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暴れん坊583系2007Ⅱ [プラットホーム2007]



2007年12月29日(土曜日)、20時40分過ぎにJR東日本上野へ。この日は2007年が終わることを惜しむかのような雨である。昼にはやんで、路面の一部は乾いたものの、20時過ぎになると再びポツリ。

今回は13番線から臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉青森行きを待つが、利用客やレールファンの数は2006年運行時に比べると、多いような気がするものの、“ひばりーヒルズ”に比べると少ない。

15番線では211系3000番台の普通電車小金井行き、16番線では特急〈あかぎ9号〉前橋行き、17番線では特急〈スーパーひたち63号〉いわき行き終電が発車を待っている。年末年始の時期に入ったこともあり、人の数は少ない。



普通電車小金井行きが発車したあと、13番線のホーム頭上には臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉青森行きの乗車案内札を発見。2006年の運行時にあったのかどうかは記憶にないのだけど、臨時便でもこういう案内表示は嬉しい。おそらく、JR東日本は臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉を“年末の風物詩”にしたい考えなのだろう。

臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉は2003年に運行を開始。“寝台特急〈あけぼの〉の電車版”かつサポートをする役割を持っているが、2004年は新潟県中越地震、2005年は羽越本線の脱線事故により、運休という不運に見舞われたものの、2006年は3年ぶりに運行された。

今回は4年ぶりに秋田車両センター所属車の登板となるが、これは本来の姿なのだ。

2002年12月1日(日曜日)、東北新幹線が八戸へ延伸。これにともない、青森運転所(2004年4月1日、「青森車両センター」に改称)の583系は1編成が南秋田運転所(2004年4月1日、「秋田車両センター」に改称)へ移籍。もう1編成は2003年で廃車される予定だったが、2002年12月下旬、郡山-仙台間で運行された臨時快速〈SENDAI光のページェント〉が好評。使い勝手の良さから廃車の危機をまぬがれ、仙台電車区(2004年4月1日、「仙台車両センター」に改称)へ移籍することになったものの、車体があまりにもボロボロだったため、郡山工場(2004年4月1日、「郡山総合車両センター」に改称)で“大手術”を受け、美しさがよみがえった。

秋田車両センター所属の583系は東京ディズニーランド輸送を中心に、青森運転所時代と変わらぬ運用をこなし、正月には輸送力増強のため、一部の特急〈かもしか〉で485系1000番台に代わって、運用されていたが、2006年4月でダウン。秋田総合車両センターで1年に渡る“入院”でオペを受けたが、3両が廃車になり、JR東日本の583系はグリーン車が消えた。また、臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉と、一部の特急〈かもしか〉は仙台車両センター所属車が代役を務めた。



秋田車両センター所属車の583系が美しい姿になって、聖地、上野へ帰ってきたが、仙台車両センター所属車とは異なった雰囲気となった。



仙台車両センター所属車は“国鉄テイスト”にこだわったが、秋田車両センター所属車はそうでもなく、先頭車は非貫通構造がかなり明確になっている(仙台車両センター所属車は非貫通構造だが、切れ目を再現して、貫通構造の雰囲気を醸し出している)。また、車体のJRマークがデカい!! JR創世紀、特急車両はこれが当たり前の姿だったが、“国鉄テイスト”にこだわった仙台車両センター所属車はかなり小型化している。国鉄の分割民営化から20年が経過していることがあり、わざわざJRを主張する必要性が薄らいだこともいえる。



車体下部の中央にある車両番号はステンレスの切り文字から、シールに変更され、アイボリーの色合いが仙台車両センター所属車より、濃いような気がする。



絵入りヘッドマークはシールで貼りつけたままのような気がするものの、方向幕はあらかじめインプットされているのがいい。“たかがこれだけ”と思う人もいるだろうが、これだけでもグレードアップだ。方向幕に「臨時」だけの表示は味気ないし、旅立ちの気分を盛り下げる。





21時06分、定刻通りに発車したものの、12月30日(日曜日)の天気は日本海側で大雪という予報が出ており、先ゆきが心配されるが、JR東日本ホームページにアクセスしたところ、東北エリアは平常通りの運行となっており、臨時特急〈ふるさとゴロンと号〉は無事、終点青森に到着したようである。

★備考

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逸見政孝さん生誕の地、大阪市交通局御堂筋線西田辺駅 [プラットホーム2007]



この画像は2003年3月15日(土曜日)、フイルムカメラで撮影した大阪市交通局御堂筋線西田辺(M25)です。

この西田辺(M25)は逸見政孝さん生誕の地の最寄り駅でして、御本人が昭和63年(1988年)に刊行した著書、『素敵します 新装開店 いっつみいさん』で述べております。

駅を出ると、地上にあがるわけですが、JR西日本阪和線があります。私が立ち寄った当時の記憶を思い起こすと、地平で103系が通過しておりました。

世間では毎年、12月25日はクリスマスで、ハッピーな気分になっている方が多いと思います。しかし、私にとって、この日は1年の中で1番つらい日です。

西田辺(M25)は2回下車しており、1回目は2003年3月15日(土曜日)で、夜でした。“いつかもう1度行きたい”と胸に秘め、2004年8月20日(金曜日)に実現。町をくまなく歩きましたが、気がついたら、西田辺(M25)に戻れなくなってしまい、谷町線の駅に着いてしまったのです。個人的に“御堂筋線に乗りたい”という頑固なまでの一心で、道路の標識を頼りに昭和町(M24)へたどり着き、“軌道修正”ができました。

世の中には風化してはならないことがいくつかあります。私はこの出来事を風化させず、ガンが撲滅する世の中が実現することを願っております。

なお、今回のカテゴリーは悩みましたが、画像は2003年3月15日(土曜日)、動画は2004年8月20日(金曜日)に撮影したものを掲載しており、“2007年12月25日(火曜日)という今”をお伝えしておりますので、「プラットホーム2007」とさせていただきます。


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暴れん坊583系2007(ひばりーヒルズ2007) [プラットホーム2007]

★2002年9月21・22日(土・日曜日)

2002年9月21日(土曜日)、JR東日本上野へ。知人らに「ひばりーヒルズ」とメールを出して誘ったものの、乗り込んできたのは私だけだった。


仙台を12時25分に発車した東北本線、583系9両編成(全車指定席)の臨時特急〈ひばり〉は白石、福島、郡山、宇都宮、大宮へ停車し、18時05分、定刻通り、終点上野16番線に到着した。

上野16・17番線は在来線特急用で、新幹線でもないのにホームへ入るだけでも入場券が必要という厳戒態勢ぶり。やむなく130円を投資して入場券を購入したが、乗るわけではないし、天下の583系だから、ためらいもなかった。



気になるヘッドマークだが、1号車は文字だけ、9号車は絵入り。方向幕は明らかなツクリモノで、間近でみると、「回送」の文字が浮かび上がっていた。



残念なのはボディーが傷んでおり、メンテナンスに疑問を感じるが、青森運転所(2004年4月1日、「青森車両センター」に改称)に所属する583系は東北新幹線〈はやて〉誕生後、1編成が廃車され、もう1編成は南秋田運転所(2004年4月1日、「秋田車両センター」に改称)へ移籍して、余生を過ごすとのこと。その後、仙台支社は廃車予定の1編成を引き取り、再生した。

翌日(2002年9月22日)も上野へ。前日に比べると、アベックレールファンをチラホラ見かけ、家族そろってレールファンもいた。また、女の子2人組は通りすがりなのか、カメラつき携帯電話で“便乗撮影”していた。



この日は14番線からの発車とあってか、撮影エリアが分散する文字だけのヘッドマークはゆったり撮影することができたが、絵入りヘッドマークは1か所に集中しているため、イラつくほど混んでいた(毎回そうだけど…)。



9時11分、仙台に向けて旅立った(終点仙台は14時54分に到着)。

★2003年10月13日(月曜日・体育の日)

2003年10月13日(月曜日・体育の日)、2002年に大暴れした583系が“〈ひばり〉ーヒルズリターンズ”こと、臨時特急〈特急ひばり〉が北の玄関口、JR東日本東北本線上野に帰ってくる!!

