上げた。

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この旅から2か月後、10系第22編成はアルナ車両へ運ばれ、10A系化工事を受けている。おそらく、2010年春頃には再デビューをするだろう。

◆鉄道のあるべき姿

しばらくホームを眺めるが、天王寺(M23)寄りでは、折り返し電車の運転士が入念にブレーキチェックをしている。運転士によっては、前照灯、尾灯の点灯、方向幕の行先表示をそれぞれ確認しており、正常な運行ができるよう、努めている。

始発駅で入念にブレーキチェックをする姿勢は、「信頼できる鉄道事業者」だと思う。不特定多数の命を守らなければならないのだから。それに、ほかの鉄道事業者は、運転士が待っているだけのような印象がある。緊張感のある仕事なので、気を落ち着かせているのかもしれないし、入念に点検する時間がないのかもしれないが、大阪市営地下鉄の運行に対する姿勢に感服した。

車掌は終点に到着してから、方向幕の表示を変えている。北急の場合は終点千里中央到着前に方向幕を変えているが、10系オリジナル車は車体側面に方向幕がなく、なおかつ、車掌がスイッチをいじくっても、最後部車両しか変わらないため、運転士は到着後に変えざるを得ないようだ。

10時40分過ぎに下車し、地上へ出るが、晴天で蒸し暑い。南海電気鉄道高野線〔中百舌鳥駅〕に乗り換えることを考えたが、やっぱり御堂筋線にしよう。

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なかもず駅(M30)に戻ると、1番線にはすでに、千里中央行き(10号車1104)が発車を待っていた。廃車がウワサされる10系第4編成は、これで3年連続の乗車となった。



次は新金岡(M29)

10時59分に発車。新金岡(M29)へは少し先だが、電気笛を鳴らす。どうやら中百舌鳥検車場への分岐線に合流したため、鳴らしたようだ。そして、新金岡(M29)のホームに入る直前にもう1発鳴らす。

南海電気鉄道高野線、大阪府都市開発泉北高速鉄道線からの乗り換え客が意外と多く、北花田(M28)で満席。あびこ(M27)で立客が発生する。

千里中央行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
新大阪101104なし
 91004なし
 81904なし
 71304なし
 61204女性専用車両、夢塗装車
 51604なし
 41704なし
 31404なし
 21504なし
なかもず11804なし
女性専用車両は平日終日


長居(M26)はJR西日本阪和線からの乗り換え客が多かったのか、それとも、103系4両編成に嫌気があるのかはわからないが、思ったより多く乗ってくる。なんば(M20)、梅田(M16)、新大阪(M13)方面へは乗り換えなしなのが魅力のようだ(阪和線長居は各駅停車以外、すべて通過するため、大阪方面へは乗換えが生じる)。

西田辺(M25)-昭和町(M24)間は、ほぼ直線で、昭和町(M24)-動物園前(M22)間の一部は、架線
を設置することができるほど、トンネル断面積の広いところがある。

天王寺(M23)で少々入れ替えがあり、降車より乗車が多い。始発電車があるとはいえ、先へ急ぎたいのは、どこも同じようだ。

天王寺(M23)を発車すると、2番線からの合流地点で、「ファーン」と電気笛を鳴らす。「今さら気づいたか」と言う人もいるだろうが、駅間には信号機のほか、「笛」の標識があり、運転士は遵守しているのだ。



次は梅田(M16)

なんば(M20)で、乗車している10号車に空席が見られるようになり、心斎橋(M19)で再び立客発生。梅田(M16)ですいたので、10号車は終点千里中央まで、乗車率はこのままだろう。



次は西中島南方(M14)

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中津(M15)を発車し、地上へ。晴天は変わらず、11時36分、新大阪(M13)2番線に到着。新大阪(M13)-なかもず(M30)間の往復乗車を終えた。



※コンデジで撮影



※デジイチで撮影

★備考

eyevio「2009年の汽車旅3」 



永久坊主の日報(旧:住吉急行電鉄の日報)「浅香中央公園」 

③参考文献として、電気車研究会刊行、『鉄道ピクトリアル2009年8月号』を使用。

④参考文献として、赤松義夫、諸河久共著、保育社刊行、『日本の私鉄18 大阪市営地下鉄』を使用。

⑤参考文献として、鉄道ジャーナル社刊行、『鉄道ジャーナル1987年3月号』を使用。

岸田法眼のRailway Blog.「10系備考一覧」  

★おまけ(10A系)





★おまけ(10系第21編成)



※コンデジで撮影



※デジイチで撮影

★おまけ(10系第22編成)

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★おまけ(10系第4編成)

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ありがとう0系新幹線 ブログパーツ

ありがとう0系新幹線 ブログパーツ



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2009年の汽車旅3-4(221系新快速リターンズ2009夏場所) [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅3-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-01

