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『波瀾万丈の車両』、2018年9月7日(金曜日)発売!!

拙著『波瀾万丈の車両』(アルファベータブックス刊)、発売中!! くわしくは、こちらへ

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拙著『東武鉄道大追跡』(アルファベータブックス刊)、2021年2月9日(火曜日)発売!! くわしくは、こちらへ

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さぁー、みんなで東京新聞2021年7月7日(水曜日・七夕)朝刊を買いに行こう!! [公式執筆記録-私の作品-]

東武鉄道大追跡 カバー.jpg

毎度、
Railway Blogを御利用いただきまして、誠にありがとうございます。

本日、202177日(水曜日・七夕)付の東京新聞朝刊15面にて、私のインタビュー記事が掲載されました。

実は拙著『東武鉄道大追跡』(アルファベータブックス刊)発売後、東京新聞の目に留まりました。当初はインタビュー記事のみの予定でしたが、別の記者が『東武鉄道大追跡』を購入し、浅草駅を丹念に取材していたことも相まって、コメントの依頼が入りました。

この模様は525日(火曜日)付朝刊の「下町の変遷 見守り90年 都心への玄関口 東武・浅草駅」
を御覧ください。コメント56字ながら先行掲載されています。

その後、霞ケ関の本社にて、約65分にわたるインタビュー取材を受けました。


なお、東京新聞は関東地方全域及び、静岡県の売店等で購入できるそうです。皆様の御購入をお待ち申し上げております。

商品は多くのスタッフの皆様の総力を結集して作られております。皆様もぜひ御購読、もしくは御購入いただきますよう、衷心よりお願い申し上げます。

さぁー、みんなで買いに行こう!!

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大島康徳さん追悼 今、求められるリーダーは! [波瀾万丈伝]

杉並区商店会連合会青年部創立35周年記念講演会 私の街・自慢「今、求められるリーダーは!」



元プロ野球選手で、日本ハムファイターズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の監督やNHKの野球解説者を務めていた大島康徳さんが2021630日(水曜日)、黄泉の国へ旅立った。私は1度、大島さんの講演に行ったことがある。その模様を綴り、哀悼の意を表したい。

■雪の杉並区

200823日(日曜日)1730分過ぎ、荻窪へ。この地に訪れるのはずいぶん久々。まずは地図を見つけ、杉並公会堂へ向かう。途中、雪だるまという微笑ましい光景を見る。この日の関東地方は雪だった。

杉並公会堂へ。この日、『杉並区商店会連合会青年部創立35周年記念講演会 私の街・自慢「今、求められるリーダーは!」』という講演が行なわれる。これを知ったのはプロ野球解説者、大島康徳さんのブログ。大島さんは熱血で魂のこもった野球観、年齢のワリには若いなぁーという印象がある。

地下1階では、コンサートに向けてだろうか、演奏の練習をしているが、防音対策は万全磐石でなにも聞こえてこない。

地下2階の小ホールでは受付準備が行なわれていた。ガラス張りの空間を覗いてみると、そこは地上。雪が天からの授かりモノのような感じで舞い散ってゆく。

予定より2分早い1758分、開場。携帯電話の電波は圏外となっており、電源を切る。一般受付に行くと、座席指定券をもらう。定員は194人、入場も無料で、前方から埋まってゆく。会場は50人前後しか来ておらず、杉並区の住民以外で入場したのは私だけのようだ。

■スーパーマーケットの時代は終わりだ?!