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」

日暮里-上野間はそんな感じで撮影隊スタンバイOK!! ちなみに私は正午に上野入りした。

仙台を8時04分に発車し、白石、福島、郡山、宇都宮、大宮の順に停まってゆくのだが、途中、自治医大-小金井間、蓮田-東大宮間で車両点検をするアクシデントに見舞われ、定刻より25分遅れの13時10分、終点上野13番線に到着。

知らぬうちにレールファンがあふれて、やはり撮影困難状態。2002年9月21・22日(土・日曜日)にも583系の臨時特急〈ひばり〉が運転されていたが、それに比べると、絵入りヘッドマークと方向幕があらかじめ入っているなど、今後も運行する可能性を期待させるものの、シートカバーがないという、特急のあるまじき営業姿勢にガッカリした。




まずは過去に行なわれた“583系ひばりーヒルズ”の総集編を御覧いただいたが、2007年12月15日(土曜日)12時10分頃、JR東日本上野へ。  

“北の玄関口”の象徴といえる東北本線の地平ホームに下りると、15・16番線側に人が集まっている。運転日とダイヤ以外はほとんど調べていないため、どちらに止まるのか見当がつかない。  

つかさず改札内にあるみどりの窓口に行くと、見送りだけでも入場券が必要な16番線に到着することが判明。16・17番線は優等列車ホームで、中間改札付近では、入場券を意固地でも払わない面々が待ち構えているわけだが、私はポーンと即決。Suicaと入場券のダブル利用となる。

 

16・17番線に入ると、17番線には12時30分発の特急〈フレッシュひたち25号〉勝田行きが止まっているが、車内の整備・点検のため、利用客はまだ乗ることができない。また、車体には10周年記念のステッカーを貼っていた。E653系が入団して10年経過したが、特急〈いなほ〉〈北越〉にも投入して欲しい車両だ。ちなみに特急〈フレッシュひたち25号〉勝田行きの車体腰部カラーは1~7号車がヤクルトブルー、8~11号車はジャイアンツオレンジである。

「側灯よし、お待たせしました」  

と清掃軍団が集結し、7号車自由席を利用するお客に一礼し、12時23分、ドアが開く。  



地平ホームは13~17番線にあるが、特急〈フレッシュひたち25号〉勝田行き以外はホームに電車がなく、閑古鳥のありさまである。のどかな光景なのだろうが、“北の玄関口”が死語のようになりつつある現状を物語っている。  

むなしくチャイムが鳴り響き、12時30分、特急〈フレッシュひたち25号〉勝田行きが発車。地平ホームに列車が1つもなくなった。

「黄色い線、ずぅーと下がってください」  

12時32分、駅員4人が「警戒」の腕章をつけて、日暮里寄りへ歩く。こういう展開になるということは、臨時特急〈ひばり〉のお目見えが近いという証。胸の鼓動が高まってゆく。  

臨時特急〈ひばり〉上野行きは仙台を8時04分に出発。途中、福島、郡山、黒磯、宇都宮、大宮に停まり、終点には12時47分の到着予定となっている。おカネのある人は仙台で撮影後、東北新幹線で上野へ先回りしているのかもしれない。

 

12時36分、17番線に特急〈スーパーひたち26号〉が到着。折り返し、13時00分発、特急〈スーパーひたち27号〉仙台行きとなる。車体には2年連続で『うつくしま浜街道キャンペーン』が行なわれており、巨大なステッカーを貼っている。  

16番線には徐々にレールファンが黄色い線の内側で、“マイポディション”につく。レールが途切れた先にはレールファンの数が増え、あふれているようにも思える。また、隣りの15番線でもレールファンが増えて待ち構える。高架ホームを支える柱が撮影のジャマになるのだけど、おかまいなしのようで、“撮ることができればいい”という感じのようだが、野望を打ち砕くかのように211系3000番台の普通電車が到着した。この電車は折り返し、普通電車高崎行きとなる。  

ホンモノの警備員も16番線に立ち、厳戒態勢のピリピリムード。しかし、12時47分になっても臨時特急〈ひばり〉は現れない。

「10分だね」  

警戒腕章の駅員がサービスマネージャーに伝える。10分の遅れは583系に10分長く乗れるということだ。上野から先、用事のない利用客には「このしあわせモノ」と冷やかしたくなる。  

13番線に211系3000番台の普通電車が到着。ホームは少し、華やかさが取り戻しつつあるようで、臨時特急〈ひばり〉への“お膳立て”といったところだろう。

「ヴィーン!!」  

という雄たけびが聞こえた。117系と同じタイフォンに衝撃を受けたが、12時57分、臨時特急〈ひばり〉が到着。6号車は車掌が2人おり、乗務員室ドアと運転台から目視。こういう光景は初めて見た。安全を確認する重大な業務とはいえ、イキな演出である。

 



もっとイキなのは1号車が絵入りヘッドマークなのに対し、6号車は文字だけの“2002年スタイル”で運行。決定的な違いは2002年運行時がヘッドマークと方向幕はシールで貼りつけていたのに対し、今回は最初から装備されていたことだ。2003年に廃車の危機を脱して、美しい姿を取り戻した時に装備していたが、文字だけのヘッドマークがあるとは知らなかった(2003年運行時は1・6号車とも絵入りヘッドマークだった)。 

 

1・6号車は混雑が集中し、10分遅れということもあり、あわただしく回送した。  

入場券を持っているので、東北新幹線ホームへ。久しぶりに下りてみるが、安全サクは車両が在来線規格の〈つばさ〉〈こまち〉が停まる位置に設けており、中途半端な感じを受けるものの、JR東海の東海道新幹線ホームに比べると、ピリピリした雰囲気がないのがいい。但し、上野を通過する便は存在するので、ホーム全体にあったほうがいいように思う。

  

200系はリニューアル車だけとなり、〈なすの257号〉郡山行きはE3系とE2系1000番台の合体編成で運行。この組み合わせは〈はやて・こまち〉とカン違いして乗り間違えるお客がいなければいいが。

 

驚いたのは22番線に到着した〈たにがわ410号〉東京行きの車両が国鉄色に復元した200系リニューアル車だった。この色はまだまだ走るようである。いつまでかはわからないが…



翌日(2007年12月16日)、9時50分頃に上野へ着いたが、15番線側では『東北本線開業120周年記念ひばり号出発式』が行なわれていた。式典が終わると、絶妙なタイミングで14番線に臨時特急〈ひばり〉仙台行きが入線した。地平ホームの13~15番線は高架ホーム下にあるため、地下鉄のホームと錯覚しそうで、暗いのだが、天下の暴れん坊583系がやって来ると、一気に明るく、華やかになる。  