・2009年の汽車旅3-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-05

・2009年の汽車旅3-3(四国の鉄道完全制覇に王手!!)
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-24

◆温室と化した中間車  

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岡山4番のりばに山陽本線の普通電車播州赤穂行き(クモハ115-1550:体質改善車)が入線。長蛇の列で、ドアが開くと、ドーッと乗り込む。電車はたった3両編成しかないため、殺気立つ雰囲気で、転換クロスシートへ滑り込んだ。すぐさま荷物を荷棚へ置こうとしたら、非常用ハシゴがあるではないか。3・4番のC・D席を独占し、置けないのだ。やむなく、前のほうへ置くものの、なぜ、非常用ハシゴを荷棚に置くのだろうか?  

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JR西日本によると、115系の荷棚に非常用ハシゴがある理由は、瀬戸大橋走行時に非常事態が発生した場合に備えているという。しかし、乗務員室に置くことができず、やむなく一部の荷棚を拝借しているという。ちなみに瀬戸大橋を通る旅客車両は、トイレつきを原則としている。

普通電車播州赤穂行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
播州赤穂なしクモハ115-1550体質改善車
 なしモ ハ114-1207体質改善車
岡山なしク ハ115-1235弱冷車、体質改善車

南岩国からの普通電車岡山止まりが遅れていたため、定刻より4分遅れの17時52分に発車。東岡山から赤穂線へ入り、伊部(Imbe)まで居眠り。目覚めると、激しい混雑がウソのような静けさとなる。そして、車掌は前から2両目(中間車)の車両が冷房故障という情報が入り、その車両に乗っている人は、別の車両へ移動するよう、案内をする。

伊部を発車すると、いったん、冷房を切り、西片上に到着すると、再び冷房が作動した。どうやら私が乗車している先頭車は異常ない。

備前片上に到着し、乗務員らは中間車の点検を行なう。いったん、冷房を切ってまで復旧させようとしたが、車内は温室の状態。この普通電車播州赤穂行きは、留置線から入ってきたもので、岡山で直接折り返したわけではない。そのため、留置線に止まっているあいだ、冷房故障が発覚したかどうかはわからない。車両不具合であれば、向かいのホームに止まっている回送と車両交換させたほうがいいのではないかと考える。また、冷房が故障しているのであれば、窓を開けてもよかったのではないだろうか。窓を開けていれば、少々熱くなることはあっても、温室になることはなかった。

なお、最後部車両は弱冷車だが、中間車の冷房故障に対するお詫びなのか、普通の冷房車と変わりないほど、ひんやりしていた。  

普通電車岡山行きが遅れていた影響で、普通電車播州赤穂行きも延発。遅れはさらに拡大した。まいったなぁー、始発の岡山で確実に坐り、終点播州赤穂で、接続する新快速京都方面野洲行きに坐る腹積もりでいたが、失敗する確率が高そうだ。岡山で山陽本線の普通電車姫路行きに乗り換えてもよかったが、始発は新見のため、坐れない確率が高かった。  

18時58分、定刻より7分遅れで終点播州赤穂2番のりばに到着。普通電車岡山経由備中高梁行きとして、折り返す。そして、向かいの3番のりばは新快速京都方面野洲行きがいない。駅員によると、10~15分遅れで入線するという。本来は双方向とも接続をとるはずだが、見切りをつけられ、普通電車岡山経由備中高梁行きは、19時02分に発車。これでも定刻より6分遅れている。  

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思ったほど待ちくたびれなかったが、3番のりばに新快速京都方面野洲行き(8号車クモハ223-2060)が入線。あわただしく折り返すが、車掌は各号車へ入り、補助シートのロックを確認している。念のためきいたところ、神戸みなと海上花火大会は、予定通り行なわれるという。  

定刻より14分遅れの19時14分に発車。車掌によると、遅れの原因は山陽本線姫路-御着間の鉄橋で、大雨の影響により、市川の水位が基準値を上回ったため、運転を見合わせていたからである。天候による遅れは仕方ないものの、ホームでも遅延の理由を説明してもらわないと困る。  

西相生を発車すると、ノロノロ運転。ダイヤが乱れているせいか、山陽本線の合流は、慎重にならざるを得ないようだ。  

19時27分、定刻より16分遅れて相生2番のりばに到着。隣りの1番のりばに新快速播州赤穂行きが発車を待っており、行き違いということになる。本来、新快速京都方面野洲行きはここで5分停まるが、停車時間を1分に短縮して、19時28分に発車。網干到着直前で、新快速播州赤穂行きとすれ違う。  

新快速京都方面野洲行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
神戸8クモハ223-2060なし
 7サ ハ223-2141なし
 6モ ハ223-2155なし
 5ク ハ222-2060弱冷車
 4クモハ223-2102なし
 3サ ハ223-2220なし
 2モ ハ223-2191なし
播州赤穂1ク ハ222-2102弱冷車

19時45分、定刻より8分遅れて、姫路5番のりばに到着。ここで乗務員が交代し、予想通り、大勢乗ってくる。定刻より5分遅れの19時47分に発車し、遅れを回復させることは可能だろうか?