開場の準備が整い、1830分にスタート。

「こんばんは」

と司会の男性が言うと、驚いたことに会場の人たちも「こんばんは」と返してきた。続いて、宣伝部長のあいさつ。

「足元の悪い中、深く、深く、感謝しております」

これもびっくりした。「深く」と言ったら、「お詫びします」という言葉が続くことしか頭に思い浮かばない。実際にその言葉を100回以上(?!)も聞いているだけに“こういう言葉の使い方があるんだ”と、なぜか感心する。

杉並区商店連合会の会長がステージに現れ、会釈するとみな、一礼。会長はこれからの経済は厳しくなることが予想し、新たな顧客の獲得が大切だと唱える。

「言っていただかなればわかりませんので、どんどん注文をつけていただければ」

と商店街の繁盛を願っている。

続いて、杉並区長が現れ、杉並区の経済は商店街が命綱と力説。中国製の冷凍餃子(ぎょうざ)に農薬などが入っていた影響により、宇都宮餃子も売り上げが落ちているという(当時)。そして、爆弾発言が飛び出した!!

「スーパーの時代は終わりつつある」

杉並区長によると、スーパーマーケットは商品をただ置いているだけで、商店街は対面販売。商品知識が豊富なため、ちゃんと説明してくれるのだという。これからは商店街の時代と大いに胸を張っている。

1847分、立川志隆さんの落語が始まる。

この方は杉並区各地で寄席(よせ)を開催しているという。また、地元の小学校でPTA会長を務めている。意外なのは本業が落語ではなく、クラッシックギタリストらしい。

赤いジュータンに敷かれたパープルの座布団に乗り、“落語ができるギタリスト”の寄席が始まる。

PTA会長は4年目という長期政権で、実際にやってみると、子供たちの安全を守るためにやっていることに気づいたという。また、ベルマークもこまめに集めているらしい。

落語のネタに盆踊りの露店に目玉焼きを出すことになった。しかし、目玉焼きが売れるのかどうか不安だったそうで、フタを開ければ1番売れたのはいそべ巻きだという。

■登壇

1914分に落語が終了し、木の台と床に敷いていた赤いジュータン、座布団が撤去され、演説台が出てきた。そうなると、大島さんが登場!! 仕立てのいいスーツに銀のクツというイデタチである。

「私の時におはやしが出てくるのかと思いましたが」

とジョークで会場を笑わせる。

「今も昔も変わらないと思うんですね」

大島さんが言うにはプロ野球選手は個人事業主なのだという。選手は自分勝手でいいのだそうだ。また、右を向く人は大舞台では力を発揮できず、左を向く人はその逆だと言う。

今の若い選手(当時)というのは、言葉だけではついてこないが、映像を見せるとついてゆくのだという。言葉で周囲を引っ張るのは難しい時代になっているらしい。これは実績がないと言葉で引っ張ることができず、その言葉に説得力がないといけない。「不器用、コツコツ積み重ねた人のほうがリーダーシップは取れるのではないか」と大島さんは分析する。

また、指導者はガマンや忍耐が求められる。失敗を責めるのはカンタンだが、選手は意欲をなくしてしまうという。

■根性論

大島さんは1969年、ドラフト3位指名で中日ドラゴンズに入団。当時、中日の1軍は水原茂監督だったが、大島さんは2軍にいた。そして、たった1回だけ、水原監督から声を掛けてもらった。

「風邪ひくなよ」

何気ない、月並みの言葉だが、大島さんは雲の上からの人の言葉に勇気づけられたという。その体験からか、「的確なアドバイスができる人はリーダーと言える」と力説。そして、「個性とワガママは違う」ことも言った。

昔は根性論が根づいており、骨折してでも試合に出場。痛くても「行けるだろ」と言われていた。監督、コーチ、治療をする医師、みな同じことを言っていた。

大島さんはこれらの体験をもとに「地道に教えていかないと、次のリーダーになれない」と言った。ホップ、ステップ、ジャンプと順序よくやる必要があるということだ。また、監督は毎日、ストレスがたまるという。

■イチロー選手のすごさ

日本のプロ野球キャンプは7時に起床し、夜遅く(18 or 19時)まで練習をする。それは不安で不安でしょうがないから、自分自身を追い込み、練習に打ち込むのだという。

大島さんは以前、宮古島でイチロー選手を取材したことがあり、メジャーリーガーは8時から筋トレ、730分に来てもすでに練習をしているという。ファンには見せない隠れた努力をしているというのだ。