今回はJR東日本の旅行代理店、びゅうが臨時特急〈ひばり〉ツアーを開催し、4号車56席、5号車60席、6号車52席を確保。仙台-大宮間は臨時特急〈ひばり〉で往復し、鉄道博物館へ入り、近くにある大宮大成鉄道村で宿泊という“Raikwayざんまい”である。

 

14番線の行き止まり側は撮影しやすく、13番線に寝台特急〈北斗星2号〉が止まっている。グレードの高い寝台特急〈北斗星〉と寝台座席兼用電車583系、共に人気で、“世紀の顔合わせ”である。また、15番線に特急〈草津3号・水上3号〉万座・鹿沢口&水上行き、16番線に特急〈スーパーひたち15号〉原ノ町行きが共に10時ちょうどの発車を待っており、かつての隆盛がよみがえった雰囲気がある(その後、9時59分に特急〈フレッシュひたち17号〉勝田行きが入線した)

 

〈ひばり〉は意外にも東京-広島間、呉線経由の急行につけられたのが最初。フリー百科事典『Wikipedia「あさかぜ(列車)」』によると、昭和23年(1948年)7月1日(木曜日)、東京-広島間、呉線経由の愛称がない臨時急行が誕生したが、どうやら〈ひばり〉はここからスタートしたようだ。但し、これは国鉄広島鉄道管理局が独自につけた愛称で、公式記録にならない。おまけに当時、“特急は鳥類に限る”という国鉄本局の方針に反していたため、昭和25年(1950年)11月8日(水曜日)、急行〈安芸〉という公式の愛称がつけられることになる。つまり、“まぼろしの臨時急行〈ひばり〉”が走っていたのである。  

昭和36年(1961年)10月1日(日曜日)、上野-仙台間に臨時特急〈ひばり〉が誕生。“公式記録の〈ひばり〉”が誕生したことになるのだが、当時は電化されていたにもかかわらず、交直流の特急形電車が開発されていないため、気動車の運行だった。

  

昭和38年(1963年)10月1日(火曜日)、定期便に昇格し、昭和40年(1965年)10月1日(金曜日)、483系特急形電車にチェンジされ、昭和47年(1972年)10月1日(日曜日)にはエル特急に昇格。昭和48年(1973年)10月1日(月曜日)から昭和53年(1978年)10月1日(日曜日)まで583系で運行する便もあった。それ以後は485系に統一されている。  

昭和57年(1982年)11月14日(日曜日)をもって、定期便は姿を消し、昭和60年(1985年)3月14日(木曜日)の東北新幹線上野延伸まで、臨時特急〈ひばり51・52号〉として、“不死鳥”ぶりをアピールしていた。

 

それから16年後の2001年8月25・26日(土・日曜日)、“♪あーあー、時の流れのようにぃー♪”とささやくかのように臨時特急〈ひばり〉が485系で不死鳥の如く、よみがえった。  



当時、往路は2001年8月25日(土曜日)に上野を9時11分に発車し、終点仙台には14時54分の到着。翌日(2001年8月26日)に復路が運行され、仙台を12時45分に発車し、終点上野には17時45分に到着。使用された485系は先頭車の側面にJNRマークを銀のシールではあるが、取りつけて国鉄の雰囲気を演出。グリーン車は現役当時にはなかった半室タイプのクロハ481形を連結した。



その後の臨時運行では583系が起用されている。

 

寝台特急〈北斗星2号〉が尾久車両センターへ回送され、特急〈スーパーひたち15号〉原ノ町行き、特急〈草津3号・水上3号〉万座・鹿沢口&水上行きが発車して、地平ホームは一気にさびしくなるが、14番線の熱気は衰えず、6号車には駅長や仙台のイメージマスコットが見送りに現れ、発車に向けて、準備万端。これにともない、撮影スペースが制限される恰好となり、レールファンが集中。駅員も殺気だったが、10時03分、無事にはばたき、15時06分に杜(Mori)の都、終点仙台に到着する。
 


この2日間、臨時特急〈ひばり〉を歓迎するかの如く、江戸八百八町は澄み切った美空だった。

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臨時特急〈懐かしのはくたか号〉(団体電車) [プラットホーム2007]

2007年9月15日(土曜日)、この日は“元敬老の日”である。

14時45分頃にJR東日本上野13番線へ。この日、真夏日に戻り、地平ホームは蒸し暑い。13~15番線は1本も電車はなく、17番線に15時00分発の特急〈スーパーひたち35号〉いわき行きしか止まっていない。14・15番線はしばらく電車の発車がないのだから、ホームの照明は消灯して、節制に努めるべきではないだろうか。電車は高架ホームに集中しているのだから。

13番線はレールファンが30人以上いるものの、思ったほど多くない。市販の時刻表ではまったく掲載されていない団体電車だからだろうか。

特急〈スーパーひたち35号〉いわき行きが発車すると、地平ホームから電車は消えた。東北新幹線開業前は長距離列車の定番ホームとして、絵になったところだが、今や地平ホームにかつてのにぎわいが消えた。

6分後、17番線にE653系レッドの特急〈フレッシュひたち36号〉が到着。この電車は回送となり、16番線にE653系エメラルドグリーンの特急〈フレッシュひたち37号〉高萩行きが入線。10年たっても“フレッシュ”のまま。もし、E653系をリニューアルすれば特急〈リフレッシュひたち〉にでもなるのだろうか?

さて、13番線に「警戒」の腕章をつけた駅員が続々と現れ、ボルテージがあがり、レールファンの数も増え、蒸し暑さもヒートアップし、15時28分を迎えた。

「まもなく、13番線に、団体列車がまいります」

ついに団体扱いの臨時特急〈懐かしのはくたか号〉が13番線に滑り込んだ。昭和57年(1982年)11月14日(日曜日)以来、25年ぶりに上野へ帰ってきた。あのなつかしい絵入りヘッドマークが鮮烈ではあるものの、先頭車はボンネットだった。489系の先頭車はボンネットだけなのだろうか? 個人的にボンネットはブサイク、古クサイという理由で好まないけど、この日は上野に戻ってきたなつかしの特急を歓迎しよう。

臨時特急〈懐かしのはくたか号〉は9両編成で、1号車は絵入りヘッドマーク、9号車は文字だけのヘッドマークで、この手は2002年9月21・22日(土・日曜日)に運行した583系の臨時特急〈ひばり〉を思い出す。

絵入りヘッドマークは青空で鷹が立ち止まって、羽を大きく広げているのが印象的。意外とシンプルである。

鷹と羽といえば、『あぶない刑事』シリーズで、舘ひろしは“タカ”こと、鷹山敏樹役でおなじみだが、映画『またまたあぶない刑事』とドラマ『もっとあぶない刑事』のエンディングテーマ、『翼を拡げて-OPEN YOUR HEART-』を歌っている。レールファンの中にはその曲を思い出す人も多いのではないだろうか(完全なこじつけ)。

文字だけのヘッドマークはボンネット車両だけあって、よく似合っている。

方向幕はシールで貼りつけたもので、意外にも「特急」の2文字がない。JR西日本産の特急形電車も種別幕は愛称のみとなっているから、意外にも国鉄を継承しているのである。

臨時特急〈懐かしのはくたか号〉編成表
運転区間号車車両番号備考
長岡9クハ489-1指定席
  8モハ489-6指定席
  7モハ488-6指定席
  6モハ489-19指定席
  5モハ488-204指定席
  4サロ489-23グリーン車
  3モハ489-4指定席
  2モハ488-4指定席
上野金沢1クハ489-501指定席
団体扱いで運行。禁煙車の有無は未調査