◆221系新快速リターンズ2009夏場所  

御着で221系の回送を抜く。もしかして、神戸みなと海上花火大会の臨時新快速大阪行きに使われるのだろうか? 楽しみだけど、入線から発車するまでの時間が切り詰めていないことを願いたい。神戸みなと海上花火大会が無事に開催できたのは、221系のおかげかもよ。  

加古川で普通電車の接続はなく、東加古川で追い越すのかと思ったら、そうでもない。結局、西明石まで追い抜いた電車は1つもなかった。  

明石を発車すると、通路は濡れている。往路では雨が相当降っていたところである。  

須磨で221系の快速(高槻から普通電車)米原方面大垣行き、321系の各駅停車JR東西線経由松井山手行きをダブル抜きして、鷹取を通過すると、勢いが落ち、20時20分、定刻より2分遅れて、神戸に到着した。  

DSC_0180a.JPG

神戸みなと海上花火大会は終わったようで、ホームは帰宅ラッシュが始まった。警官も動員して、安全対策を図っており、「最前部」「最後部」のプラカードを掲げている。各駅停車は7両編成だが、新快速は8・12両編成、快速は6・8・10・12両編成で、プラカードは快速の煩雑さに対応しているかのようだ。ちなみに、この日は臨時新快速、臨時各駅停車を運行しているが、山陽本線ホームはすざましい混みようで、東海道本線ホームも次第に混みあってきた。

DSC_0196a.JPG

 

さぁー、いよいよ、臨時新快速大阪行きの登場となる。その1発目は「なんと」と言うよりも、予想通りであるが、アーバンネットワークのエース、221系だ(8号車クモハ221-8に乗車)。「マンモスうれぴー」と言いたくなるほどだ。白いボディーは輝かしい。221系は平成元年(1989年)に入団して、衝撃のデビューから20年たち、ベテランの域に入ったが、まだまだ色あせていないし、若々しい。  

発車時刻は20時48分だが、大雨の影響で、入線時刻が遅れた。ホームにレールファンが数人いるため、家族連れにきかれる。私は「この車両は臨時運行のときしか新快速で使われないんですよ」と説明すると、レールファンでないお父さんに火がついた。お父さんはカメラを持って、221系新快速リターンズ2009夏場所を激写!! すると、発車時刻がせまり、お母さんが呼び出し、急いで車内へ戻る。  

定刻より7分遅れの20時55分に発車し、ここから東海道本線へ。家族連れは221系という臨時新快速に使われないことに興味津々で、花火の余韻を楽しむ。私が大好きな221系新快速に乗れるのは、しあわせさぁー(“べしゃり”は琉球調)。  

臨時新快速大阪行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
大阪8クモハ221-8なし
 7モ ハ221-8なし
 6サ ハ221-8なし
 5モ ハ220-22なし
 4サ ハ220-22なし
 3モ ハ220-28なし
 2サ ハ220-28弱冷車
神戸1ク ハ221-8弱冷車

20時58分、三ノ宮に到着。こちらでも花火が見えるのか、ドーッと乗ってきた。神戸ルミナリエは数日間の開催であることや、家路へ急ぐ時間が決まっていないこともあるだろう。ただ、花火は時間が決まっているので、集中的に混み合うようだ。  

20時59分、三ノ宮を発車。俊敏、機敏、颯爽、爽快。“アーバンネットワークの疾風”は、旋風を再び巻き起こすかのように駆け抜けてゆく。

「♪アーチィーチィーアーチッ、燃えてるんだろうがぁー。オーッ、アーチィーチィーアーチッ、感じたんだろうかぁー♪」  

という気分だよ。天候が怪しい中で、神戸みなと海上花火大会が開催できたのは、221系臨時新快速のおかげかもしれない。しかも、大阪行きの臨時新快速1番手である。ちなみに夏の221系新快速リターンズに乗るのは2003年7月26日(土曜日)以来、6年ぶり2回目となる。この当時は『JR時刻表』のイエローページに掲載し、所要時間が定期便に比べて若干かかっているため、“221系の運行あり”とにらんだら、その通りだった。



次は芦屋

意気揚々と走る221系の臨時新快速は、321系の臨時各駅停車大阪行き、221系の快速(高槻から普通電車)京都方面野洲行きをバッサリ抜く。久しぶりに221系が221系を抜くシーンを見た。  

