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土俵の鬼は“土俵の魂”でもあった [波瀾万丈伝]

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2010年9月1日(水曜日)17時25分、第45代横綱初代若乃花の花田勝治氏が腎細胞がんのため、黄泉の国へ旅立った。82歳だった。平均寿命が短いといわれる角界で、82年の人生は長寿といえる。そして、天寿を全うしたのではないだろうか。ちなみに元横綱で、人生80年以上を記録したのは、第45代横綱初代若乃花を含め、たった2人しかいない。  

第45代横綱初代若乃花は、第44代横綱栃錦とともに、“栃若時代”を築き、14戦全勝で迎えた千秋楽に優勝したことでも知られている。また、得意の型は“仏壇返し”と呼ばれる呼び戻しだったという。  

現役引退後は二子山部屋を築き、多数の関取を輩出。末弟の初代貴ノ花には入門前、「兄弟の縁を切る」といい、定年退職するまで、そのような空気が流れていたようだ。これについては、後述する。  

昭和63年(1988年)2月1日(月曜日)、長期政権だった第44代横綱栃錦の春日野親方のあとを継ぎ、理事長に就任。土俵の充実を掲げ、のちに関取以上に限り、立合いの「待った」に制裁金を科す制度を設けた。「待った」の多さにゴウを煮やしたのだ。これが世に言う「相撲ブーム」の幕開けだったかもしれない。  

平成2年(1990年)初場所中、平成元年(1989年)九州場所前に体調を崩した第44代横綱栃錦の春日野相談役が、定年直前に他界。第45代横綱初代若乃花は、記者会見に応じたが、当初は涙が止まらず、「20分待ってくれ」といい、いったん席を外したあと、「黄泉の国」という言葉が出てきた。この言葉に私は衝撃を受け、以来、他界や鬼籍などについては、それを使うようにしている。「死」というのは誰にも受け入れられない現実で、少しでも、そのつらい心を紛らわすというか、負担を軽減したいからだ。  

平成4年(1992年)初場所で、甥っ子の貴花田(のちに2代目貴ノ花、2代目貴乃花に改名)が史上最年少で幕内最高優勝を果たし、目にあふれるものがこみあげた。マスコミは「鬼の目にも涙」を使うところが続出した。  

同年1月31日(金曜日)で理事長を退き、相談役に就任。その後、テレビ朝日の企画で、花田ファミリーが集結することになった。テレビ局側としては、「師匠」「弟子」という関係を解き放ちたい思いがあったようだが、実弟の初代貴ノ花(当時、藤島親方)は、最後まで「相談役」で通し、緊張感が解けぬまま、ぎこちない放送となってしまった。しかし、それが花田家の“礼儀”なのだろう。  

平成5年(1993年)2月1日(金曜日)、二子山部屋と藤島部屋が合併し、初代貴ノ花が二子山部屋を引き継ぐことになった。第45代横綱初代若乃花は、年寄名跡を「藤島」に変更し、同年3月16日(火曜日)に日本相撲協会を定年退職。相撲博物館館長を務めた。  

2005年5月31日(火曜日)、初代貴ノ花が55歳の若さで、黄泉の国へ旅立ってしまった。当時、喜寿を迎えていたが、なぜ、早くに旅立たなければならなかったのかが、納得いかない人々も多かっただろう。そして、私が第45代横綱初代若乃花をテレビで見たのは、これが最後だった。  

1年前だっただろうか、NHKの大相撲中継で、アナウンサーが解説の北の富士勝昭氏に、第45代横綱初代若乃花からのメッセージを伝えたことがあった。第45代横綱初代若乃花は、北の富士氏の辛口解説をほめ、「もっと言ってくれよ」というものだった。  

第45代横綱初代若乃花の功績は、素晴らしいものがあり、人々を魅了してきた。今の角界は荒れてしまってばかりいるけど、“大御所”を失った悲しみは大きい。NHKは秋場所を生中継するのかどうか不明だが、もう1度、あの頃の輝きを取り戻してくれることを大相撲ファンは願っている。  

謹んで、御冥福をお祈りいたします。

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