さて、発車ベルが鳴り、車両基地へ向かう時間となった。

「ホームで走らないよう、お願いしまーす」

と先頭車が混みあい、撮影に手間取り、“RUNNING SHOT”するレールファンがいた。もうちょっと時間が欲しいと思いつつ、ついにタイフォンが高らかな雄たけびをあげる。



15時46分、回送が発車。次の13番線は16時50分発の寝台特急〈北斗星1号〉札幌行きである。この日、寝台特急〈カシオペア〉札幌行きの運行はないのだ。あと10~20分いてもよかったようにも思えるが、次の日にまた会えばいいと思い、上野をあとにした。

翌日(2007年9月16日)、7時58分に上野へ。この日は15番線から発車する。



ホームの行先案内板では「特急 懐かしのはくたか号」と表示。単純に「団体」のみかと思っていただけにイキなはからいだ。そのあと、「団体 8:28 金沢」と表示した。

16番線に651系の特急〈フレッシュひたち8号〉が到着。上野-勝田・高萩間は特急〈フレッシュひたち〉、上野-いわき・仙台間は特急〈スーパーひたち〉に統一しているため、651系も特急〈フレッシュひたち〉で運行するのである(E653系が特急〈スーパーひたち〉で運行することはない)。



8時10分、15番線に団体扱いの臨時特急〈懐かしのはくたか号〉金沢行きが入線。またも撮影隊が多く押し寄せ、撮影が進まない。また、上野寄りでは臨時特急〈懐かしのはくたか号〉金沢行きと特急〈フレッシュひたち8号〉のツーショット撮影が多く、この初顔合わせもイキなはからいのようだ。ちなみに特急〈フレッシュひたち8号〉は折り返し、9時00分発の特急〈スーパーひたち11号〉いわき行きになるものの、臨時特急〈懐かしのはくたか号〉金沢行き入線時、ヘッドマークは特急〈フレッシュひたち〉のままだった。



方向幕はシールだが、「はくたか 金沢(英文字省略)」に“へぇー”である。

それはエル特急〈白山〉も同じ上野-金沢間の運行だったからで、この電車は長野経由。国鉄時代の特急〈はくたか〉は長岡経由だったからである。寝台特急〈ゆうづる〉〈あけぼの〉は同じ上野-青森間でも、東北本線オンリーの運行ではなかったため、経由路線を方向幕に表示していた。



団体運行とあって、ホームの特設スペースでは特製の弁当が特典として利用客に配布していたようだ。市販の時刻表に掲載していたら、まずそういうサービスはないだろう。 9号車寄りではこんな横断幕が広げられていた。

『元気宣言、能登。「懐かしのはくたか号」出発 JR東日本上野駅』



臨時特急〈懐かしのはくたか号〉は2007年3月25日(日曜日)に発生した能登半島地震で、町はすっかり復旧し、観光客を呼び戻そうという企画の目玉として、運行が決定。国鉄時代のルートを再現するという、21世紀初頭(2002年が1番ヒートアップしていた)の“ハヤリ”を久しぶりにやることになったが、今まで特急〈はくたか〉の復刻版はなかった。



特急〈はくたか〉は上越新幹線開業前日に姿を消し、平成9年(1997年)3月22日(土曜日)に第3セクター、北越急行ほくほく線の開業で15年ぶりに復活しているが、これが大きく影響していたのだろう。また、越後湯沢-福井・金沢・和倉温泉間で在来線最高速度の160㎞/h(復活当初は140㎞/h。いずれもほくほく線内)で走っていることもあるし、急行〈能登〉も国鉄時代の特急〈はくたか〉と同じ車両、同じルートであるため、今まで見送られてきたのだろう。

臨時特急〈懐かしのはくたか号〉の運行は決定したものの、2007年7月16日(月曜日・海の日)、平成19年新潟県中越沖地震が発生。青海川で土砂崩れが発生した影響で、信越本線の一部区間が不通となり、ほくほく線経由に変更されたが、9月13日(木曜日)に運転が再開されたため、土壇場(Dotanba)で当初の国鉄時代と同じルートで運行することが実現したのである。




8時28分、ついに発車。運転士はあえてヘッドライトを点灯せず、国鉄時代を再現したが、車体にJRマークが貼っていた。


余談だが、黄色い線の内側で撮影しない人が多く、駅員はマジギレ寸前の状況だった。また、同じ場所にい続けて撮影する人がいたのはいただけない。よそ様のブログでは撮影マナーの悪さに不満を持つ感想がいくつか見受けられた。

原因の1つとして考えられるのはデジカメの普及があげられるだろう。フイルム式とは違い、撮ったその場で確認できるのだから、納得のいかないショットは何度も撮り直す人が多いと思う。コンパクトタイプだと、いくら手ブレ補正機能がついても、ブレないことはないのだ。また、ケータイとデジカメの二刀流撮影もあると思う。

デジカメを買うのなら、ケータイと同じメモリーカードに対応した機種が好ましい。デジカメでタテ撮りし、ケータイで待ち受け画面サイズにリサイズすればいいのだから。

さて、最後に私の特急〈はくたか〉ルポを御紹介しよう。

2006年1月8日(日曜日)、この日もダイヤが乱れており、改札は心配顔のお客ばかり。インターネットカフェを出る前にJR東日本とJR西日本のホームページにアクセスしたが、この時は上越線経由の夜汽車の運休情報はなく、特急〈はくたか〉の一部は長岡発着に変更するだけだったが、15時近くになると、前日以前と同じ結果になった。普通電車も運休がでるほど。

この日はいつもの青春18きっぷを温存し、みどりの窓口で、乗車券と自由席特急券を購入。ちなみに夕方までの特急〈サンダーバード〉、エル特急〈しらさぎ〉は指定席ならびにグリーン車はほぼ満席。



特急〈はくたか15号〉長岡行きの発車は定刻より50分遅れで、自由席は坐れないと予想し、回避。次の特急〈はくたか17号〉長岡行き“WHITE WING”(7号車自由席クハ680-504:中間車扱い)は定刻より30分遅れで、自由席は思惑通りのガラガラ。ちなみに前日、乗った神岡鉄道の利用客もいた。



681系は通算2回目の利用で、北陸では“ポンコツ鈍行”に比べると、アメ色の照明がモノをいって圧倒的に輝いている存在だ。

130㎞/h運転は新快速で慣れているが、雪のため、トンネル以外は控えめに走っている感じ。

糸魚川を発車し、交流から直流に変わるが、照明は消えなかった。いつしか、そういうふうに改良したらしい。

すっかりマックラになった直江津は定刻より35分遅れで到着し、4番線には快速〈くびき野5号〉新潟行きが停まっていたが、当然、先に発車させない!!

乗務員はJR東日本に変わり、信越本線へ。車販はオバサン1人増員(弁当担当?!)。そして、スピードはダウン…

今回は残念ながら、160㎞/hを味わうことはできなかったが、犀潟(Saigata)-長岡間は“古巣”を走る(年に何回かは試運転しているのだろうか?)。それに再び乗る可能性はあるかもしれない。

宮内で10分以上も長ーく止まり、高校生は見慣れぬ“来客”に手を振り、普通電車長岡行きに乗って、なんと先発!! そのあと、急行〈能登〉で使うJR西日本489系の特急〈はくたか18号〉金沢行きが通過!!(15号に乗らなくて、正解)



やぁーっと、終点長岡に到着。上越新幹線〈とき346号〉東京行き(1号車自由席221-1501:リニューアル車)に乗り換えた。

★備考


①今回の動画はこちらにクリック!!