21時06分、芦屋に到着。ここで321系の各駅停車松井山手行きに接続。ダイヤが乱れているので、臨時新快速が定期運行の各駅停車に接続するのは珍しく、本来は予定していなかったのかもしれない。



次は尼崎

21時07分、臨時新快速大阪行きが先に発車するものの、ほどなくして各駅停車松井山手行きに追い抜かれてしまうが、なぁーに、てめぇーは見せ場を作っているだけなんだよ。そして、本気を出せば、一気に襲い掛かるかのように追い抜く。何度も味わっているシーンだが、最高だね。レイザーラモンHGなら、こう言うだろう。

「フーッ!!」  

21時14分、尼崎8番のりばへ。7番のりばには、福知山線福知山からの快速大阪行きが停車。本来は21時14分に発車するが、快速大阪行きは113系体質改善車であるせいか、ここはアーバンネットワークのエース、221系の貫禄を魅せる。まるで顔でモノをいうかのように21時15分、臨時新快速大阪行きが先に発車。グッーレイトッ!!  

次は終点大阪かぁー、惜しいなぁー。できることなら、大阪から「臨時急行〈銀河〉東京行き」に変えて、走ってくれればいいじゃん!! トイレは1号車しかないし、洗面所もないため、キツイものはあるけど、ダメでも近畿日本鉄道の『アーバンライナーnext』『アーバンライナーplus』と張り合ってほしいなぁー(ムリなのはわかっているけど)。  

エーッ、時刻はもう21時18分!! もう塚本ぉーを通過かよ。あー、夢の時間はもうすぐ終わってしまう。お別れは悲しく、つらいけど、神戸ルミナリエがあるさ。この日は楽しかったよぉーっ!! これが心の底からいえる言葉だ。この興奮、感動、熱い心。大人にとって、“大人気(Otonage)ない日”や“大人気ない時間”があっていいじゃないか。乗車時は平静を装っているけどさ。

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2009年の汽車旅3-3(四国の鉄道完全制覇に王手!!) [汽車旅2009]

◆下記の記事をまだ御覧になっていない方は、下記のURLへクリックしてください。

・2009年の汽車旅3-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-01

・2009年の汽車旅3-2
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-05

◆四国の鉄道完全制覇に王手!!

古高松南(T22)を下車し、国道11号線を歩くと、高松東郵便局を発見し、旅行貯金。そのあと、コンビニで昼食を購入し、意気揚々と山へ登る。

高松東郵便局



ところが、古高松南(T22)を下車した時点から道を間違えており、四苦八苦。屋島方面へ歩いて引き返していたのである。山を登って、ケーブルカーの駅を訪ねるが、すでに廃線になったという。それは屋島登山鉄道で、2004年10月16日(土曜日)に運行を休止し、2005年8月31日(水曜日)をもって、正式に消えたケーブルカーだ。ちなみに屋島登山鉄道は、残念ながら乗れなかった。

いくら歩いても、四国ケーブル八栗登山口駅が見つからない。どこへ向かって歩いているのか、よくわからない。このままだと高徳線の駅すら見つからず、野宿の危機に陥ってしまいそうだ。

『JR時刻表2009年8月号』の地図を見せて、地元の男性にきいてみるが、話を聞くと、屋島登山鉄道だ。今も走っていると思っているようで、四国ケーブルを知らないらしい?

時刻は13時30分を過ぎており、ここで私は決断。カンで左折する。すると、遠くの山にはケーブルカーが見えた。ようやく四国ケーブルに乗れる。あとは道を間違えないのみだ。



※高松市の山道を歩く

DSC_0090a.JPG

ヘトヘトになりそうなほど体力を消耗しているが、登り道をひたすら歩き、14時20分頃、ようやく四国ケーブル八栗登山口駅へ。時間の都合や急斜面を見ると、往復が安全である。ちなみにケーブルカーは、片道乗車を基本としている。山を登って汗をかき、ケーブルカーで下るのが理想だ。

DSC_0093a.JPG

発車5分前となり、いよいよ改札。ポロシャツ姿の若い女性が応対するが、運転もこなす。「人件費」というものが頭に浮かぶが、八栗山上行き(2:非冷房車、女性運転士乗務)へ乗り込む。ケーブルカーは冷房のない車両が多く、乗車車両は昭和39年(1964年)に日立製作所で作られたもので、その年の12月28日(月曜日)に運行を開始してから、45年経過している大ベテランだ。車両の屋根上には、パンタグラフが3つもあり、架線は2本張っている。パンタグラフは進行方向に向かって、左側に2つ、右側に1つある。

