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特急〈北越〉フォーエヴァー総集編 [汽車旅2003番外編]

■2003年8月24日(日曜日)

終点長岡目前で停止信号が長引き、上越新幹線新潟行きに乗れず(きっぷを買っていなかった)、特急〈北越3号〉新潟行き(6号車自由席クハ481-332)へ。

6号車自由席はリクライニングシート、4・5号車自由席は1段高いデラックスタイプ、指定席は座面も動かせる“ファミコンシート”で、どっちがトクなのか?(半室グリーン車と答える人もいるだろう)

ここで誤算が発生!!

私は新潟で快速〈くびき野2号〉新井行きで折り返すつもりでだったが、なんと新津-新潟間ですれ違うことが判明。やむなく新津まで利用(乗車後の利用区間短縮はできない)。


快速・普通列車〈妙高〉フォーエヴァー総集編 [汽車旅2003番外編]

■2003年8月24日(日曜日)

長野駅に戻り、信越本線の各駅停車〈妙高1号〉直江津行き(3号車自由席モハ189-40)へ。



着席後、洗面所のコンセントでFOMAのフル充電をする。長野を発車すると、165系、167系が工場で無残にも解体。また、豊野付近で、遠目から長野新幹線の車両基地が見えた。


JR東日本101系フォーエヴァー [汽車旅2003番外編]

2003年12月14日(日曜日)、JR東日本鶴見へ。

東海道本線から鶴見線へは乗り換え自動改札を通らなければならないが、この日は特設通路のフリーパス(出口は電源OFFの1・2番自動改札)。ちなみに4番線に展示した101系はクモハ101-130とクモハ100-172である。

係員は先頭車しかない方向幕をコロコロいじくったり、南武線支線で使用した自動放送を流すなど(録音機材を持ったレールファンなどが真剣にマイクをかたむけ、静寂した雰囲気に)、イキなファンサービスを展開。

101系を見るのは平成11年(1999年)2月以来だが、2006年4月で103系もJR東日本から撤退するなど、世代交代のWAVEは激しい。

14時30分、各駅停車海芝浦行きで浅野へ。ここから大川駅までRUNNING SHOT!!

武蔵白石駅を過ぎ、『YOKOHAMA ASAHI』のウインドブレーカーを着たオジサン(沿線従業員でノンレールファン)と出会い、伴走!!(実際は徒歩だったが、沿道では神奈川県警のパトカーが巡回していた)

大川駅に到着し、「乗客安全補助」の腕章をつけた数人の係員とレールファンが待機。そして、15時21分、大川に到着。9分後に折り返すため、ドアは開かない。

私を含めた“カヤの外の連中”は思い思いにシャッターを切り、101系は鶴見へ向かった。

浜川崎駅まで、またRUNNING SHOT!! そのあとは南武線支線の各駅停車尻手行きワンマン電車へ。

八丁畷で京浜急行電鉄本線に乗り換え、品川で下車。念願のJR東海の東海道新幹線品川駅来訪を果たした。

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AMBITIOUS JAPAN!-のぞみは、かなう- [汽車旅2003番外編]

まずはトリビアを。画像を御覧下さい。

 


さて、2003年10月4日(土
曜日)、JR東海の東海道新幹線東京へ。700系の「AMBITIOUS JAPAN! のぞみは、かなう」のケータイ動画を撮影したあと、500系第5編成の〈のぞみ25号〉博多行きへ。

2003年10月1日(水曜日)、品川に東海道新幹線ホームがプラスされ、「東海道新幹線100系フォーエヴァー」よりも話題性が高かったが、ダイヤも〈のぞみ〉主体に切り替えたため、1~3号車を自由席に変更した。今回は〈のぞみ〉の自由席を初体験しようというワケだ。

500系は小さな子供から、大きなお年寄りまで、幅広い人気は健在!! ちなみに500系は2001年1月以来、2回目。また、東京発の〈のぞみ〉利用は初めてで、下り便に乗るのは2000年12月以来となる。

1号車自由席に坐り、発車すると、すぐに女性車掌が車内検札に現れ、ビックリ!!