②岸田法眼のRaikway Blog.「暴れん坊583系2002Ⅱ(上野ハロープロジェクト第1弾、臨時特急〈ひばり〉)」はこちらにクリック!!

③まさきんぐの多趣味な毎日「はくたか~、はくたか~」はこちらにクリック!!
 


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①次回は「2007年の汽車旅4-6」を掲載する予定です(掲載日未定)。

②2007年9月17日(月曜日・敬老の日)で観客動員数19萬3000人、9月18日(火曜日)は19萬4000人を突破しました。ありがとうございます。

③2007年9月17日(月曜日・敬老の日)は1日の観客動員数、917人を記録しました。ありがとうございます。

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JR東海N700系開幕戦 [プラットホーム2007]

2007年7月1日(日曜日)、東京へ。2007年6月16日(土曜日)に掲載した「JR東海N700系オープン戦」以来、半月ぶりにJR東海の東海道新幹線ホームへ。新幹線の自動改札を通り抜けると、なぜか武者震いがする。普段、利用することが少ないからだろうか。

14・15番線にあがると、予想通りの大混雑。ただ、レールファンよりも家族連れが圧倒的に多く、オープン戦(親子試乗会)の効果が現れているのだろう。入場料は舞浜にある某テーマパークより大幅に安いとあって、ホームでレジャーシートを広げて、弁当を食べることはないにせよ、ちょっとしたピクニック気分なのだろう。

この日、JR東海はダイヤ改正を行ない、ついにN700系がデビュー。オープン戦で親子連れに好感触を得たというが、レールファンが予想外にも少ない印象を受ける。早朝、品川発の〈のぞみ99号〉と東京発の〈のぞみ1号〉(いずれも博多行き)で集結したのだろう。また、N700系は100系のような“ゆとり”がないこと、客室にコンセントをつけたため、ビジネスに特化した車両にいまひとつの評価をしているのかもしれない。更にこの日、東京急行電鉄では臨時急行〈リバイバル急行8000系号〉が運転されており、そちらに興味があるレールファンが多いこともあるのだろう(あるいはどちらも)。

15番線には300系の〈ひかり371号〉岡山行きが発車を待っているものの、大半は乗らず、次の電車を待つため、長蛇の列。まるでタクシー待ちの列のようである。

300系は初代〈のぞみ〉として、鮮烈なデビューを飾ったものの、今後はN700系に置き換えられることになっている。100系みたいに急速に姿を消すのだろう。ちなみに100系よりも増備期間は長かった。

300系の初乗車は700系が量産態勢に入っていた2000年秋で、〈のぞみ〉にこだわり、楽しみにしていたが、うるさいし、よく揺れるなど、散々たるものだった。

11時30分、14番線に500系の〈のぞみ2号〉が到着。以前は16番線に滑り込み、折り返し、〈のぞみ25号〉博多行きだったが、この日から一旦、回送となり、東京17時50分発の〈のぞみ49号〉博多行きまで休息をとるようになった。また、500系の一部の臨時〈のぞみ〉は700系シリーズと共用するため、300㎞/h運転ができない便が出現するなど、“屈辱的”なダイヤもある。

「女の車掌さんだよ」

〈のぞみ2号〉の1号車乗務員室では女性車掌が乗っており、ドアを開ける。それに気づいた父親が我が子(男の子)に声をかける。

「あっ、ホントだー」

と我が子も気づく。

「カッコイイー」

とお父さんが絶賛。

「のぞみ姉さーん」

と微笑ましい会話が終わったら、今度はどこかのお笑い芸人に似ている眼鏡をかけた若い女性が〈のぞみ2号〉へまっしぐら。「のぞみ姉さん」は〈のぞみ〉に乗務している女性乗務員(JR東海には女性の新幹線運転士もいる)の通称なのだろうか?

最近はレースクイーンならぬ、「レールクイーン」という聞き慣れない言葉を先日、初めて知ったが、マスコミは鉄道のお好きな人をさす正式名称、「レールファン」を知らないとは困ったものである。誤った認識で報道することや、インターネットの掲示板でおかしな方向へ進んでいるため、「レールファン」という正式名称は世間に浸透されないのだ。

11時36分、〈ひかり371号〉岡山行きが発車。この電車は途中の米原で〈のぞみ25号〉博多行きに抜かれることになっているが、東海道新幹線の〈ひかり〉は超特急から“超急行”or“超区間急行”と化している。

それから4分後、15番線に〈のぞみ25号〉博多行きが入線。「新!」をキャッチフレーズにCMをバンバン流してアピールした、あのN700系がついに入線した。オープン戦と開幕戦(公式戦)とは気分が違う。車両基地から回送した晴れ舞台にホームにいる人々がいっせいに歓声をあげる。家族連れの多くはオープン戦に応募したけど、惜しくも落選した方々なのだろう。

「最新技術という、おもてなし。」

という、もう1つのキャッチフレーズ通り、車両基地から入線してきた新幹線は通常、「回送」と表示するものだが、N700系はフルカラーLEDを採用しているメリットを生かし、最初から列車名と行先が表示された(方向幕はいつも到着してから回転している理由はなんだろうか?)。

ドアが開くと、家族連れが高まる心臓の鼓動を静まらせるかの如く、落ち着いて乗ってゆく。N700系は客室全面禁煙となったため、3両の自由席に立客が発生することはなかった。ちなみに〈のぞみ25号〉博多行きはオープン戦と同様、N700系第2編成を使っている。

私は当初、新横浜まで試乗することを考えていた。開幕戦だし、〈のぞみ〉に自由席があることもあるが、レールファンらが長蛇の列を作って、坐れなければ意味がないと思った。ところが、家族連れ主体の乗車という、思わぬ誤算があり、1人で乗らずによかったと思う。乗るのであれば、短距離ではなく、長距離のほうがいいだろう。

方向LEDは左側が列車名、右側上段は行先、右側下段は自由席か指定席の座席区分と禁煙マーク表示の案内となっている。また、上段が列車名と行先、下段が停車駅を表示するなど、自由自在だが、このような案内はJR西日本100系3000番台『グランドひかり』が最初。その後、500系、700系3000・7000番台にも踏襲しているが、3色LEDのため、鮮やかさに欠ける。ちなみに〈のぞみ〉運用時はオレンジを表示していた(〈こだま〉は緑)。

オープン戦では従来の新幹線電車にあった、座席区分の小さい幕が省略されたとばかり思っていたが、N700系でも採用されていた。こちらはグリーンのフルカラーLEDを使っている。

16・17番線に移動し、撮影。車体傾斜装置の採用と最高速度300㎞/h運転をするためなのか、700系に比べ、上背がなく、500系なみであるが、それは近くにいてもわかることである。ちなみにJR東日本の新幹線ホーム、22・23番線から撮影する人もいた。新幹線を見る場所は様々で、望遠レンズがあれば、14・15番線にいるかのような撮影ができるのだろう。

11時50分、ついにN700系の〈のぞみ25号〉博多行きがタイフォンを高らかに鳴らし、プレイボール!! 全周ホロが黄ばんでいるのが気になるが、0系から採用している外幌は汚れやすい。全周ホロにより、16両編成がイモムシor大蛇のような一体感を生んでいるように見える。ちなみに1編成の製造費は約46億円。1両あたり3億円近くもかかることになる。

N700系が姿を消すと、いっせいにホームはいつもの雰囲気に戻った。“イッツ・ショータイム”はあっけなく幕を閉じたのである。

JR東日本東海道本線9・10番線へ移動。10番線に臨時特急〈リゾート踊り子号〉伊豆急下田行きが、伊豆急行2100系『リゾート21』の“黒船電車”で入線した。インパクトは強烈だが、伊豆急行のエースである『リゾート21』をそこまでする必要があったのかどうかが疑問である。全車指定席だが、乗ってみたくなる車両ではあるものの、普通電車で使う車両を特急にするのはムリがあるように思う。

余談だが、東海道本線用211系シリーズの方向幕に「伊豆高原」「伊豆急下田」「修善寺」も装備されているものの、営業運転する日はなさそうである。

★備考

①今回の動画はこちらにクリック!!