八栗山上行き編成表(ワンマン運転)
乗車区間号車車両番号禁煙備考
八栗登山口→八栗山上なし2非冷房車

念のため、2008年8月2・3日(土・日曜日)に利用した京阪電気鉄道鋼索線、岡本製作所別府ラクテンチケーブル線の架線の数を調べると、前者は1つ、後者は2つ張っていることを確認した。ケーブルカーによって、架線の数は異なるようだが、“「鋼索鉄道」という名の特殊な鉄道”であることが災いし、冷房装置が取りつけられないのかもしれない。しかし、暑い時期は、自然の心地よい風を浴びたほうが健康にいいだろう。

14時30分に発車。車内BGMとして、いろは唄が流れ、それを聴きながら登り、自然の心地よい風を浴びる。冷房に慣れている者にとって、新鮮な気分だ。山の恵みの心地よさをかみしめ、14時34分、終点八栗山上に到着。四国ケーブル全線完乗を達成し、四国の鉄道完全制覇に王手をかけた。屋島登山鉄道に乗れなかったのは痛いが、これまでにも乗れなかった鉄道会社や路線はたくさんある。悔やんでも仕方ないのだ。

下車し、八栗寺へ。このケーブルカーは八栗寺の参拝輸送を主目的にしているということが、おわかりだろう。

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※八栗寺の鐘Take1



※八栗寺の鐘Take2

セミの鳴き声を聞きながら、八栗寺の鐘を鳴らしてみる。しかし、両手を持たなければならないところ、右手しか使えない。左手はデジタル一眼レフカメラ(NikonのD90)を持ち、動画撮影するためだ。



※八栗寺の鐘Take3



※八栗寺の鐘Take4

3回目でようやく鐘を鳴らせたが、鳴ったあとに動画をスタートさせたため、納得がいかず、4回目でいい音色を収録することができた。残念ながら、D90の動画はモノラル音源のため、臨場感に欠けてしまうが……

◆謎の自動改札機

DSC_0106a.JPG





次は八栗登山口 終点

八栗山上駅へ戻り、15時00分発の八栗登山口行き(1:非冷房車)へ。車内BGMはシルクロードのテーマが流れ、風鈴の音色とともに下山する。  

八栗登山口行き編成表(ワンマン運転)
乗車区間号車車両番号禁煙備考
八栗山上→八栗登山口なし1非冷房車

八栗登山口駅にはタクシーが数台待っているものの、当然のことながら歩く。往路は道に迷ってようやく着いたが、復路はカンタンに下り、高松琴平電気鉄道志度線八栗駅に到着。私は踏切を越えて高徳線の駅へ行くつもりだったが、道がわからず、八栗駅へ引き返す。ここから高松築港まで330円だ。ここには簡易IruCa改札機があるものの、残念ながらSuicaが使えない。  

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瓦町行き(623:夢塗装車)に乗り、16時00分に発車。2両編成だが、車掌が乗務している。電車は灼熱のような真っ赤な広告電車だが、冷房の効きはよく、バッチリ冷えている。  

瓦町行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
瓦町なし623夢塗装車
八栗なし624夢塗装車

琴電屋島、松島二丁目で琴電志度行きと行き違い、16時19分、終点瓦町4番線に到着。ここで琴平線に乗り換えるが、ホームが離れており、まるで地下鉄を利用しているような気分だ。  

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急いで16時21分発の高松築港行き(1209:女性車掌乗務)に乗り、片原町を発車すると、右へクネクネ回り、16時25分、終点高松築港2番線に到着した。  

高松築港行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
高松築港なし1210なし
瓦町なし1209なし

DSC_0121a.JPG

当然のことながら、ここで下車するわけだが、自動改札機が3台並んでいる。私が手にしている乗車券は磁気券ではないので、自動改札機を利用することはできない。利用客の多くは有人改札を利用しており、自動改札機を通らないのはどうしてだろうか?  

その答えは意外だった。  

DSC_0123a.JPG

高松築港の自動改札機は、すべてIruCa対応で、乗車券や定期券は一切受け付けていないのである。これだけ徹底した自動改札機を見たのは初めてだ。また、入出場は「←」、通れないときは進入禁止の標識を表示しており、これは関東地方の東武鉄道や東京都交通局と同じである。  

DSC_0124a.JPG

徒歩で高松駅(Y00、T28)へ行くと、こちらも自動改札機を設置していた。色は違うものの、高松築港と同じタイプで、おそらく同一メーカーなのだろう。こちらは磁気の乗車券、定期券が入れられるものの、JR旅客鉄道では唯一、ICカードが導入されていない。  

かつての高松駅(Y00、T28)は女性の改札係員がいて、制服がオシャレだったので、風情がなくなってしまったのが残念であるが、自動改札機の導入は時代の流れだろうか。


◆223系5000番代初乗車!!  

