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特急〈ホームタウンとちぎ〉〈おはようとちぎ〉〈かもしか〉フォーエヴァー [鉄道評論]

2010年12月4日(土曜日)、JR東日本は東北新幹線全通に伴うダイヤ改正が行なわれ、在来線特急の整理が行なわれた。このうち、特急〈ホームタウンとちぎ〉〈おはようとちぎ〉〈かもしか〉は前日で姿を消した。

そこで今回は、この3特急プラスワンを振り返るとしよう。

①特急〈ホームタウンとちぎ〉〈おはようとちぎ〉  

昭和60年(1985年)3月14日(木曜日)、国鉄は上野―宇都宮・黒磯間にエル特急〈新特急なすの〉がデビューした。「新特急」という愛称は、50キロまでの近距離利用だと、急行料金で乗れる気軽さをウリとしたもので、もはや国鉄は新型急行形車両を作る気がなかったといえるだろう。  

しかし、エル特急〈新特急なすの〉は低調な乗車率の列車があり、分割民営化後の昭和63年(1988年)3月13日(日曜日)のダイヤ改正で、一部は快速〈ラビット〉に置き換えられた。そして、平成2年(1990年)3月10日(土曜日)のダイヤ改正で、「エル特急」から外れ、運行区間も新宿―宇都宮・黒磯間に変更された。  

平成7年(1995年)12月1日(金曜日)、特急〈新特急なすの〉は、東北新幹線〈なすの〉〈Maxなすの〉に“昇格”した。この“人事異動”により、新宿―宇都宮・黒磯間の特急については、特急〈新特急ホームタウンとちぎ〉(下り1本、新宿―黒磯間)、特急〈新特急おはようとちぎ〉(上り2本運行。内訳は黒磯・宇都宮―新宿間各1本)として再出発をすることになる。

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2002年12月1日(日曜日)にJR東日本首都圏の近距離特急・急行料金の整備に伴い、愛称から「新特急」が消え、特急〈ホームタウンとちぎ〉〈おはようとちぎ〉に変更された。また、特急〈おはようとちぎ〉は、2008年3月15日(土曜日)のダイヤ改正で、黒磯―新宿間1本のみの運行となった。そして、2010年12月3日(金曜日)で、両特急とも15年にわたる活躍にピリオドを打った(エル特急〈新特急なすの〉を含めると、25年にわたる歴史といえる)。

余談だが、日本テレビで放送された『どちら様も!! 笑ってヨロシク』で、「実際に存在しない特急の愛称」という4択問題があり、特急〈新特急おはようとちぎ〉がその中に入っていた。正解発表後、司会の所ジョージは、栃木県から離れるダイヤであることを理由に、「“さよならとちぎ”だろ」と冷やかしていたが、ついに「消滅」という、違った意味で現実となってしまった。


②特急〈かもしか〉  

昭和60年(1985年)3月14日(木曜日)、国鉄は秋田―青森間に特急〈むつ〉を誕生させた。1日1往復の運転だったが、昭和61年(1986年)10月31日(金曜日)で姿を消した。わずか1年7か月の短命特急だった。  

翌日、上諏訪・飯田―長野間に急行〈かもしか〉が誕生した。新幹線0系から転用した簡易リクライニングシート、転換クロスシートで居住性をアップさせ、内張りや床を張り替え、塗装を変更した急行〈かもしか〉専用の169系リニューアル編成を使用した(当時は「リニューアル」ではなく、「アコモ改善」、「アコモ改装」という言葉が使われていた)。国鉄としては、かなりの意欲作だったが、分割民営化後、昭和63年(1988年)3月12日(土曜日)で早々に姿を消してしまい、わずか1年4か月の短命急行だった。  

さて、秋田―青森間の特急は、思わぬカタチで復活をすることになる。  

平成8年(1996年)3月30日(土曜日)、田沢湖線及び奥羽本線大曲―秋田間の複線片側部分で狭軌から標準軌に変える工事が始まった。これに伴い、田沢湖線はバス代行輸送が行なわれ、エル特急〈たざわ〉に代わる特急〈秋田リレー〉が北上―秋田間で運行を開始した(1年間限定)。JR東日本では初の気動車特急となり、キハ110系300番代を用意した。また、奥羽本線大曲―秋田間は改軌工事により、狭軌、標準軌の単線並列に変わった。  

エル特急〈たざわ〉は、盛岡―秋田・青森間を田沢湖線経由で結ぶ列車で、昭和61年(1986年)5月6日(火曜日)、当時は珍しい存在だった半室グリーン車(クロハ480形1000番代)の連結を開始。同年11月1日(土曜日)のダイヤ改正で、すべてのエル特急〈たざわ〉に半室グリーン車が連結された。ある意味、由緒ある特急といえる。  