②オーミヤの鉄道日誌「次なる時代へ、新型車両N700系登場」はこちらにクリック!!

③岸田法眼のRailway Blog.「JR東海N700系オープン戦」はこちらにクリック!! 

④岸田法眼のRailway Blog.「臨時急行〈リバイバル急行8000系号〉元町・中華街行き」はこちらにクリック!!

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②『Yahoo! セカンドライフ』のコラム一覧はこちらにクリック!!

③2007年6月30日(土曜日)、鉄道友の会は本年のブルーリボン賞を富山ライトレール0600形、ローレル賞はJR東日本E233系と西日本鉄道3000系に決定しました。

なお、富山ライトレール0600形については「2006年の汽車旅8-前編-」、JR東日本E233系については「JR東日本E233系試乗」を御覧下さい(私のブログには西日本鉄道3000系に関する記事がありませんので、御了承願います)。

④2007年7月1日(日曜日)、1日の観客動員数が史上最多となる1100人をマークしました。ありがとうございます。

⑤2007年7月2日(月曜日)、観客動員数は14萬5000人を突破しました。なお、観客動員数15萬人を突破したら、記念企画をたてておりますので、ドシドシ足を運んで下さいね。


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東北新幹線開業25周年 [プラットホーム2007]

2007年6月23日(土曜日)、JR東日本大宮へ。前日、東北本線大宮-さいたま新都心間で、架線が切断され、大混乱を招く事故があったが、この日はいつも通りの光景だった。

架線切断事故の原因は、48歳の運転士が停止信号による停止位置を誤って、71メートル手前に止まってしまい、15号車のパンタグラフが2本の架線がある、「エアセクション」にパンタグラフのある車両が止まってしまったため、火花が発生し、架線が切れてしまったのである。「エアセクション」をカンタンに言えば“架線を引き継ぐ”もので、直流電化1500ボルトが次の架線へリレーするのである。

停止信号は相当イラつくものだが、運転士は常に緊張と緊迫を抱えながら乗務している。それはクルマの運転も同じこと。1つのミスが大混乱を招いたが、その運転士に全責任を押しつけるのはコクである。人生のすべてにおいて、ミスをしない人間がいたら、お目にかかりたいものである。また、JR東日本の会見は事故から相当時間がたったあとに行なっていたが、この日は株主総会だったらしく、マスコミへの正式発表はかなり遅れた。株主と安全、どちらが大事なのかわかっているはずだが、死傷者を招く大事故なら、株主総会の参加を取りやめているはずだ。

さて、話を戻し、大宮には10時頃に乗り込んだが、コンコースでは『祝 東北新幹線大宮開業25周年記念式典』が行なわれており、1日駅長が紹介されていた。

1日駅長は一般公募によるもので、この日、25歳の誕生日を迎えた女性。そう、東北新幹線が開業した昭和57年(1982年)6月23日(水曜日)生まれなのである。25歳は「四半世紀」と呼ばれるが、東北新幹線も開業して25年が経過。早いものである。

式典会場には歴代の車両パネル(なぜかE1系と400系がない)、開業時と現在の時刻表が拡大コピーで展示。東北新幹線は当時、東京-大宮間の工事が遅れていたため、暫定措置として、大宮を起点にしていた。そのため、上野-大宮間はノンストップの〈新幹線リレー〉を運行することになった。

上野6時33分発の〈新幹線リレー1号〉大宮行きは6時59分に到着。7時15分発の〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗り継げる構成になっている。この〈やまびこ11号〉盛岡行きが“下り1番電車”となっており、当時は本数も少なかった。

この当時、私は“ケイブンシャの大百科”の南正時カメラマン著作本で鉄道の魅力を徐々に脳へ入れていたが、東北新幹線1番電車、〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗っている。

その本は今、どこかへ消えてしまったが、記憶にある限りでは〈新幹線リレー1号〉大宮行きからスタート。本文には『鉄道ジャーナル』の取材陣も登場している(『鉄道ジャーナル』の取材には2006年11月30日、53歳の若さで他界された沖勝則カメラマンが乗っていた)。ちなみに現物を初めて見たのは4年後の昭和61年(1986年)で、ほかの大手鉄道雑誌、『鉄道ピクトリアル』や『鉄道ファン』もこの時に知る。

また、俳優の由利徹も〈やまびこ11号〉盛岡行きに乗車。一部の車両は報道スペースとして貸し切られており、指定席はかなりのプラチナチケットだったようである。

〈やまびこ11号〉盛岡行きは9時14分に仙台へ着くと、ここから先は各駅停車。終点盛岡には10時32分に到着している。所要時間は上野から乗り継ぎで3時間59分、大宮からだと3時間17分である。ちなみに東北新幹線開業当時、仙台-盛岡間は〈あおば〉を運行しなかったため、〈やまびこ〉は1駅でも通過することができなかった。

一方、上り1番電車は仙台6時40分発の〈あおば200号〉大宮行きで、途中で〈やまびこ〉に抜かれることなく、8時57分に終点に到着。9時11分発の〈新幹線リレー2号〉上野行きに乗り換えれば、9時37分にゴール。所要時間は大宮まで2時間17分、上野まで3時間57分である。

1日駅長、駅長、JR東日本関係者と共に、式典では定番のクスダマ割りが終わると、ちょっとだけ記念撮影の時間が設けられ、終了後、自動改札に入り、15・16番線へ。JR東日本新幹線の愛称は全部で12もあるため、行先案内はフルカラーLEDでカラフルに表示しているが、ホームへ向かう階段やエスカレーターにはLCDを使っていた。これはあとで気づいたが、大きく表示することにより、誤乗車を防いでいる。下りの場合、大宮を発車すると、上越新幹線と枝分かれになるため、“より、わかりやすくする”必要性があったのだろう。

しかし、10時34分発の〈Maxやまびこ111号・つばさ111号〉については行先が「仙台・山形・新庄」になっており、わかりにくい。前者は仙台行き、後者は新庄行きであるが、なぜか山形をつけている。そうするのであれば、「〈つばさ111号〉山形方面新庄行き」というふうに案内すればいいのだ。車両の行先表示も「山形・新庄」なので、「山形方面新庄」に改めて欲しい。

16番線に10時30分発の臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きはまだ入線してこないものの、ホームの中ほどは式典を行なうため、駅員が総出で、場所を確保。また、安全柵は13・16・18番線にはないため、そちらのほうも神経をとがらさざるを得ない。

14・15・17番線は宇都宮・高崎方の一部に設置されているが、これは〈つばさ〉〈こまち〉の車両が在来線規格のため、転落事故を防いでいるからである。また、〈やまびこ〉〈なすの〉は400系やE3系シリーズもつないだ状態で運行することもある。