3両しかない自由席は無人のところもあったが、品川(21~24番線と案内)は予想通りの乗車で、すべての座席に必ず1人坐っている状態に。また、ホーム先頭は家族連れの見物人で、少しあふれていた。

次の新横浜で降りるが、私以外にもいた。なおかつ、“〈こだま〉ホーム”に到着。2003年10月1日(水曜日)からの新横浜1・4番線は忙しくなるようだ。

〈のぞみ25号〉博多行き発車後、300系の〈ひかり279号〉新大阪行きの通過シーンを見届け、700系の〈のぞみ27号〉博多行きに貼りつけた目玉ステッカーを撮影し、改札を出る。

横浜市交通局(横浜市営地下鉄)3号線1000形の湘南台行きに乗り換え。車内の携帯電話使用は禁止の電源OFFは気分がいい。優先席のみ電源OFFで、それ以外はマナーモードにして通話はダメという、あいまいな案内ではダメだ。

横浜で東京急行電鉄東横線に乗り換えるが、券売機の運賃表ではJR東日本“湘南新宿ライン”への対抗意識を出しているようだった。ちなみに乗った電車は8000系の急行渋谷行きである。

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臨時急行<ファンタジー号>新木場行き [汽車旅2003番外編]

 2003年8月10日(日曜日)、この日は沖縄都市モノレール“ゆいレール”が開業。私は東京急行電鉄東横線日吉にいたが、前日の台風がウソのようなP-KANである。

臨時急行<ファンタジー号>新木場行きが入線。車両は帝都高速度交通営団(次からは「営団地下鉄」と略すが、2004年4月1日、「東京地下鉄」に改称)9000系(6号車9819:目黒から女性車掌乗務)で、行先とドア上の情報案内装置のLEDはまったく機能しておらず、メリットを生かしていない。特製ヘッドマークだけというのは花火見物客は気にしないだろうが、レールファンはさびしい。なので、私がブログ上で作るしかない。

1・6号車はレールファン主体(乗務員室付近はあふれていた)、2~5号車は花火見物客という極端な顔ぶれで15時53分に発車!!

元住吉は通過し、武蔵小杉-市ヶ谷間は各駅に停まる。

目黒から営団地下鉄南北線に入り、女性車掌が乗務。ちなみに白金高輪まで東京都交通局(都営地下鉄)都営三田線と共用している。

南北線の駅ではなぜか「市ヶ谷行き」と案内し、白金高輪を発車すると、誤って冷房機のスピーカーから放送を流した。普段はワンマン運転なので、“不慣れ”ということなのだろう。ちなみに女性車掌は南北線の解説が多かった。

市ヶ谷で進行方向をチェンジ!! 6号車が先頭となり、アプローチの途中、再び1号車が先頭となる。有楽町線ホームを抜け、飯田橋方面へ少し進んだあと、再び6号車が先頭へ。10分前後で有楽町線にワープした(有楽町線市ヶ谷は運転停車で、通過扱い)。ちなみに通常の乗り換えは10分どころか、最短でも3分もかからない(南北線の1号車に乗っている場合。但し、有楽町線は運が悪いと少々待つことになる)。

このワープゾーンは9000系の検査のため、有楽町線の新木場検車区へ向かうために作られたもので、定期便で使われることはまずない。

ホームは違えど、永田町を2度通り、有楽町に停車。このあと、月島と豊洲にも停車し、後者で大量下車が発生し、車内にいるのはたまたま乗ったお客とレールファンだけになった(レールファンは全区間乗っていない人もいる)。

17時07分、終点新木場に到着。ちなみに小田急電鉄多摩線唐木田からの臨時急行<ドラゴン号>は06系、埼玉高速鉄道(埼玉高速線)浦和美園からの臨時急行<レインボー号>は9000系(第16編成)だった。

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JR東日本301系フォーエヴァー [汽車旅2003番外編]

2003年8月3日(日曜日)、JR東日本中央本線三鷹へ。この日を持って、帝都高速度交通営団(次からは「営団地下鉄」と記すが、2004年4月1日、「東京地下鉄」に改称されている)東西線初代直通車、301系がフォーエヴァー。最後の晴れ舞台はJR線内でも経験が少ないものと思われる快速で幕を閉じる。

起点の三鷹はメチャクチャな混雑で、駅員の罵声や電車のタイフォン(警笛)がいつもより鳴り響いていた。

臨時快速〈さよなら301系〉高尾行き(モハ300-14)は高尾寄りから入線。三鷹電車区所属のためだが、ボルテージは最高潮へ。なんだか、朝の通勤電車と同じ雰囲気となった。

ドアが開くと、座席争奪戦。もはや通勤ラッシュさながらの混み具合となったが、私は座席をGET!! 発車すると、普段の通勤電車と化すように、よく止まり、よく揺れた。おまけに冷房も効かない。ちなみに途中停車駅はなく、終点高尾までノンストップである(たびたび停止信号で止まってはいたが…)。