また、ツーショットの際も鏡で帽子の微調整をするほど、気をつかう。これはメジャーリーガーの基本で、ちょっとでもズレると、だらしない姿をファンや関係者に見せることになる。大島さんはメジャーリーガーの姿勢に驚いたという。俺だからいいんだよでも、甘えが許されない。イチロー選手は人に見られる意識、魅せる意識を持っていることを痛感したという。これがメジャーリーガーの宿命なのだ。

■人生を変えたプロ入り初ホームラン

大島さんはプロ入りして12年目は2軍でも打てなかったらしく、3年目で1軍にあがり、早いうちにホームランを放った。たった1本のホームランで人生が180度変わったという。

まず、外食屋に行くとメシはタダ。そして、いろんなところで遊びを覚え、1か月たつと打てなくなってしまった。中日在籍中は隔年の大島と言われ、毎年トレード要員にされていたようだ。

大島さんは波瀾万丈の人生を送っており、実兄は白血病のため、29歳の若さで他界。また、本人も交通事故にあい、失明の危機だった。この時、医者に「運がいい」と言われたという。

■監督とフロントの非情

1988年、トレードで日本ハムファイターズに移籍。1990年には当時、史上最年長記録となる3911か月で2000本安打を達成。1994年、44歳で現役引退後、プロ野球解説者を経て、2000年から2002年まで、監督として日本ハムに復帰した。

2000年は3位だったが、2001年ではキャンプで7人のケガ人が発生した影響もあり、最下位。2002年も5位に沈む。3年契約だったこともあり、円満に任期満了を迎えたように思われていたが、実際は「へなちょこ監督」と言われるほど、クビを切られるも同然の状態だったという。

監督は非情さが必要というが、トップとして判断するのはツライという。また、日本ハムの監督には人事権がないため、大島さんが1軍で起用したいと温めていた選手が戦力外通告などを受け、フロントともめたこともあるそうだ。

監督はトップで、なにもかも自分で決めなければならず、つらい。しかし、2番手以降はラクなのだという。第1World Baseball Classic(通称、「WBC」)で打撃コーチを務めているので、そう感じたのだろう。ちなみにWBCの金メダルは貸金庫にあるそうだ。

「インターネット販売をしたら、大島だと思ってください」

と笑わせる。これはパチンコが趣味らしく、記録的大敗を喫したら、そうなるようだ。『開運なんでも鑑定団』で鑑定してもらえるかどうか……

ちなみに、普段は子供たちに野球を教えながら、パチンコをしている。本人もパチンコをするヒマがないほど、スケジュールが日々埋まることを望んでいる。

■地元の人々に愛された大島さん

大島さんは杉並区某所に住んでおり、14年目(当時)を迎える。最初、商店街を歩いても、声を掛けてもらえなかったが、犬を飼い、散歩をしたら、声を掛けてもらったという。犬は「祭」と命名した。ちなみに大島さんは不器用らしい。不器用はイコール職人で、リーダーはそういう人が1番向いているのではないかと思っているそうだ。

最後に2008年プロ野球の話となる。

「ジャアンツ、スゴイですね」

「不器用な大島、うらやましいな」

と巨人を絶賛。優勝して、クライマックスシリーズにも勝ち、そして、日本一になればいいのだが、どうなりますか?(2008年はメークレジェンドで連覇したが、日本シリーズで埼玉西武ライオンズに敗れ、2002年以来の日本一を逃す)

2004分に講演が終了。このあとは質疑応答の予定だったというが、翌日に宮崎へ向かうため、立川さんのクラシックギターになった。

着物からラフな姿となり、ギターとフルートの演奏で、『杉並区商店会連合会青年部創立35周年記念講演会 私の街・自慢「今、求められるリーダーは!」』は幕を閉じた。

合掌

※当時の手記を加筆、修正したものです。大島康徳さん、全国の人々を大いに楽しませていただき、ありがとうございました。


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