さぁー、いよいよ16番線に臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが入線。上野方から入ってきた。200系であるが、開業時のオリジナルカラーである。しかし、中身はリニューアル車で、側面は方向幕から方向LEDに変わっていた。開業から25年たち、200系のオリジナル車はすでに消滅していたのである。そのため、200系リニューアル車1編成を“復刻カラー”にして、この日に備えたのである。ちなみに今回の200系は400系やE3系シリーズと並結することが可能なタイプである。

現在、JR東日本のフル規格新幹線電車は飛雲ホワイトと紫苑ブルー(Shion Blue)にプラスアルファーしたカラーを原則としている。かつての“ロングシート政策”が頭にこびりついているせいか、フレキシブルさに欠ける印象を持つJR東日本だが、色については意外と柔軟である。また、前日の架線事故でも東北新幹線大宮-東京間を振替輸送の対象として、自由席特急券なしで乗れるようにしたのだから、JR東海も見習って欲しいところ(東海道本線が不通で、東海道新幹線が平常通りでも、新幹線自由席料金をとる杓子定規な企業である)。

200系の復刻カラーだが、ホワイトをベースに窓まわりはグリーンで囲っているが、なぜかJRマークがデカデカと貼りつけている。国鉄の復刻カラーにするのであれば、いらない気がするものの、「JR20周年」という意味もあるのだろう。ちなみに車体上部もグリーンのラインがある。

ホワイトは白さがパッとしない、くすんだ感じのカラー。200系は0系をベースに耐寒耐雪構造をほどこした車両で、重装備による重量増を防ぐため、アルミ車体を採用しているのが特長だ。

JR東日本になってからは100系そっくりタイプ、2階建て車両を投入した200系も登場したが、そのツラにはどこか違和感があった。100系のパクリという、オリジナリティーのなさに疑問を持っていた。

やがて、E1系初代Maxが登場すると、200系はカゲが薄くなり始め、E2系の投入により、廃車を開始。今や開業当時の200系は存在せず、リニューアル車のみとなった。あと5年持つかどうかは微妙なところである。

ホームはレールファンが殺到し、駅員は「黄色い線の内側にお下がり下さーい」と吠えはしないが、言う。前日の架線事故が頭にあるのだろう、「2日続けてヘマしました」というニュースを流すような日にしたくない。そういう思いが伝わってくるものの、それはほかに何人いたのだろうか?

「10センチ、下がろうな」

中にはそう言う駅員もいた。口調はおだやかで、情けをかけようと“交通整理”に励む。

隣りの17番線へ移動するが、16番線の先頭では『祝 東北新幹線大宮開業25周年 記念列車出発式』が行なわれているものの、意外にも式典の先では撮影することができた。以前、臨時〈想い出のあおば〉仙台行きでは式典がクスダマを用意するほど、規模が大きかったため、そこから先に入ることはできなかったが、今回は1日駅長と駅長がタッグを組んだ簡素なもの。クスダマはすでにコンコースで使ったため、わざわざ1日2回用意する気はなかったのだろう。1日駅長と駅長のうしろにはボーイスカウトがいる。

 

10時30分、定刻通りに臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが発車!! 小山、宇都宮、那須塩原、新白河、郡山、福島、仙台、一ノ関に停まり、13時18分に終点盛岡へ着くことになっている。おそらく、200系リニューアル車の復刻カラーは2007年11月15日(木曜日)、臨時〈あさひx号(上越新幹線大宮開業25周年記念号)〉新潟行きとして、走る可能性があるとにらんでいる。そして、昭和57年(1982年)11月15日(月曜日)生まれの女性が1日駅長になるだろう。

臨時〈やまびこ931号(東北新幹線大宮開業25周年記念号)〉盛岡行きが発車したあとも、駅長と1日駅長のツーショット撮影会となり、続いてボーイスカウト。緊張からか、顔がひきつっている子供が多い。

「1+1はぁー?」

と突然、背広のJR東日本社員が言うと、子供たちの顔が緊迫した表情が崩れて、なごやかになる。もし、こういう時に「1-1はぁー?」、「1×1はぁー?」、「1÷1はぁー?」と言ったら、どう反応するんだろうね。書いているうちに「1-1=菊川玲」という、漫才ネタ(?!)を思いついてしまった。

 

ホームの下でも駅長と1日駅長、最後のツーショット撮影会となり、レールファンにはかなりの人気。記念撮影を快諾し、この日の讀賣新聞夕刊で掲載していた。

下車すると、式典会場では大宮区民ふれあいコンサートが行なわれ、西口では“ミニ新幹線乗車会”が行なわれており、普段は大宮総合車両センターのイベントでしか動かない、“子供向けE4系”が出向。小さな子供と親が喜んで乗車。ビックリしたことに“子供向けE4系”には車番があった。

ミニ新幹線乗車会E4系編成表
方向車両番号禁煙備考
大宮駅西口E453302なし
 E458304なし
 E458303なし
派出所E453301なし

今回の経路は派出所から西口までの往復1回乗車だが、途中でLUMINEの入口があるため、“特設の踏切”を作って、ちょっと本格的な鉄道の旅になったようである。また、西口で止まると、運転士が笛を吹き、最後部に乗っている運転士がスイッチバックするという趣向だった。

徒歩で大宮総合車両センターを越えて、埼玉新都市交通伊奈線大成へ。ここは2007年10月14日(日曜日・鉄道の日)に開幕する鉄道博物館の最寄り駅で、ただいま改修工事中。ホームやコンコースの拡幅、エレベーター、エスカレーター、トイレを設置する。また、自動改札はすでにSuicaとPASMOが使えるようになっているが、自社のプリペイドカード、フレッシュカードはフォーエヴァー。また、ICカード定期券の販売を検討しているという。

鉄道博物館はまだ工事中で、展示車両の多くはまだ搬入されていない模様。上屋の下には国鉄気動車、別の場所には455系2両、ガラス張りの建物には京浜東北線103系ハーフカットがすでに搬入されている。また、駐車場は3ブロックに分かれており、バイクは無料である。

その先には2007年5月31日(木曜日)で、極楽湯大成店を閉店させ、2007年10月14日(日曜日・鉄道の日)に大宮大成鉄道村として、新たなスタートを切る。レストラン、温浴、宿泊施設を備えたところになるという。

締めくくりは伊奈線“ニューシャトル”の大宮行き(ワンマン)へ。9年ぶり2回目の利用だが、車両のリニューアルが完了したようである。伊奈線は新交通システムだが、運転士が乗務して、実際に運転する珍しいタイプである。

車窓は大宮総合車両センターとなり、301系の先頭車が留置されていた。ひょっとして、鉄道博物館に展示されるのだろうか?