DSC_0129a.JPG

高松5番のりばへ行き、予讃線(Y00)の快速〈マリンライナー48号〉岡山行き(6号車自由席クモハ223-5002)は、JR西日本223系5000番代を選択。実は223系5000番代に乗るのは初めてだ。これで、すべての223系を利用したことになる。  

223系5000番代へ乗り込むものの、転換クロスシートは必ず1人坐っている状態のため、やむなく補助シートへ。213系時代は6号車自由席の最前列で前面展望を楽しんでいたが、223系5000番代は展望席がない。乗務員室うしろの補助シートに坐れば、“横取り”されない限り、前面展望を楽しむことができるものの、背もたれ90度なので、坐り心地はよくない。

快速〈マリンライナー48号〉岡山行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山6クモハ223-5002自由席
 5サ ハ223-2050自由席
 4ク ハ222-5002自由席
 35003自由席、弱冷車
 25203自由席
高松15103グリーン車、指定席
1号車の2階と高松寄り平屋はグリーン車、1階と岡山寄り平屋は指定席。

快速〈マリンライナー〉は2003年10月1日(水曜日)、213系から5000系と223系5000番代に置き換えているが、213系時代の基本6両編成から、5両編成に減った。それでも自由席は4両のままだった。しかし、ラッシュ時になると9両編成から7両編成に減り、自由席は1両減車の6両になってしまった。223系5000番代をもう1つつなげば9両編成になるが、そうしなかった。

自由席の座席定員減少に苦情が多く、2007年7月1日(日曜日)、岡山電車区は、網干総合車両所から223系2000番代の一部編成を借りて、サハ223形2000番代を223系5000番代に挿入し、自由席は基本5両体制に入った。しかし、自由席は213系に比べて劣る。213系はオール転換クロスシートだったのに対し、5000系2・3号車と223系5000番代は、固定座席が存在しているためである。

車端部はボックスシートなので、グループ利用に重宝するだろうが、ドア付近の固定座席は、坐り心地がよくない。特に進行方向の1・2列目は“ボックスシート同然”となってしまうのだ(この車両に限ったことではない)。3ドアなので、座席定員を重視せざるを得ないのが残念なところ。おそらく、御覧になっている方の多くは、“そこへ坐らなきゃいいじゃん”と思うだろうが、その通りです。また、補助シートも設置されており、1両分の座席定員は、213系よりも多い(但し、ラッシュ時は使えない)。

しかし、利用客の減少で、2010年1月19日(火曜日)から順次、1両減車され、1月24日(日曜日)に完了する。これにより、5両編成を基本に、2・3・7両編成で運行される。どうやら網干総合車両所から借りていた223系2000番代を返却する模様だが、ラッシュ時や多客期に不満が噴出すことは、確実ではないだろうか。  

アーバンネットワークは、2010年5月頃に225系が投入され、新快速で使われる予定である。おそらく、223系2000番代の一部は余剰になるだろうから、4両車を岡山電車区に転属させ、快速〈マリンライナー〉に使えないだろうか。223系5000番代とは、車内の通り抜けができないデメリットはあるものの、性能は同一だし、ラッシュ時や多客期に4両車をつなげば、9両編成になり、混雑緩和にもつながる。

さて、213系は国鉄最後の新形式車両で、117系を上回るグレードだが、211系を改良したような印象があり、インパクトはないだろう。しかし、近郊形電車初のオール転換クロスシートは、“国鉄最後の意地”だったのではないだろうか。また、転換クロスシートは、坐り心地のいいバケットタイプを採用している。



次は坂出(Y08)

快速〈マリンライナー48号〉岡山行きは、16時40分に発車。120㎞/hで駆け抜けてゆく。223系2000番代などに比べ、前面展望は上である。おそらく、将来はワンマン運転することを視野に入れているのだろう。  

DSC_0137a.JPG

DSC_0139a.JPG

いろいろな列車とすれ違い、鴨川(Y06)で6000系の各駅停車観音寺行きを抜く。なぜ、坂出(Y08)で接続を取らないのだろうか? 坂出(Y08)は2面3線で、下りは1面2線なのだから。  

『JR時刻表2009年8月号』を見ると、16時27分発の各駅停車観音寺行きは、坂出(Y08)で9分停車し、快速〈サンポート〉琴平行き、8000系のエル特急〈いしづち23号〉松山行きに接続。宇多津(Y09)で8分停車し、エル特急〈しおかぜ19号・いしづち23号〉松山行きに接続している。ダイヤを見直せば、各駅停車観音寺行きは坂出(Y08)で快速〈マリンライナー48号〉岡山行き、多度津(Y12、D12)で快速〈サンポート〉琴平行き、エル特急〈しおかぜ19号・いしづち23号〉松山行きに接続できる。