終点高尾に到着するも、もみくちゃ。通勤電車でこんなにレールファンが殺到するとは想像もしていなかった。

301系は昭和41年(1966年)、当時の国鉄に入団。国鉄初のアルミ車体や地下鉄との相互直通運転など、話題性の多かった車両である。

その年の4月28日(木曜日)、東西線との直通運転が始まり、当時は荻窪まで乗り入れていたものの、営団地下鉄5000系のみが中央本線に乗り入れていた(当時は高田馬場-荻窪間の運転)。ちなみに301系がデビューしたのは、その年の10月1日(土曜日)で、大手町まで乗り入れたが、ホームは東京と目と鼻の先にあるようなところにある。

昭和44年(1969年)3月29日(土曜日)、東西線は西船橋まで延伸し、全通。東西線に快速が誕生。数日たった4月8日(火曜日)から国鉄は相互直通区間を中央本線は荻窪-三鷹間、総武本線は西船橋-津田沼間に拡大した。

しかし、301系は製造コストがかかるため、営団地下鉄乗り入れ車の新製は103系1000・1200番台に移行。但し、千代田線直通車は昭和57年(1982年)から4年間のあいだに203系、203系100番台、207系試作車(「量産車はJR西日本」と当方は位置づけている)にチェンジ。ちなみに301系と103系1200番台は千代田線を走ったことはない。

昭和56年(1981年)から平成4年(1992年)まで、東西線は7両編成から10両編成に増結。国鉄財政難から既存車両をバラして対応。営団地下鉄も5000系は既存車両をバラし、廃車も発生(アルミ車だったため、メリットのリサイクルを生かした05系第24編成が“後世”のような感じであろう)。また、昭和63年(1988年)には05系が入団し、営団地下鉄の大難点であった車両の冷房サービスをようやく開始した(以前は“トンネル冷房”で対応していたらしい)。

2003年に東西線直通の後継車、E231系800番台が入団。その年の6月10日(火曜日)で国鉄車の運用が終わり、301系は臨時快速〈さよなら301系〉高尾行きという、最後の花道が用意された。

運転終了後は高尾駅構内の留置施設で展示会。ここではE231系800番台、165系(臨時急行〈懐かしの急行アルプス〉)、201系『四季彩』も友情出演している。

まずは165系へ。

「これニセモノ?」

「ホンモノだよ!!」

という親子の会話もあったが、1号車以外は休憩用として、開放。301系と違い、冷房が効いているので、廃車はもったいない。

次は201系『四季彩』は1号車が301系の写真展。2号車は大月幼稚園の絵画展。3号車は青梅線沿線写真展で、ボックスシートには観葉植物を添えて、“癒し系電車”をアピール?!

4号車は御岳山レンゲショウマ展で、ペアシートのテーブルは観葉植物だらけにより、“やすらぎ”を強調。

次はE231系800番台で、1号車で少し休憩したあと、しんがりは301系。車番チェックを兼ねて、車内撮影。思い通りにできた。

展示会場を出て、京王電鉄高尾線の準特急新宿行きへ。準特急を英訳すると、「S.S.EXP」で、車内は東京電力の“節電キャンペーン”に応え、地下区間(及び夜間)と暗そうな停車駅以外は消灯していた。

★臨時快速〈さよなら301系〉高尾行き編成表(アンダーラインは筆者が乗った車両)

クモハ300-2
モ ハ301-6
モ ハ300-14
モ ハ301-20
サ ハ301-101
モ ハ300-16
モ ハ301-23:弱冷房車
モ ハ300-15
モ ハ301-22
ク ハ301-8

※備考:本文の一部はフリー百科事典『Wikipedia』を参考にいたしました。また、このブログは35000人を突破しました。ありがとうございます。

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東海道新幹線100系フォーエヴァー① [汽車旅2003番外編]

2003年7月5日(土曜日)、JR東日本品川へ。

臨時ホーム8番線ではジョイフルトレイン、『グラシア』改め、『こがね』見参 というワケで、見学。

車内は変則2人掛け-1人掛けのリクライニングシートで、ひじかけにテーブルがあり、座面の下にはレッグレストがあるのは見事な“かくし球”だ。

1・3号車の一部は展望室となっており、乗務員室は半室。隣りはペアパイプ椅子で、後方は雑談用ソファーである。

185系5両編成で、休憩及び昼食。特急料金なしで入れるせいか、シートカバーはかかっていなかった。

雑用を済ませ、東京へ。JR東海の東海道新幹線〈こだま477号〉名古屋行きに乗るが、入線を待つドキドキ感を味わうのが好きな私のこだわりで、早目にホームへ。すると、車両はJR西日本に譲渡された100系(G4編成)であった。