終点大宮に到着したものの、中間駅のような雰囲気がある。

それもそのはず、伊奈線は“Uの字運転”を行なっており、内宿で折り返すことになっている。

余談だが、この日は沖縄戦終結62年を迎えた「慰霊の日」だった。毎年6月23日は東北新幹線開業の喜ばしい日、「慰霊の日」という悲しい日が重なり合う。

★備考

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③2007年6月23日(土曜日)で観客動員数13萬7000人を突破いたしました。どうもありがとうございます。

④2007年6月23日(土曜日)の観客動員数は838人、6月24日(日曜日)は史上最多の897人でした。どうもありがとうございます。


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JR東海N700系オープン戦 [プラットホーム2007]

2007年6月16日(土曜日)、10時30分過ぎにJR東日本東京へ着いた。駅構内にて、ICカードで精算し、そのまま入場券を買うつもりでいたが、一旦下車しないとできないことがわかり、仕方なく自動改札を出る。こんなことだろうとは思っていたが、鉄道のICカードが普及しているのだから、“フレキシブル対応機”の開発を望みたいところ。

券売機で入場券を購入し、JR東海の自動改札へ。今回は東海道新幹線のホームへ行く。「300系以降の新幹線は500系とレールスター以外、つまらない車両ばかりだ」と普段から思うことで、100系のゆとりを取り戻すことは少なくとも東海道新幹線内では不可能に近い状況だが、足取りは軽やかで、いつも乗る時やホームで見る時はいつも気分が高揚し、心と身体が矛盾している。今も昔も青春18きっぷ愛用者としては、「新幹線」は特別な存在なのである。

16・17番線と18・19番線の品川寄りでは意外にも少なかったが、レールファンが待ち受けている。私は前者のほうを選んだが、進行方向右側のJR東日本東海道本線では伊豆急行2100系『黒船電車』の臨時特急〈リゾート踊り子号〉が終点東京に“来襲”し、わずか3分後には特急〈スーパービュー踊り子5号〉伊豆急下田行きが入線。まさか、『黒船電車』が東京にお目見えするとは想像もしていなかったが、リゾート21を改装するのは気が引ける。オリジナルのままのほうがいいのに。やるのであれば、元東京急行電鉄8000系のほうが似合うと思うのだが。

東京の八重洲側は再開発が進み、以前に比べ、日陰の面積が増えたように思う。東京は利用客よりも乗り換え客のほうが多い印象を受けるが、下車して魅力のある街づくりをしたいのだろう。東海道新幹線のそばにビルを建築しているが、大地震がくれば直撃する可能性が高いだけにゾッとするものの、緊急時は品川で折り返しができるようにするのだろう。

10時51分、警備員がホーム先端に現れ、線路内に入るのかと思いきや、南京錠の施錠確認だった。

ここ数年、東海道新幹線は自殺による人身事故が記憶にある限り、3件発生。そのうちの1件は500系の連結器カバーに穴があいたまま、終点博多まで運行したことがある。また、前日、新横浜で通過中の〈ひかり414号〉東京行きに人身事故が発生し、線路から飛んできたバラストがホームのベンチに坐っていた59歳の男性の右足を直撃して、巻き添えを食った。

11時を過ぎると、隣りの18・19番線は整列乗車なのか、交通整理をしている状態で、家族連れが多いところをみると、今回のターゲットであるN700系は18番線から入線してくるらしい(「N700系」はドコモの携帯電話の機種みたいな車両形式だ)。

11時10分、ついにN700系が18番線に入線。第2編成で、まず第1印象は晴天時、ヘッドライトがどこにあるのか見つけづらそうな感じだが、まるで、『まんが日本昔ばなし』のオープニング場面で登場する龍を整形したような感じのフェイスである。

17番線に“南千住のおたふく患者”こと、“元祖700系”の〈のぞみ23号〉博多行きと肩を並べる。今後はこれが当たり前の光景となり、300系は東海道新幹線から姿を消すことになる。平成2年(1990年)に入団した300系試作車は春に廃車されており、2008年に入ると、急速な置き換えが進むだろう。

N700系は龍のようなフェイス、大きくなった号車ステッカー、小さくなった窓、東武鉄道30000系なみのヨコナガ方向LED(「区間急行北春日部」の画像参照)、騒音を低減した全周ホロが特長。

今までJR東海は行先表示を方向幕にこだわっていたが、N700系はフルカラーLEDを採用した。2003年にホームの行先案内表示をフルカラーLEDに変えているが、その結果を見て、N700系に投入したようである。また、JR西日本バージョンはフルカラーLEDか、それとも赤、黄、緑の“おなじみバージョン”なのかが注目される。更に今までは「自由席」「指定席」の小さな幕もあったが、N700系はフルカラーLED1本に集約したようである(方向LEDの表示がずーっと「試運転」のままなので、想像でしか書けない)。

 

18番線にまわり、N700系に近づいてみる。300系シリーズ、500系、700系シリーズより窓が小さいのが印象に残る。在来線は“ワイドビュー”を標準としているのに、新幹線はその逆であるが、速度向上のため、やむをえなかったらしい。N700系の窓は100系の食堂車何枚分に相当するのだろうか? また、窓を小さくしたウラには、グリーン車全席と普通車の窓側にコンセントを設けたこともあるだろう。ビジネスマン向けの設備で、ノートパソコンに集中しやすいようにした配慮もあると思う。私はノートパソコンを持っているが、余計な荷物になるだけなので、持つことはなく、携帯電話やデジカメの充電に重宝するだろう。

N700系はビジネス利用を特化したような車両で、国鉄の威信をかけて開発した名車、100系の魅力だった“ゆとり”は違う方向に展開してしまっているのである。

気になるN700系の全周ホロだが、見た目はカッコ悪く、まるでダボダボのユニホームみたいだ。また、ホロは汚れやすい部分なだけに“常に綺麗な状態でお客様におもてなしをする”状態であることを願う。

今後、全周ホロは在来線でも普及するかどうかも注目だ。

今回はN700系親子試乗会ということで、足を運んだが、どうも定員分の募集はしていなかったようで、中間の車両に乗り込んだようである。さすがに定員分の往復交通費を負担することはムリだったようである。

問題なのは18・19番線の品川寄りにいた、オレンジをベースにしたN700系のスタジャンを着たJR東海の若い男性社員で、盛んに「黄色い線の内側にお下がり下さーい」と連呼。品川寄りに新幹線の生みの親である、十河国鉄総裁モニュメントのあるところは黄色い線の外側なのだ。到着時や発車時なら、まだわかるが、止まっている時でも「黄色い線の内側にお下がり下さーい」はなかろう。普段、特に注意しておらず、常識的に考えれば、あの部分は黄色い線から出ても問題はない。それになんのために安全柵を設けたのだ。

おそらく、上からの指示でそうしたのだろうが、これは明らかにJR東海のミスである。こんなことでは“子供の夢”をブチ壊すであろう。十河国鉄総裁はきっとカミナリを落とすはずだ。

11時21分、N700系の親子試乗会電車が発車。動画撮影をしていたため、どこに乗っているのかはわからなかったが、営業運転前の乗車なだけに思い出に残ることだろう。ちなみに17番線はいつのまにか、JR西日本700系3000番台の回送に変わっていた。

レールファンの多くは撤収せず、“怪物”こと、JR西日本500系の〈のぞみ2号〉の到着を待つ。2008年で、500系は東海道新幹線から撤退することが確実視されている。日本初の300㎞/h運転を開始した車両で、N700系が営業運転を開始すると、所要時間では負けてしまうことになる。これは、N700系はJR北海道キハ261系で採用している車体傾斜装置を取り入れたためであるが、インパクトでは500系に軍配が上がる。

運よく、17・18番線にJR西日本所属車が並んだため、なかなかイイ被写体になる。おそらく、多くのレールファンは700系7000番台(インテリジェントサルーン“ひかりRail Star”)との並び撮影を思い描いていたのではないだろうか。

11時50分、500系は〈のぞみ25号〉博多行きとして、折り返した。今まで2回しか乗っていない500系だが、もう1度、博多-東京全区間、グリーン車に乗ってみたいものである。

★備考

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③JR西日本N700系、特設ホームページはこちらにクリック!!

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⑧岸田法眼のRailway Blog.「JR東海N700系開幕戦」はこちらにクリック!! 

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