DSC_0144a.JPG



次は児島

坂出(Y08)を発車し、8羽の海鳥が陸地を飛んでいる姿を見ながら、本四備讃線へ。16時59分に瀬戸大橋へ。序盤は120㎞/hで飛ばすものの、離島が近づくと、ブレーキをかけて、80~90㎞/h台へ落とす。騒音を配慮してのことで、一時期、エル特急〈しおかぜ〉〈南風〉〈うずしお〉は児島を通過していた。  

3321737

瀬戸大橋上で、8000系のエル特急〈しおかぜ19号〉松山行きにすれ違う。どうやら瀬戸大橋では振子機能が働いていないようだ。カーブの曲がり具合が“普通の車両”と変わらないからである。  

17時07分、瀬戸大橋が終わり、鷲羽山トンネルへ。阪急電鉄6300系や9300系は、走行中に乗務員室のカーテンを自動昇降できる機能があるものの、223系5000番代にはなく、運転士はみずからカーテンを下ろさずに走る。  

児島で乗務員はJR西日本に交代し、運転士は乗務員室のカーテンを下ろす。そして、競艇オヤジたちが乗り込み、立客が発生する。  

すっかり天気は晴れ上がり、いい気分。翌日は“真夏の[晴れ]てぃだ”が照りつけていることだろう。




次は早島



まもなく早島
足元にご注意ください
左側ドアきます



ただいま早島

宇野線に合流し、茶屋町へ。ここでエル特急〈南風19号〉中村行きの行き違いをするが、遅れており、快速〈マリンライナー48号〉岡山行きは、定刻より2分遅れの17時21分に発車。一部のドア上に設置されている情報案内装置がスクロール表示されていることに気づく。ちなみにアーバンネットワークの223系シリーズは、ピッポッパッと表示が切り替わる。  

早島を発車すると、単線になる地点で快速〈マリンライナー49号〉高松行きと行き違い、遅れが増してしまう。  

高架を登ると、複線になり、大元を通過。しばらく複線は続くものの、地平へ下りると、単線に戻る。おおがかりな配線変更工事をしない限り、複線化されることはなく、山陽新幹線、山陽本線、吉備線に合流し、17時36分、定刻より4分遅れで終点岡山6番のりばに到着。向かいの8番のりばでは、2000系のエル特急〈しおかぜ21号〉宇和島行きがあわただしく発車した。

★備考

eyevio「2009年の汽車旅3」



岸田法眼のRailway Blog.「2008年の汽車旅3-2」 

岸田法眼のRailway Blog.「2008年の汽車旅3-7(別府ワンダーラクテンチ、危機一髪!!)」



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2009年の汽車旅3-2 [汽車旅2009]

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・2009年の汽車旅3-1
http://railway583.blog.so-net.ne.jp/2009-12-01

◆借り物好きな(?)岡山支社  

相生で普通電車備中高梁行き(クモハ115-1546:体質改善車、岡山止まり)に乗り換える。3両編成か4両編成のどちらかで坐れないだろうと思っていたら、なんと7両編成だった。4両車のクハは体質改善車カラーであるものの、車内はオリジナル。モハは元117系で、体質改善車である。

一方、3両車はすべて体質改善車で、私はこちらを選び、9時33分に発車。さいわい、転換クロスシートに坐ることができた。

普通電車備中高梁行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
岡山なしク ハ115-306弱冷車
 なしモ ハ114-3507体質改善車
 なしモ ハ115-3507体質改善車
 なしク ハ115-305なし
 なしク ハ115-1403岡山止まり、弱冷車、体質改善車
 なしモ ハ114-1201体質改善車
相生なしクモハ115-1546体質改善車

電車をたたきつける雨は、少しマシな状態となる。この当時、中国地方はまだ梅雨明けしていない。数分後、また雨が激しくなってしまう。秋は豊作になったのだろうか?

DSC_0028a.JPG

乗車している体質改善車は、ドームっぽい天井で、綺麗な湾曲にうっとり。現代の車両は、美しい湾曲を描いた天井は見かけないような気がする。冷房が当たり前になったからであろうか。

上道を発車すると、山陽新幹線N700系の〈のぞみ7号〉博多行きに抜かれる。山陽新幹線に合流すると、岡山が近いことを実感する。新幹線が在来線に寄り添う光景は、“「安心」という名の心理”が働きそうだ。それにしても、N700系の増備により、500系や700系7000番代が目立たなくなってしまったような気がする。

DSC_0030a.JPG

雨はやみ、10時37分、岡山2番のりばに到着。ここでうしろ3両が切り離され、乗車率は大幅に落ちた。向かいの1番のりばには、湘南色の普通電車糸崎行きが発車を待っており、半分は乗り換えてゆく。湘南色の車両は車体側面に「京キト」と書かれた京都総合車両所の113系5000番代だった。抑速ブレーキを装備していないため、運行区間は限られてしまう。