1号車自由席へ。朝、有楽町で700系試運転を見たが、ワクワク感やドキドキ感はなく、100系の寿命が尽きることを物語っているので、つらい。

静かで、滑るような感じで東京を発車 東海道新幹線下りは平成5年(1993年)9月以来の乗車。また、100系〈こだま〉も初めての利用である。

忘れかけていた車窓を思い出しながら、黙々と進み、新横浜に到着。 ここで降りなければならない。

 

うしろ髪を引かれる思い出、100系と別れたあと、〈ひかり167号〉岡山行きが到着。JR西日本700系3000番台のお出ましに唖然とした。

※備考:「東海道新幹線100系フォーエヴァー②」はこちらにクリックして下さい

◆お知らせ

2006年10月19日(木曜日)、御利用のお客様は33,000人となりました。早いペースですね。ありがとうございます。

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<中央ライナー1号>高尾行き [汽車旅2003番外編]

2003年5月6日(火曜日)、JR東日本東京へ。「夕方のラッシュを迎える前」いう、16時台の早い時間だが、<中央ライナー1号>高尾行き(6号車グリーン車サロ189-112:デラックス車。女性車掌乗務。国鉄カラー)へ。

私は迷いもせず、700円のグリーン車を奮発して乗車。さいわい、2人掛け-1人掛けで悠々と過ごすものの、ひじかけのオーディオや網棚にある車内販売コールボタンは機能しない。

乗車した編成はデラックス車2両、特急<しおさい><あやめ><すいごう><さざなみ><わかしお>の戦力から外れた6両、デラックス車の対象から外れた1両の寄せ集め。もし、普通車の指定席だったら、“ハズレ車両”に当たる可能性が高かっただけに、グリーン車を選択して正解だった。ちなみにグリーン車は通算10回目の乗車となる。

東京を発車し、神田までは東北本線、神田-代々木間は中央本線、代々木-新宿間は山手線となり、新宿で再び中央本線となる。何度も述べているが、平成10年(1998年)7月、JR東日本は“同じ区間が2路線”を1つに統合したからであるが、利用客にはなんの支障もない。

過密ダイヤの“中央ジャイアンツ”なので、“総武タイガース”に抜かれることもしばしば。グリーン車に坐っている側としては、このほうがいいかもしれないが、中野-吉祥寺間のデッドヒートはちょっと情けない。

立川で降りるお客が多く、駅の行先案内表示は「JR」となっていて、さびしい。

豊田電車区では色あせた103系が留置し、車内は閑散としたまま、終点高尾に到着した。

なお、<中央ライナー>は現在、東京16時台の便は設定されていない。利用客が少ないからだが、いささか早過ぎなのは確かだ。学生の下校にはちょうどいいのだろうが。

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元旦終夜運転2003 [汽車旅2003番外編]

2003年1月1日(水曜日・元旦)、帝都高速度交通営団(2004年4月1日、「東京地下鉄」に改称)銀座線浅草2時00分発の〈新春ライナー荻窪号〉荻窪行きへ。

「上野から急行運転です」

〈新春ライナー荻窪号〉荻窪行きはレールファンが多く、空席があるにもかかわらず、カブリツキマンがいた。

自動放送、ドア上の案内装置、行先表示(LEDの編成だった)は機能せず、文句を言うオジサンがいた(唐木田発新木場行きの〈タイムトラベル2002~2003号〉に乗っていたらしい)。

赤坂見附から先は丸ノ内線に入るため、係員が座席下のドアコックで操作し、各車両、中央のドアだけ手動開閉。また、電車とホームのあいだが大幅にあいている。

丸ノ内線通過駅になると、01系の姿に唖然とする人が多かった。

終点荻窪で、JR東日本中央本線3時02分発の各駅停車東京行きに乗り換え。オレンジ色の各駅停車に乗るのは初めてで、信濃町で165系の臨時電車に抜かれた。

終点東京で東海道本線5時20分発、373系(快速〈アクティー〉の運用も視野に入れているらしい)の普通電車静岡行きに乗り換え、藤沢へ。そこから江ノ島電鉄6時24分発の鎌倉行きで、江ノ島へGo!!

江ノ島初日の出は2002年よりも人は少なめで、男5人が“初海水浴”というバカなことをした結果、雲におおわれ、2003年も初夢は散った。

余談だが、この日、埼京線大崎で、東京臨海高速鉄道臨海副都心線から引き継ぐはずのJR東日本の車掌がいないトラブルが発生。急きょ、代役をたてて24分遅れで発車した。あろうことか、その便だけ担当車掌を用意していなかったのが原因だという。その数日前も車掌のポカで運休したばっかりなのに…


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