前置きが長くなってしまったが、エル特急〈たざわ〉は平成8年(1996年)3月30日(土曜日)以降も走り続けていた。“田沢湖線を走ることができないはずなのに、なぜ?”と思う人も多いだろうが、「エル特急」の冠を外し、秋田―青森間の特急〈たざわ〉として、運行を続けていたのである。これは盛岡―青森間のエル特急〈たざわ〉が2往復あったため、運行区間を短縮しただけに過ぎなかったのだ。

改軌工事を終え、平成9年(1997年)3月22日(土曜日)、秋田新幹線〈こまち〉が誕生した。「秋田新幹線〈たざわ〉」でないことに疑問を持つレールファンがいたかもしれないが、愛称公募第1位が〈こまち〉だったため、納得がいく選出だったのである(ちなみに東北新幹線〈はやて〉は第20位、〈はやぶさ〉は第7位で、それぞれ選出)。  

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秋田新幹線〈こまち〉誕生によるダイヤ改正で、秋田―青森間の特急は〈かもしか〉に改称。9年ぶりに〈かもしか〉の愛称が復活したものの、ヘッドマークは急行時代と異なるものを用意した。  

2002年12月1日(日曜日)、東北新幹線八戸延伸により、青森運転所(現・青森車両センター)所属の583系24両のうち、9両が南秋田運転所(現・秋田車両センター)へ拠点を変えた。これが功を奏し、2003年4月19・20日(土・日曜日)と5月3・4・5日(土・日・月曜日。いずれも祝日)、特急〈かもしか1・4号〉に限り、583系で運行。輸送力増強の切札として活躍。その後も多客期に登板した(ただし、2006年4月18日から1年間かけて583系を修繕した際、3両が廃車されている)。

東北新幹線全通により、秋田―青森間の特急は存続するものの、愛称は〈つがる〉に変更された。ダイヤ改正前の特急〈つがる〉は、八戸―青森・弘前間で運行しており、ムチャぶりな“人事異動”に思える人もいるだろうが、秋田の人々にとっては、“急行〈津軽〉は、特急として帰ってきた”という印象を受けるかもしれない。

③臨時運行に変更された特急〈水上〉  

このほか、消滅は免れたものの、特急〈水上〉は臨時運行に格下げとなった。

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この列車はエル特急〈新特急谷川〉が上越新幹線〈たにがわ〉〈Maxたにがわ〉に昇格したため、平成9年(1997年)10月1日(水曜日)に「特急〈新特急水上〉」として誕生した。個人的には、かつて上越線で運行していた急行の愛称を復活させればよさそうに思えるが、〈ゆけむり〉は見送られ(のちに陸羽東線の快速が〈湯けむり〉に命名され、運行していた時期がある)、〈ゆのさと〉は東武鉄道の急行(現・特急)に使われていた。そのため、行先である「水上」しか選択肢がなかったと考えられる。  

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こちらも2002年12月1日(日曜日)に「新特急」が外れ、特急〈水上〉に改称された。しかし、上野―新前橋間で並結している特急〈草津〉に比べると、乗車率が低い印象を持っていた。  

なお、臨時特急〈水上〉は引き続き、上野―新前橋間で特急〈草津〉に並結する。


★備考

①eyeVio「特急〈ホームタウンとちぎ〉〈おはようとちぎ〉〈かもしか〉フォーエヴァー THE MOVIE」



②参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『鉄道ジャーナル』1986年9月号、1987年11月号、2003年8月号を使用。

③参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『年鑑日本の鉄道’87』を使用。

④参考資料として、鉄道ジャーナル社刊行、『列車名鑑2000』を使用。

⑤参考資料として、イカロス出版刊行、『j train vol.26』を使用。

★おまけ

①特急〈スペーシアきぬがわ7号〉鬼怒川温泉行き

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②特急〈スペーシアきぬがわ2号〉新宿行き

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③特急〈ウィークエンドあかぎ3号〉前橋行き

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④臨時特急〈はちおうじ日光〉東武日光行き

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⑤185系200番代湘南色の臨時特急〈草津51号〉長野原草津口行き

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⑥臨時特急〈新宿さざなみ〉終点新宿到着

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トータン

185系200番代 いや~興奮しました!湘南色にグリーン帯 たまらないな~(^^)
by トータン (2010-12-05 09:44) 

岸田法眼

トータンさん、どうもありがとうございます。

185系200番代湘南色は強烈なインパクトがありますね。かつて、急行〈東海〉が特急に格上げされる前、グリーン車に黄緑の帯を巻いていました。そのとき、“私の知らない国鉄を見た”という衝撃がありました。
by 岸田法眼 (2010-12-05 20:43) 

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