DSC_0038a.JPG

8番のりばへまわり、宇野線の快速〈マリンライナー23号〉高松行き(1号車指定席5106)に乗り換えるが、行き違い列車の遅れにより、所定の発車時刻を2分過ぎた10時55分に入線した。

2階建ての1号車は降車が完了すると、車内の整備、点検に入る。座席は自動で向きが変わるというハヤワザ。座席の自動転換は阪急電鉄6300系、9300系や京阪電気鉄道8000系、2代目3000系、京浜急行電鉄2100形で見られるもので、JRの車両では珍しい。ちなみに快速〈マリンライナー〉の自由席は、手動転換である。

DSC_0035a.JPG

向かいの7番のりばでは、エル特急〈南風7号・うずしお9号〉高知・徳島行きが11時05分の発車を待っており、快速〈マリンライナー23号〉高松行きは、11時04分までに発車しなければならない。ちなみにエル特急〈南風7号〉高知行きは、大人気のアンパンマン列車である。これは子供だけではなく、大人でも楽しい。アンパンマンは正義の味方であるとともに、JR四国のイメージキャラクターでもある。 余談だが、JR四国は発足当初、女優の富田靖子をイメージキャラクターに起用し、「どっきん四国」というキャッチコピーを掲げていた。あの頃が懐かしいなぁー。

快速〈マリンライナー23号〉高松行きは、定刻より6分遅れの10時59分に発車。備前西市で快速〈マリンライナー22号〉岡山ゆきと行き違い、発車すると、途中から複線になるものの、妹尾で再び単線へ。備中箕島を通過すると、再び複線になる。しかし、久々原を通過し、茶屋町に近づくと、またまた単線に戻る。宇野線岡山-茶屋町間の完全複線化は難しいようだ。

DSC_0049a.JPG

先述したように、1号車は2階建て車両となっており、グリーン車と指定席を1両にまとめている。グリーン車は快速〈マリンライナー〉の先代車両、213系の展望性を継承。2~9番線席を2階にして、眺望のよさを維持。1番席は展望席で、運転台のうしろは座席を一段高くしている。これは運転士より高い位置にすることで、前面展望をしやすいようにしているのだろう。

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グリーン車はリクライニングシートで、足のせはないものの、カーペットを敷いて、高級感を醸し出している。2階席の螺旋階段付近に荷物置場を設けており、2階建て車両の難点である荷棚が設置しづらい点をカバーしている。ちなみにJR東日本の211系、E217系、E231系とE233系の近郊形タイプの2階建てグリーン車は、定員重視のため、1・2階席に荷物置場が設置されていない。大荷物を抱えてグリーン車を利用する場合は、荷棚のある平屋席に坐ればいいのだが、早い者勝ちのため、始発駅の電車入線前に並ばないと厳しいかも。

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指定席は10~18番席が1階にあり、19番席は平屋で、車椅子スペースとそれ対応の大型トイレ、男子用小便所が設けられているが、洗面所はない。また、トイレと指定席の仕切りがないため、快適性は劣るようだ。もっとも、この車両はデッキと客室の仕切り扉がない。そのためなのか、半自動ドアボタンを設けて、車内保温に努めている。ちなみに快速〈マリンライナー〉は、特急に追い越されることはない。

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指定席もリクライニングシートだが、グリーン車に比べ、深々と倒れることはなく、座席背面にテーブルもない。その代わり、JR東日本の特急形電車で使われている座面をスライドすることができる“ファミコンシート”を採用。もしかすると、JR東日本以外で、ファミコンシートを採用している唯一の車両なのかもしれない。また、こちらにも荷物置場を設けている。いずれも2003年に入団して、6年経過しているせいか、荷物置場のカーペットは傷んでいる。それだけ利用客に“愛されている”という証である。

余談だが、213系時代、グリーン車は座席の向きを通路側、窓側に固定できるスグレモノで、運行開始当初は窓側にセットして、瀬戸大橋の眺望をウリにしていた。また、紙タオルのセルフサービスがあった。

この日、グリーン車はガラガラだが、指定席は半分乗っている。213系時代の指定席は、2号車サハ213形だったので、自由席に坐ったほうがはるかにおトクだったが、5000系にチェンジしたことで、指定席は格段にグレードアップした。これならば、喜んで510円(指定席料金。ただし、閑散期は300円)が出せる。

快速〈マリンライナー23号〉高松行き編成表
乗車区間号車車両番号禁煙備考
高松15106グリーン車、指定席
 25206自由席
 35006自由席、弱冷車
 4ク ハ222-5003自由席
 5サ ハ223-2188自由席
岡山6クモハ223-5003自由席</